教育の場ではなく、学びの場が重要になる
--その変化を示すのが、社会性を重視する若者の増加ですね。
横手 社会のあり方を最優先に考える世代が入社してきたとき、これからの社会を語れる知識と感度を持つ社員がいるかどうか。社会と企業の間に乖離が生じることは避けなければいけません。その価値観を社内で醸成し、根付かせることが創業100周年に向けた転換のポイントで、いまは、そのちょうど過渡期にいると思います。
--組織全体がオープンマインドを持たなければ、価値観の変化を許容できません。
横手 ポーラに集う人材一人一人が社会的な価値観の大きな変化に気づいて、自分自身の仕事の仕方を変えていけるかに尽きると思います。
--とはいえ、日々の仕事に追われる中、気づきを得るのは容易ではありません。
横手 組織全体に気づきを与える役割は、社長である僕の使命です。新しい視点の投げかけや物事の見方を提示し続けられるか。言われて見ればそうだよね、という気づきをもっと増やせば、それを理解する人材、感じる人材、動きを変える人材も増えていく。社長の仕事は、方針や理念を発信することと気づきを与えることが一番大事だと思います。
--19年1月、事業部はもちろん、国内と海外も横断する教育体制「ポーラ ユニバーシティ(UNIV.)」を立ち上げました。気づきを与える場として期待しているのでは。
横手 ユニバーシティのコンセプトは、教育の場ではなく、学びの場です。BDや社員に知識を与えるのではなく、学び、成長してもらうことが重要で、ここにも大きな価値観の変化があるのです。
例えば、営業が強い企業は、社員に教えることがうまく、教え込むことにもやりがいを感じるでしょう。そうすると、キーワードを覚えて、それを反復練習しますが、ユニバーシティが目指すのは、そこではない。自ら気がつき、周りとディスカッションを繰り返し、学びを得ていくことを大切にしています。
--具体的には。
横手 例えば、制服の着こなし方、髪の毛の整え方などを伝えるのは接客の基本中の基本ですが、手段だけを教えるのは詰め込み型の教育です。これがポーラのやり方だ、と価値観を押し付けています。
でも、起業家精神をもち、ショップオーナーを目指しているBDほど、自分たちで考えて、この地域のお客様には、これが適している、喜ばれると自分で考えることができなければいけません。ですから、ユニバーシティでは、ポーラに相応しいスタイルは何か、と問いかけ、みんなで答えを見つける。これが、これからの教育のあり方だと考えています。
--ユニバーシティの役割は、意識改革を加速させることもあるのですね。
横手 詰め込み型の教育は、仕事を役割で考えている証左です。でも、本当に目の前のお客様に喜んでいただき、感動していただきたいと思ったら、役割を越えて考え抜くはずです。そこを追求すると、使命としての仕事になる。これを目指すためにも、今からどういう思考回路が必要なのか、どうやってお客様の気持ちを理解するのかのスキルを培っておかなければ、これからのお客様と信頼関係を築くことはできないと思います。
--お客様に、仲間に、気づきを与えられる人材を育てる、と。
横手 ユニバーシティ内には、知識・スキルを学ぶ場であるビューティクリエイション学部に加え、ビジネス・SAL学部があります。SALとは、ポーラの企業理念「Science. Art. Love」の頭文字をとったもので、幅広いビジネス知識を得たり、専門性を追求したりするなど、リベラルアーツを学ぶ場といえます。
これから地域でお店を経営するのに、何が必要なのか。その本質的な問いを考え続けるための感覚を養ってほしい。一過性のヒット商品、サービスを生むだけでは、経営を持続できない時代ですから、その感覚がないと、女性起業家を育てても経営は成り立ちませんよ。
--優秀な女性起業家に育つ人ほど、ポーラ以外にチャレンジに興味を持ちませんか。
横手 化粧品の魅力がある限り、ポーラとBD、オーナーの絆は消えないでしょう。朝と夜、自分の肌に向き合う時間をどのように過ごすかは、女性の生活、人生にとって重要な価値を持っています。多くのお客様は、ポーラの商品を使い続けることにモチベーションがある。ポーラのBDやオーナーは、その気持ちを人一倍強く持っていますから、自分の生活そのものを含むビジネスに対して、女性起業家としてのスキルが高まったからとポーラから離れる気持ちにはならないと信じています。
--ブランド愛の強いビジネスパートナーの心を満たす商品を出し続けることが求められます。最近では、10年ぶりに承認された新規美白医薬部外品成分を配合した「ホワイトショット」を5月24日に発売しました。
横手 このような商品は、ポーラに興味を示す女性を増やすので、コミュニティの門戸を広げる効果が期待できますよね。すでにあるコミュニティにおいても、自分たちが目指している方向性を再確認できますから、地域におけるポーラの可能性が高まります。17年1月に発売したシワ改善薬用化粧品「リンクルショット メディカル セラム」でも、それを実感しました。
日本で第1号、10年振りの承認というメッセージを出すことは、企業やブランドが社会的に意義あるものを提供し続けなければいけないという意味で、今後、ますます重要になるかもしれませんね。
--「ホワイトショット」の新製品は、6月1日に天猫国際を通じて中国で発売。リンクルショットの投入が発売から約2年半後であることを考えると、アジア展開がスピードアップしています。
横手 数年前だったら、アジア展開の優先順位は圧倒的に低かったのですが、今は中国で美白を求めている女性が増え、そのぶん、ポーラに期待している女性も増加しています。この事実を踏まえ、中国女性とのコミュニケーションをきちんと図ろうという組織風土は、2年ほど前から意識的につくってきました。
--ポーラのターゲットが広がっていることに気が付かせた、と。
横手 ポーラの場合、海外取引は卸価格として計上されるので、決算資料の海外売上比率は、実際のビジネス規模よりも低く出るんです。つまり、個数ベースあるいは末端売上ベースに換算すると、決算の数字とは様相が違う。推計値ですが、国内のインバウンド売上高を海外売上に組み込むと、ポーラは、国内と海外のお客様にバランスよく支えていただいていることが見えてきます。
この変化を仮説を含めて社員に提示すると、当然、意識が変化します。ブランドマネジャーは、免税店の店頭で何が起きているのか、百貨店の店頭で何が起きているのか、中国国内で何が起きているのかに興味を持つようになっています。
--ポーラ ザ ビューティ銀座店での中国女性からの問い合わせ件数について、17年は月5~10件以下だったのが、18年下期は月180件程度に増加している。これを調べ、社員に伝えたのは、横手さんと聞きました。
横手 価値観を変えるきっかけを与えたいんですよ。会社の基本的な管理の枠組み、情報収集の枠組みは、大事な仕事ですが、それだけに依存すると、今起きている変化のごく一部しか把握できなくなってしまう。変化を見つけて、見える化して、社長自ら発信することが大事なんだと思います。
--現場に足を運ぶことは多いのですか。
横手 外国人からの問い合わせが増えている、と耳にしたら次の日に見に行きますよ。現場の状況を把握し、会議で報告。東京だけの事象なのかと調べを進めていく。このような変化そのものが日常の数字では見えない部分を浮き彫りにしていく。こういうのを見つけ出して、どんどん社員に伝えていきたいですよね。