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2025年の化粧品・日用品市場は、どう動くのか。国内では物価高、賃金アップ、中韓ブランド台頭などが市場環境に大きく影響。一方、海外では中国経済の低迷、地政学的リスク、中国企業のASEAN進出などが日本企業の前に立ちはだかる。市場と企業の分析に長けるアナリストの中から、JPモルガン証券の桑原明貴子氏とみずほ証券の宮迫光子氏に25年の市場動向について語ってもらった。

JPモルガン証券
桑原明貴子氏

みずほ証券
宮迫光子氏

グローバル視点で先手を打つ人材の育成が急務

桑原 化粧品市場を見ると、海外の需要は厳しいの一言です。中国トラベルリテールは言うに及ばず、米国はブラックフライデーの売り上げは堅調でしたが、欧州とともにインフレ疲れが顕在化。市場の状況はダウントレンドになっています。一方、国内需要は堅調ですが、非常に競争が激しい。これには三つの要因があります。一つ目は、多くの日本企業は、売り上げを稼いでいた中国トラベルリテールが苦境に陥り、国内市場で数字を稼ごうとしています。これまでブランド配置はチャネル別にすみ分けができていましたが、それが大きく崩れています。その象徴的な事例は、EC主軸のオルビスが約1000円の低価格帯の専用スキンケアシリーズ「SHOT PLUS(ショットプラス)」を作って、ドラッグストアで販売を始めたことでしょう。二つ目は輸入化粧品の急増です。これまで輸出額の方が多かったのですが、ここ数年は輸入額が急増。いまや輸出と輸入に量の差はほとんどありません。中韓ブランドの話題が上がりますが、じつは欧米メーカーも中国から日本にフォーカスしています。三つ目は、異業種参入が相次ぎ、しかも無印良品のように強い競争力を発揮するブランドが増えていることです。これにより高単価だった機能性化粧品のコモディティ化に拍車がかかっており、化粧品専業メーカーには逆風になっています。

宮迫 堅調な内需は、若年層が支えています。容姿を磨く意欲が強く、化粧品はプライオリティが高い。そこに訪日客の増加もプラスされ、市場が盛り上がっている。そして流通各社の戦略を見ると、韓国ブランド導入が差別化の最優先事項になっています。これまでメイク中心だったのが、スキンケアに広がっていることも、足元の特徴だと思います。また中国ブランドは、成長市場の東南アジアに積極的に進出。日本企業が開拓したい東南アジアも競争が激しくなっています。

桑原 だから日本の化粧品業界の株価は冴えない。その原因として中国経済の停滞をよく挙げますが、問題の本質は、リスクに対して鈍感なことではないでしょうか。というのも、バブル崩壊、そして失われた30年の経験がある日本企業ですから、中国の消費動向や経済状況の変化を敏感に察知して、リスク回避策を打たなければいけなかった。また、日本を含む世界でトレンドになっているダーマコスメについて、明らかに後手を踏んでいます。日本企業の競争力が高まらないのは、顕在化したトレンドを追いかけるだけで、次の収益源になる潜在需要を掘り起こすことができないからです。化粧品の技術は高いのに、トレンドの芽をつかめないのは、人材のスキル不足と言わざるを得ない。マーケティング重視の化粧品ビジネスにおいて根幹のスキルが不足していることを振り返らず、このまま人材育成を続けると、再び痛い目にあうと危機感を持っています。グローバル各社の25年の平均PER(株価収益率)は、ブルームバーグのコンセンサスベースで19〜21倍。約3カ月前は約23倍でしたから、投資家が化粧品業界の成長性に疑問を持っていることを強く意識すべきです。

宮迫 化粧品市場規模はトップが米国、次が中国で、日本は3番手。その共通項は、リーズナブルな価格の商品が人気であることです。例えば、米国ではSNS戦略に長けたメイクアップブランド「e.l.f.(エルフ)ビューティー」が急成長し、中国は価格優位性があるローカルブランドが席巻、日本でも低価格帯に強いロート製薬の業績は好調です。しかし、日本の大手メーカーは、このトレンドに乗り切れていない。ブランドポートフォリオにおいて苦手な分野とも言え、我慢の時期を過ごしています。その意味で言うと、資生堂のエリクシールは、日本を含む東アジア、東南アジアで前面に打ち出すべきだと思います。主力の化粧水や乳液はレッドオーシャンですが、大人の肌のくすみや影を瞬時にカバーするダブルトーンアップ処方を採用したトーンアップUV乳液などは、価格と機能のバランスが優れており、十分に勝負できると思います。24年11月29日に発表した中期経営戦略「アクションプラン 2025―2026」で示した収益構造の立て直しを完遂し、27年からトップラインを伸ばしてほしい。

桑原 資生堂の中期経営戦略では、コーポレート機能の業務効率化などにより人件費を改善するメッセージが入り、一歩前進だと思います。グローバルビューティーカンパニーの収益構造と明らかに差があったからです。一方で、マーケティング投資を300億円(25年と26年の累積)増やしますが、そのリターンが不透明です。成長性、収益性、競争優位性に基づき、集中投資するブランドを八つに絞りましたが、足元の中国事業を改革しても、どれだけのリターンがあるのか。宮迫さんがおっしゃるように27年からが勝負とはいえ、もう少し未来への期待値を高める情報開示を期待したい。

宮迫 セラムファースト技術で、ファンデーションをスキンケアへ導く「ファンデ美容液」は、資生堂らしいイノベーティブな戦略だったと思います。日本の化粧品メーカーにとって技術に立脚した商品は経営の根幹で、資生堂の技術力は依然として高い。むしろ今は中国の市場環境が悪化して、その影響が数字に出過ぎている。ですから藤原(憲太郎)社長体制は厳しい船出になりますが、悲観的になる必要はないと捉えています。一方、花王も24年12月期第2四半期決算で、グローバル成長ブランドを六つに絞り込みました。その狙いは理解できるのですが、その他のブランドはどうするのか。資生堂のようにヒーロープロダクトに集中するなどの具体策を見せてほしい。それは中国戦略も同じで、距離を置くのか、フリープラスやキュレルが回復したから勝負するのか。スタンスが不明瞭になっているように感じます。

桑原 宮迫さんの指摘は言い得て妙だと思います。キュレルであれば、強みのセラミドを強く押し出して世界を席巻すると言えばいいのに、そこまでの覚悟は感じない。ハイプレステージとアフォーダブル(お手頃)の狭間で揺れ動いているように見えます。またヘアケア、スキンケア、化粧品というカテゴリーを越えてシナジーを起こすことで、ユニークな成長を目指す方向性を示していますが、それは具体的には何なのか。総じて考えると、花王は化粧品の市場や流行が変化するのを待っているような感じがするのです。ケミカルは界面活性剤で大きなシェアを持ち、日用品市場でも勝ち組。その花王が成長ドライバーに化粧品を置くのが、やや飲み込めない。化粧品は膨大なマーケティングコストが掛かりますから、手ごろな価格を心掛ける花王のマーケティングは大きな転換になると思うからです。その決意を込めた戦略を世に示すべきだと思います。

宮迫 その意味では、花王グループの化粧品事業の責任者に内山(智子)社長が就いたのは、画期的なことだと思います。ヘアケアとスキンケアの融合など、新しい打ち手が出るのかと興味津々です。