まだまだ残暑が続いていますが、今年も秋・冬仕様のメークの季節がやってきました。今でこそ季節や自分の好みで、沢山のカラーの中から選ぶことができますが、現代と同じように、メークが盛んになっていた江戸時代は、「白」・「黒」・「赤」のたった3種を、色の濃淡を使って階調豊かに行われていました。

一つ目の「白」は白粉化粧の白。基本的な化粧法は、化粧下地として、化粧水や鬢付け油をつけ、粉末状の白粉を水で溶いて、指や刷毛でのばして塗ります。当時のファッションは今でいう和服が日常着。襟足など、首まわりも目立つので、現代のベースメークのように、顔だけに塗るというのではなく、デコルテまで塗っていました。

さらに、白粉化粧についての化粧法が江戸時代後期、1813年に発行された美容書『都風俗化粧伝』に書かれています。例えば、「一回に全ての箇所に白粉をはじめにつけてしまうと、白粉が乾いて固まり、のびにくく、艶もなくしっくりしない。眉刷毛に水をつけて丁寧になんども刷けば、白粉がよくのび、艶もでる。乾いたら紙を顔にあて、水をつけた刷毛でなんども刷くといっそうしっくりくる。また、粉白粉をつけた後、湿ったてぬぐいで目の上、まぶたをそっと押さえると濃淡が出て顔がお面のようにならない」とあります。白粉の濃淡を使いこなし、ツヤ肌も追及、いかに白一色でベースメークをナチュラルにきれいに仕上げるか、細部まで丁寧な説明をしています。白の化粧、白粉化粧の重要さがひしひしと伝わってきます。

合わせ鏡で襟足の白粉をみている「浮世五色合 白」/応需 国貞改二代歌川豊国(江戸時代)

次に「黒」は、お歯黒と眉化粧の黒。歯を黒く染める「お歯黒」は、3世紀中国の歴史書『魏志』倭人伝に既に登場し、日本の化粧史では最も古くから行われていた化粧だと考えられています。さらに、平安時代には成人への通過儀礼となり、江戸時代には「黒」という他に染まらない色から、貞女のしるしとして、結婚を前後に歯を黒く染めるという一般的な慣習として広がっていました。

お歯黒は、酢に米のとぎ汁や酒、折れた釘などを入れて発酵させた「お歯黒水」を作り、そこに植物のヌルデの木にできる虫瘤を乾燥させて粉末にした「五倍子粉(ふしのこ)」をまぜたものを付けると、歯が黒く染まるというもの。白い歯が美しいと考える現代人からすると不思議な化粧ですが、白粉化粧をした色白の肌に黒い歯は、コントラストも強く、何とも色っぽい化粧だったのかもしれません。

もうひとつの黒い化粧、眉化粧も通過儀礼と深く関わり、武家や公家など上流階級の女性たちは、眉の描き方から道具までこと細かく規定されていました。一方、一般女性は結婚を前後にお歯黒をし、子供ができると眉を剃り落すという慣習が定着し、眉化粧をするのは年若い娘時代だけの貴重な化粧でした。前述した美容書をみると、慣習はありながらも、現代の私たちと同じように、自分の顔形やヘアスタイルに似合う眉化粧を追求していたようです。

眉をどう描こうか、真剣に鏡に向かっている「名筆浮世絵鑑」/五渡亭国貞(江戸時代)」

最後に唯一の色味、「赤」は紅化粧の赤。口紅としてはもちろん、頬紅や目元にも使われていました。紅化粧は、あまり濃くつけるのは卑しいとされ、ほんのり薄くつけるのが基本でしたが、濃い紅化粧が流行した時代があります。それは江戸時代後期、文化文政頃のこと。下唇に紅を重ねて濃くつけ、玉虫色に光らせる「笹色紅」という化粧法がありました。紅は、重ねて塗っていくと緑色に光るため、このように呼ばれました。ただし、紅花から抽出する紅は「紅一匁、金一匁」といわれ、とても高価なもの。紅を沢山使う、この豪華な化粧法は、遊女からはじまったトレンドだと言われています。

下唇を緑色に塗っている笹色紅がみえる「美艶仙女香」/溪斎英泉(江戸時代)

江戸時代のメークを、色をキーワードにお話をしてきましたが、「白」・「黒」・「赤」の3色を使って、私たちの先人たちがとても豊かな化粧文化を育んでいたことがわかります。

(立川有理子・ポーラ文化研究所)

 

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