ポーチの中にいつも入れていて、ほぼ毎日使う化粧品といえば何を思い浮かべるでしょう。ツヤ肌に仕上がるファンデーション、きれいにセパレートするマスカラ、お気に入りの色の口紅に、季節に合わせたアイシャドー、バラ色のチーク……誰にでも外せないお気に入りのアイテムがあるのではないでしょうか。現代を生きる私たちが日々愛用している化粧品。いつ頃から今のように持ち運びがしやすく、使いやすい形になったのかご存知ですか。さかのぼること約120年。20世紀の欧米で、現代の化粧品の基礎ともなる形が次々と登場しました。

20世紀初頭のコンパクト。左下の赤いコンパクトは口紅付き

まずベースメーク。当時主流だったのはフェースパウダーです。持ち運べるパウダーペーパーやパウダーブック、パウダーリーブスといった紙白粉がありました。その色もナチュラルに肌になじむ白などだけではなく、赤や紫、緑、青、ピンク、オリーブ色など様々な色があったといいます。

さらに、1900年代初頭には圧縮パウダーと専用の小型パフが入った、見た目も美しい紙容器が登場します。やがてケースは金属製になり、鏡もつけられ、私たちにも馴染み深いコンパクトの形が定着しました。中にはチークや口紅やシガレットケースが一体化したものや、オルゴールがついたものも登場するなど、コンパクトは女性たちのメークをより楽いものにしながら、より便利に発展していきます。その背景には、第一次世界大戦後に急速に広まった女性の社会参加に伴う化粧直しの需要や、自動車の普及によるドライブやレジャーの流行にあわせて、持ち運びしやすい化粧品が求められたということもありました。

コンパクトでメークのチェックをする女性(『ガゼット・ドゥ・ボントン』1914年7月号、69頁より)

続いてアイメークを見ていきましょう。20世紀初頭は、濃く長いまつげが憧れを集めていた時代。1920年代前半になると、まつげをカールする器具であるカーラッシュが発明され、女性たちの注目を集めました。また、バレエ・リュス(ロシアバレエ)の影響により、つけまつげやマスカラ、アイシャドウを使用したしっかりしたアイメークも注目されたといいます。1930年代になるとモード雑誌でもアイメークの方法の特集が組まれ、服とメークの色をあわせるおしゃれも登場しました。

忘れてはいけないのが口紅です。まだ繰り出し式ではないものの、スティックタイプの容器は19世紀末のアメリカやフランスでも登場していましたが、1915年になるとアメリカでスライド式の口紅が作られたとされています。1920年代になるとフランスやアメリカ、イギリスの若い世代が口紅を買い求め、一大産業になりました。

そして化粧の仕上げとしての香水。19世紀末から20世紀にかけて合成香料が開発されたことによって、香水が安価で流通するようになりました。19世紀までは上流階級の楽しみだった香水の文化が、一般にも広がり始めたのです。

今から約100年前の欧米で生まれた化粧品。進化しながら、現在の私たちの生活にも密接に関係しています。

(小山祐美子・ポーラ文化研究所)

 

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