クリスマス商戦が始まった11月初旬、筆者は10歳になる友人の娘さんへのプレゼントを探すため、ハーグ中心街にある玩具ショップのチェーン店「インタートイズ(Intertoys)」を覗いてみた。ショップに入ると、夏の頃は棚の隅に控えめに陳列されていた子ども用コスメキットが、目を引く場所にディスプレイされていることに気づいた。女の子のオシャレ心をくすぐるようなキラキラのメイクボックスにプロ顔負けのアイシャドウやマニキュア、ユニコーン(ファンタジーとして人気のある一角獣)をイメージしたパーティメイクキットなど種類も増えていた。このような子ども用化粧品は贈り物として人気が高いらしい。調べてみると、クリスマスなどの限定的な期間だけではなく、子どもたちの間でメイクが楽しまれ、かなりの需要があるらしいことが分かった。オランダだけではなく、子ども向け化粧品市場は世界全体で拡大しているようなのだ。
世界の子ども用化粧品市場規模は、2021年では約187億米ドル(約2兆8000億円)で、27年には約294億米ドル(約4兆4000億円)になるという。(360Researchreport調べ)。この成長の主な要因は、世帯収入の増加、オンライン小売の拡大、親の健康意識の高まりなどが挙げられている。そして、この成長の約4割を支えるのが英国、ドイツ、フランス、スペイン、イタリアを中心にした欧州諸国だという(TechNavio調べ)。欧州では、米国と同様にローティーン(中学生くらい)からメイクを始め、学校でも子どもが化粧して通学することを容認している傾向があることも関連しているだろう。
そこで、本稿では、欧州における子ども向け化粧品について、「認証」「文化」「ソーシャルメディア」の三つの側面から探ってみたい。
欧州では、自然由来の成分にこだわる消費者層が厚い。そのため、子ども向けの製品を選ぶ親は、大人と同様かそれ以上に幼い肌に安全なものを選びたいと考えている。オーガニックでナチュラルな製品の品質と成分の信頼性を担保するのが認証ラベルで、子ども用製品に特化したものは存在しないものの、欧州ではコスモス(COSMOS)、ネイトゥルー(NATRUE)などが代表的である。これらの認証を取得していない子ども向け製品は、ホームページなどでパラベンなどの防腐剤やサルフェート(硫酸塩)などの界面活性剤が含まれていないこと、合成香料などの化学物質を一切使っていないことを強調し、安全性と品質をアピールしている。また、欧州では、開発、製造などの全ての工程で動物実験を行わない認証である「クルエルティフリー(Cruelty-free)」やヴィーガン(Vegan)なども、購買の指標として重要になっており、子ども向けでも同等以上に重視されているようだ。
次に、「文化」に焦点を当ててみよう。欧州全体で言えるわけではないかもしれないが、子どものメイクは文化的な要素が強いように見える。その一例がフェイスペインティングである。欧州ではカーニバル(謝肉祭)などのお祭りの期間中、人々は顔にさまざまな模様を描いて仮装し、街へ出かける。コスプレ好きな人たちだけではなく、一般の人々にとっても楽しみの一つとなっている。子どもはお姫様、スパイダーマンなどの人気のキャラクターになったり、大人はピエロやネコのフェイスペインティングをして大いに盛り上がり、その日は素顔で外出するのが恥ずかしいくらいだ。また、街角にはフェイスペインティングの出張サービスも出て、上手な人の前では長蛇の列ができる。欧州では一般の人々でもお化粧感覚でタトゥーを入れることが受け入れられており、それは子どもも例外ではない。夏休みなど長い休暇の間、誕生日パーティなどの特別なお祝い時に、子どもたちは腕や手にヘナでタトゥーペインティングを楽しんだりする。
最後にソーシャルメディアの影響について考えたい。インスタグラムやユーチューブなどのプラットフォームで、子ども自身がビューティインフルエンサーとして活躍したり、子ども向けにオンラインチュートリアルを提供したりしている。その結果、子どもたちはメイクをますます身近に感じるようになっている。一方で情報の過剰さが懸念されるが、メイクのスキルを習得することは、思春期の難しい時期を含め、子どもの自尊心と自信を高めることができると肯定的な意見もある。親もまたそんな子どもの興味を支持し、年齢に合ったメイクの仕方、正しい化粧品の選び方などを学ぶ機会として肯定的に受けとめているようだ。
筆者の住むオランダでは、メイクアップアーティスト兼美容ユーチューバーのオランダ人、ニッキーが運営する「ニッキー・チュートリアルズ(Nikkie Tutorials)」という番組が人気だ。英語で発信しているため世界中にファンがおり、登録者数は約1400万人に達している。番組では、幅広い年齢層を対象にメイクのチュートリアルを提供しており、その中には子ども向けのコンテンツもある。ニッキー(29歳)は、子どもたちにとっては元気できれいなお姉さんのような存在で、その明るいキャラクターでメイクの技術を分かりやすく伝えるだけではなく、番組でトランスジェンダーであることも公表している。性別にとらわれずに自分自身を受け入れることの大切さや、メイクは自分らしさを表現できる手段であるという彼女のメッセージは、多様性や個性、自分自身の在り方について考えるきっかけも与えていると思う。そして、このようなメッセージを受け取る子ども、時にはその親も、初めて手にした携帯電話はスマホという超デジタルネイティブ世代だ。化粧品や日用品をこの層に訴える場合、効果的なプラットフォームは、広範な視聴者を対象にするテレビからソーシャルメディアに移行しているようだ。★

素顔からスタートし、商品レビュー、メイクのコツなどをしゃべりながらメイク完了までを見せるNikkie Tutorials。この回は、アメリカのコスメブランド「カラーポップ」と日本のアニメ「セーラームーン」のコラボ商品の紹介
■水迫尚子
デンハーグ在住のフリーランス編集者・ライター。日系企業のグローバルサイトや統合報告書の制作を請け負いながら、オランダで唯一のフリーペーパー『mooi-mooi』を発行している。
月刊『国際商業』2024年01月号掲載
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