「変化はチャンスを生む。香港は次の成長への準備が整った」。こう語るのは、日本ブランドを中心に輸入、販売、マーケティングを手掛ける香港企業「サンワマーケティング」のブライアン・チャン社長だ。

香港は、ロンドンやニューヨークに並ぶ国際金融センターである。低税率かつ自由貿易制度を維持することで、中国本土を含む中華圏市場のゲートウェイの地位を確立。日本の消費財ブランドの多くが香港市場に参入している。だが、市場の行く末を不安視する声は少なくない。背景には中国との関係、つまり一国二制度の動向がある。近年の社会運動は記憶に新しく、香港は個性を失うのではないかと世界の耳目を集めた。一方、経済の先行きを考えると、2020年初頭に始まった新型コロナ禍により年間6000万人の中国人観光客が消え、香港市場の未来を危惧する声も増えている。

それでもブライアン・チャン社長が香港経済の未来に可能性を感じているのは、現地の変化に触れているからだ。いまのところ中国政府が香港の独自価値を尊重しているのは、コロナ対策から見てとれる。その一方、彼は早稲田大学で経営学修士(MBA)を取得。2年間、東京で生活する中で、日本には香港や中国の生活者のウォンツをかなえられるブランド、商品が豊富にあることを知った。その考えは今も変わらず、日本ブランドは、コロナ禍を機に香港で生まれた新しい生活者のウォンツを満たすと自信を持っているのだ。

「香港を拠点に日本ブランドが東アジア、東南アジア諸国連合(ASEAN)へとビジネスを広げるサポートにも挑みたい」と強い成長意欲を示すブライアン・チャン社長に、香港市場の現状と今後、日本ブランドの成長機会について話を聞いた。

香港、中国の生活者に同時アプローチ

――香港経済を支えていた中国人観光客は新型コロナで消失。経済の見通しについて、どのように考えていますか。

チャン 確かに、年間6000万人の中国人観光客がいなくなった経済へのインパクトは大きいですが、それは香港だけの問題ではありません。世界中で渡航が制限され、消費に旺盛な中国人は日本にも、欧米にも、行けなくなっていますからね。ただ、新型コロナの影響が落ち着けば、必ず中国人は香港に戻ってきます。その理由はいくつかあります。一つは、コロナの有無にかかわらず、中国人にとって香港がショッピングパラダイスであることは変わらないことです。香港には消費税がなく、香港ドルは人民元よりも非常に安い。だから、中国人からすると、香港での買い物はディスカウントに感じるわけです。しかも、中国本土は輸入に関するさまざまなルールがあります。世界中の魅力的な商品をSNSを通じて知ったとしても、必ずしも中国本土で買えるとは限りません。その点、香港は、ほとんど関税がない自由貿易港(フリーポート)ですから、世界中のブランドが集まっています。バラエティ豊かな商品から自分の好むものを選ぶ。それが中国本土よりも安価ですから、買い物が大好きな中国人にとって香港の魅力は今も変わらないと思います。

――香港の中国化は不安材料になりませんか。

チャン 政治の動向を見通すことはできませんが、個人的には、一国二制度のもと香港の独自性をキープすることは、中国全体にとってメリットが大きいのではないかと考えます。特に、世界中で認知されている自由貿易港であること、そして香港ドルが米ドルに連動している(ドルペッグ制)ことは、香港が有する特異な価値であり続けるでしょう。

――日本の化粧品・日用品メーカーは、中華圏市場への投資を強化しています。香港市場には、依然としてチャンスがある、と考えて良いのでしょうか。

チャン もちろん。中国人観光客がいない香港は静か。この状況だからこそ、香港でのビジネスを強化すべきだと思いますよ。

――どういうことでしょうか。

チャン 一つは、アフターコロナを見据えて、香港への投資が活発になっていることです。例えば、香港国際空港の近くには、ホテルやマンション、オフィスなどを備えた複合施設「スカイシティ」が建設され、新しい街を生むような大規模な開発プロジェクトが進んでいます。また、香港は、グレーターベイエリアに属しています。香港とグレーターベイエリアの各都市を結び、多様な旅行体験を提供する準備も進んでいます。

――インバウンド復活への準備は着々と進んでいるようですが、香港に住む生活者の消費動向はいかがでしょうか。

チャン 新型コロナの影響で一時的に失業率が高まりましたが、21年はコロナ前の水準に戻りました。もちろん、感染状況によって増減はあるでしょうが、香港経済は最悪期を脱したのではないか、と捉えています。そうなると、香港の生活者の購買力は、コロナ前の水準に戻ると思います。

――香港人は、日本ブランドへの興味を失っていませんか。

チャン そこは心配しなくていい。香港人は日本のことが大好きなんですよ。特に昨今の急速な円安もあり、香港の生活者は、いつでも日本を旅できるように、香港ドルを日本円に換金しているんです。これはサンワマーケティングの存在意義につながることですが、香港の生活者は、日本ブランドを最も信頼している。だから、より良い日本のブランド、商品を香港の生活者に届けたい。日本メーカーがブランド、商品に込めた思いを正確に香港の生活者に伝えるマーケティング活動に力を入れていこうと思っています。

――伸び代が大きいカテゴリーはありますか。

チャン 在宅勤務やマスク生活の影響を受けたビューティーカテゴリーの活性化はもちろんのこと、健康や清潔に関するブランドは成長すると見ています。特に、日本ブランドにチャンスがあるのは健康食品。ワクチン接種以外にできるコロナ対策として、自分自身の免疫力を高めることが注目されています。これは香港だけでなく、中国本土の生活者にも共通することですから、日本国内よりも効能効果を幅広く表現できる香港の特性を生かせば、健康食品の認知を中華圏市場全体に広げることができると期待しています。もう一つは、50歳以上の生活者に響くブランドでしょう。香港は、日本と同じように高齢化が進んでいます。中高年の増加に伴い白髪用カラー剤の売れ行きが好調になっており、50歳以上をターゲットにしたブランドはビジネスチャンスが生まれていると思います。その流れで言うと、介護カテゴリーの需要は伸びていく。高齢化が進んでいる日本で生まれた商品は、香港の生活者のウォンツを満たすと期待しています。