高額のヘアドライヤーがヒット商品に
アデランスのヘアドライヤーは、隠れたヒット商品と言っていいだろう。2017年にシャープと共同開発した「N-LED Sonic」の税込価格は3万9960円(当時)で、一般的なヘアドライヤーよりも明らかに高い。にもかかわらず、高機能でこれまでのヘアドライヤーの概念を変えた商品であり、販売計画をはるかに超える販売台数につながったのである。そしてSonicの後継機として2021年5月20日に発売したヘア&スカルプドライヤー「N-LED Sonic KAMIGA(神美髪)」は、初年度の販売台数5万台が目標だ。税込価格は4万7300円だが、今年の3月に美容師100人に実施したホームユーステストでは、総合満足度においてほぼ全ての回答者が「満足」と回答し、総合満足度96%に達した。テレビCMなどの認知拡大策に注力し、初年度の販売目標5万台の達成に向け、出足は好調だという。
アデランスのヘアドライヤーがヒットするのは、高機能、多機能、デザイン性が高く評価されているからだ。例えば、「KAMIGA」の場合、髪を乾かす機能だけでも、二つの吹出口から髪の広範囲に風を届ける速乾方式、熱ダメージや過乾燥を抑える温度に自動調節する「センシングドライモード」などのシャープ独自技術にアデランスのLED光源と、付け替え可能なオリジナルのかっさアタッチメント「カミガハンド」「カミガかっさ」を搭載している。
速乾方式の採用により、アデランス従来機(N-LED Sonic)と比べ、ドライ時間が約50%に短縮。さらに、プラズマクラスターイオンにより静電気を約96%低減することが第三者機関の試験で確認されたのも特徴の一つで、「かっさアタッチメント」で髪をかき分けながらプラズマクラスターイオンとアデランスの赤色LED「N-LED beam®(エヌ エルイーディー ビーム)」と青色LEDを、髪と頭皮に効率的に届けていく。自宅でスカルプエステが楽しめる「KAMIGAモード」も、美髪を意識する女性の心をつかんでいるようだ。
市場飽和に負けない成長力を生み出す
アデランスの主力事業は男性用、女性用ウィッグである。創業は1968年で、テレビCMなどのプロモーション戦略を粘り強く続けるとともに、全国の目抜き通りに店舗を設けることで、同社の認知率は約92%に達した。だが、若年層の価値観は多様化し、情報をキャッチするツールも多岐にわたる。そのトレンドに合わせるように、29歳以下の認知度は80%になっている(J-MONITOR調査【調査実施機関】ビデオリサーチ【調査日】2020年11月)。依然として高い数値とはいえ、アデランスの中長期戦略において大きな課題の一つになっている。
同時に、かつら・増毛市場は955億円の寡占市場だ(矢野経済研究所 ヘアケアマーケティング総監2020年版)。既存ビジネスだけに固執していると、成長の機会を失っていくことは明白。だから、アデランスは創業50周年の18年にトータルヘアソリューション(総合毛髪関連)事業のリーディングカンパニーであり続けることを打ち出すとともに新たに周辺領域事業である美容事業、ヘルスケア事業、医療事業を加え、グループの使命を「毛髪・美容・健康のウェルネス産業を通じて、世界の人々に夢と感動を提供し、笑顔と心豊かな暮らしに貢献すること」に定め、トータルビューティ&ウェルネスカンパニーを目標に新たにスタートした。
ウェルネス産業では競争力を発揮する手段として、アデランスは大学との共同研究などの産学連携や、また技術力の高い企業との共同研究などオープンイノベーションを積極的に展開している。それは研究開発に熱心な同社が持つ毛髪の知見に興味を持つ企業が多いことを示す。
「N-LED Sonic」「KAMIGA」の発売は、マス市場でのシェア争いから一線を画すことで、利益性の高いビジネスモデルの構築とコーポレートブランディングの両立に成功している。アデランスは、どのように成長していこうとしているのか。津村佳宏社長に話を聞いた。
インタビュー 津村佳宏(アデランス社長)
妥協を許さない生活者視点のイノベーションに挑む
--アデランスがヘアドライヤーに力を入れ続ける理由は何でしょうか。
津村 私たちは、グローバルにトータルヘアソリューション(総合毛髪関連)事業を展開しており、その中で髪の毛への負担を取り除くことは重要なテーマの一つだからです。つまり、単純に濡れた髪の毛を乾かすのではなく、スカルプケアの視点を取り入れているんです。
私は内閣府認定の公益社団法人日本毛髪科学協会の毛髪診断士、認定指導講師(Hair Consultant, JHSA)の資格を持っていますが、頭皮の温度は髪の育成に密接な関係を持っているといわれています。日本人の髪の毛は約10万本あり、1日0.35㍉㍍伸びることが知られています。栄養などを運ぶ役割のある血行への悪影響は避けなければいけません。頭皮温度が適切に保たれることも、その対策の一つと考えられています。私たちは、髪の毛に関するあらゆることに対応できる会社を目指し、何十年も前から研究開発を続け、これまでに大阪大学、東京大学、大分大学、東京医科歯科大学、東京工業大学などと多様な研究に取り組んできました。
また、創業50周年を機に、毛髪に美容と健康を加えたウェルネス産業のリーディングカンパニーを目指す、と打ち出しました。プラズマクラスターという独自技術を持つシャープさんはもちろん、技術力、研究開発力がある企業との協業は積極果敢に挑みます。それがアデランスへの注目度、期待値を高めることに結びつくと思います。
--マス商材のイメージが強いヘアドライヤーに着目したのは驚きです。
津村 ヘアドライヤーを自社開発したことがありましたが、随分前の話ですからアデランスのイメージとは異なるかもしれませんね。かつては米国のアデランスの研究機関で当時世界最先端の毛髪再生を研究し、多数の特許を取得した経験も持っています。その当時からアメリカでは低出力レーザーによる育毛が広まっており、中には日本の厚生労働省にあたるアメリカ食品医薬品局(FDA)の認可を受けた機器もありますが、日本では現在も医療分野以外での活用はできません。
そこで安全性が高く、NASAが植物育成の研究でも活用していたLED技術に注目し、大阪大学と赤色LEDの研究を進めました。その結果、赤色LEDによる毛髪への有用性が示され、学術論文および国内外の多くの学会発表での報告が続いています。そしてそれらの研究の集積から、赤色LEDを含む光線について、日本皮膚科学会の男性型および女性型脱毛症診療ガイドライン 2017 年版において「推奨度B」として初収載されました。推奨度Bは推奨度Aとともに、信頼できるエビデンスを有することが認められた技術です。
※赤色LEDと低出力レーザーの多数の研究結果に基づくもので、特定の商品を評価したものとは異なる。
--ヘアドライヤーの機能については、確かな試験結果の下に販売されたものが「N-LED Sonic」と「KAMIGA」ということでしょうか。
津村 その通りで、毛髪のプロであるアデランスが発売する以上、高機能、多機能、高性能でなければいけません。一般的にヘアドライヤーの中心価格帯は6000~20000円ですが、このようなマスマーケットは当初からターゲットとしていません。
例えば、ブラッシングすると、髪はプラス、ブラシはマイナスに帯電します。プラスとマイナスのイオンを発生するシャープさんのプラズマクラスターを活用することで、髪とブラシ両方の静電気を低減します。秋や冬場になると空気中の水分が減少することでプラスイオンの量が減り、マイナスイオンのみ作用が強くなることによって静電気が生まれます。静電気は髪の毛のキューティクルをはがし、枝毛や切れ毛の原因になります。従いまして静電気を起こさない環境が重要なのです。シャープさんのプラズマクラスターは第三者機関のテストにて静電気を低減する効果が認められ、キューティクルの保護が期待できるため、まさにKAMIGA(神美髪)のネーミングのごとく、まとまりやすく美しい髪へ導きます。
また、高温のヘアドライヤーには注意が必要です。速乾性を謳うために高温のヘアドライヤーが販売されていますが、これも髪の毛にダメージを与えます。髪の毛を構成するタンパク質は18種類のアミノ酸が集合しており、高温に弱いという特性があるからです。そのため「KAMIGA」は95度以下の風になるように調整しており、その一方で、2つの吹出口から出る風によりスピーディな乾燥を実現しています。
--独特な形状アタッチメント「カミガハンド」は、一般的なドライヤーでは見かけない仕様です。
津村 アデランスには約1500人の理美容師免許を取得している社員がいます。私が入社した頃は入社後に通信教育で取得できる社内制度(現在は実施無し)があり、私もこの制度で理容師免許を保有しています。理美容において、頭皮マッサージは重要なサービスの一つ。リフレッシュ気分を自宅でも気軽に味わえるのが、「カミガハンド」です。人の指を想起させる合計12本の「カミガハンドフィンガー」は、しなりがあり、弾力性もある。理美容師の知見を生かした形状による頭皮刺激で、頭皮の血行をよくするのは「KAMIGA」独自の価値になっています。
また、もう一つのアタッチメント「カミガかっさ」は、生え際や頭頂部のケアに適しています。本体に装着すると、風の温度が約50度に切り替わるため、心地よく気になる部分を集中的に刺激できます。育毛剤を塗布した後の使用もお勧めしています。あと、コードを納められる専用スタンドも好評なんですよ。
--と言いますと。
津村 専用スタンドにヘアドライヤーをおいて、コードをしまうと、イタリアンレッドの流線型のデザインがインテリアデザインのように部屋に馴染みます。また、専用スタンドにドライヤーをセットして、ハンズフリーで使うこともできます。一般的なヘアドライヤーは真ん中から風が吹いて、当たるところが一カ所に集中するのですが、「KAMIGA」の場合は髪をかきわけるように風が吹くため、従来機に比べ速乾性が高まっています。
お客さまから届いた声に興味深く、嬉しいものがありました。3人の子供を育てるお母さんは、毎日、お風呂上がりに子供たちの髪を乾かすのに苦労していたそうです。その点、「KAMIGA」はセンシングドライモードで、風の温度を自動的にコントロールし、距離が遠い場合は暖かく、また、近づくと温度が低温になる技術を搭載しており、「温度管理ができるから、専用スタンドにおけば、子供たちが自分で髪を乾かそうと試してくれるので育児が楽になった」と喜んでいただけたんです。高品質で、多機能で、高性能。「KAMIGA」の活躍の場は無数にあると思います。
--それが高価格でも販売台数が伸びている要因でしょうか。
津村 「KAMIGA」は価格と価値のバランスに納得感があるんです。しかも、単純に機能が良い、機能が多いではなく、お客さまはヘアドライヤーというよりも、美容機器の一つとして「KAMIGA」を捉えています。美容機器市場の価格帯を考えると、「KAMIGA」はコストパフォーマンスが良いということです。
--アデランスは、今後もオープンイノベーションに取り組むのでしょうか。
津村 シャープさんと連携したのは、最高の商品を開発するために、プロ中のプロと組まないとイノベーションが生まれないと考えたからです。私の考えは明確で、自社の研究開発、商品企画のチームだけではイノベーションは起こせないと思っているんです。つまり、インハウスだけでは限界があるということです。そのため、大学や専門性の高い企業との共同研究は重要で、新しい技術が生まれ、新しいビジネスの創造につながります。
アデランスには、知的財産、共同特許などのノウハウが豊富にありますので、オープンイノベーションに積極的に挑めます。また、専業メーカーは年間100万台などの販売目標を立てなければいけませんが、主力事業がウィッグを始め毛髪関連のアデランスは、生活者視点を重視し、ニッチなニーズに応えることができます。それが専業メーカーの商品企画や研究に携わっている方々のモチベーションを引き出すことにつながり、ウィンウィンの協業が生まれやすくなっています。
当然、これはアデランスにも追い風です。社内外との交流が盛んになるほど、社員のモチベーションは高まります。イノベーションを起こすために、自分たちの強みを磨き上げることに一段と力を注ぐようになります。アデランスに進取の気性に富んだ組織風土が根付いていることは、とても心強く思っています。
プラズマクラスター、Plasmaclusterはシャープ株式会社の登録商標である。
取材協力:アデランス