「これほどの反響は、過去に経験したことがありません」。このように話すのは、コーセーマルホファーマの塩島瞳課長だ。同社は、化粧品メーカーのコーセーと医薬品メーカーのマルホが2019年7月31日に設立した合弁会社。両社の狙いは化粧品らしい官能的価値と医薬品の機能的価値を組み合わせ、新しい価値を持つブランドを生むことにある。20年7月10日に第一弾の商品として高機能スキンケア「Carté(カルテ)ヒルドイド(医薬部外品)」を発表(発売は9月16日)すると、一部のインフルエンサーのツイートが1万5000以上もリツイートされるなど、SNS上で大きな話題を呼んだ。

「カルテヒルドイド」は、皮膚薬で長年の実績と高い認知度を持つマルホが供給する保水有効成分「ヘパリン類似物質HD」を配合。この成分をマルホが医薬部外品向けに供給するのは初めてのケースだ。その上、マルホが商標権を持つ「ヒルドイド」を商品名やパッケージに使用できる唯一のブランドだ。これが生活者の興味を引き出し、SNSでの情報拡散に結び付いたのだろう。コーセーマルホファーマで販売・PRを担当する本多櫻氏が「プレスリリースの発表だけでSNSが盛り上がったことにびっくりした」と話すのは、新型コロナの影響でコーセーマルホファーマのPR戦略が思い通りに打てなかったことも影響しているはずだ。

花王、資生堂が先行する敏感肌市場で、コーセーは勝負をかける

一方、「カルテヒルドイド」への反響は流通業界にも広がっている。主力販路であるドラッグストアへの配荷店数は、ブランドを大切に育成していきたいという思いから企業数を絞った展開を考えていたが、流通各社からの要請もあり、当初計画の1.6倍と大きく上振れしている。これは生活者に話題が広がっていることに加え、コーセーマルホファーマが薬剤師へのアプローチを強化していることが支えている。

薬剤師の本来の役割は、処方箋に基づく調剤(医薬品の説明と手渡し)だが、店頭に立っていれば来店客から医薬品以外の商品について尋ねられることもある。化粧品の知識を学び、ライトなカウンセリング販売ができるようになれば、ドラッグストアにとって薬剤師がこれまで以上に戦力になるのは間違いない。コーセーマルホファーマは薬剤師に対し、「カルテヒルドイド」の商品特徴などを伝える教材(デジタル版と冊子版)を用意しており、これがドラッグストアの支持を広げる一因になっている。

同社の本多氏は「ヘパリン類似物質HDの効果効能や作用メカニズムについては、長年のマルホの研究知見やマルホ出向者の経験を生かすことで、科学的実証に基づいた分かりやすい説明資料の制作ができた」と説明する。実際、「カルテヒルドイド」配荷店は薬剤師がいる調剤併設店を中心に拡大しており、化粧品と医薬品の強みを生かすコーセーマルホファーマの特色が出始めている。また、コーセーが薬剤師に導入前研修を行うのは初めての試みで、ドラッグストアでの化粧品販売の在り方に一石を投じているとも言える。

「カルテヒルドイド」の真価が問われるのは、9月16日に商品を発売してからだろう。生活者、ドラッグストアの期待が高い分、それぞれに結果を示さなければ、今後の戦略に逆風が吹くのは間違いない。

その鍵を握るのは「カルテヒルドイド」の商品力に生活者が納得するかである。商品構成は化粧水、乳液、クリーム、オールインワンゲルの4品で、乾燥悩みの改善を目指している。乾燥悩みは、外的刺激(乾燥、紫外線、埃、摩擦など)や内的要因(ストレス、栄養状態、寝不足、ホルモンバランスなど)の影響で誰にでも生じるもの。肌あれや毛穴の目立ち、透明感のなさなど、さまざまな症状につながりやすい根源的な肌悩みである。「カルテヒルドイド」は、乾燥悩みに本質から対応するため、不足した水分を補うだけではなく、肌自体の状態を整え、うるおいを角層内に貯めておける肌を目指しているという。

それをかなえるのが、以下の二つである。一つは、マルホから「ヘパリン類似物質」の供給を受け、「カルテヒルドイド」の共通有効成分として全品に配合していること。マルホが医療用医薬品のヒルドイド軟膏を発売したのは1954年。皮脂欠乏症の適応取得は1990年で、成分の品質管理、安定供給などのノウハウを蓄積している。そのマルホから「ヘパリン類似物質HD」の供給を受けるのは、コーセーマルホファーマのみ。これが競合の化粧品との差別性を生むとしている。

二つ目は、1946年創業の化粧品メーカーであるコーセーのノウハウを最大限に活用していることだ。例えば、同社が得意とする製剤技術から、「カルテヒルドイド」には、ナノカプセル技術を応用した浸透感の高い「うるおい浸透カプセル」と、肌になじみながら水分を抱え込む「うるおいキープヴェール」を採用。成分をしっかりと肌へ届けながら保護することで、肌の乾燥に全方位からアプローチする。肌あれしやすい乾燥肌のうるおいを、使うたびに向上させるという。塩島課長は「少しでも効果を引き出せる処方にするために、成分や処方の組み合わせを考え抜いた」と話し、次のように続けた。

「化粧品に求められる価値は多岐に渡ります。肌に塗りやすいことはもちろんですが、それが心地よく感じられる使用感でなければいけません。使うたびに肌が美しくなることへの期待を高めることも必要で、これこそ化粧品メーカーとしてコーセーが70年以上追求してきた官能的価値だと思います。『カルテヒルドイド』は、しっとりするけどベタつかず、365日、毎日スキンケアを楽しんでいただくことを前提に商品を設計しています。例えば、化粧水は、優しく肌を包み込むようなまろやかな使い心地で、肌のお手入れが億劫にならないように工夫しています。また、アレルギーテスト、敏感肌の方の協力によるパッチテスト、スティンギング(皮膚刺激感)テストを行っており、敏感になりがちな肌でも安心して使い続けられます。これらの肌への思いやりは『カルテヒルドイド』の特徴だと思っています」

コーセーとマルホの知見の結晶である「カルテヒルドイド」だが、その開発は苦難の連続だった。それは当然で、化粧品業界と医薬品業界の常識は全く異なる。コーセーとマルホの社員、両社から出向したコーセーマルホファーマ社員から成る約10人の「カルテヒルドイド」のマーケティングチームには「共通言語がなかった」(塩島課長)。例えば、化粧品は化粧水、乳液、クリームとステップ使用が一般的なのに対し、このような使用方法は医薬品には少ない。そもそも化粧水、乳液、クリームの役割分担は何か。ステップ使用を提案しているにもかかわらず、1品で多機能のオールインワンゲルがあるのはなぜか。「カルテヒルドイド」の開発は、コーセーとマルホの常識をすり合わせる作業の連続だった。塩島課長は次のように振り返る。

「オールインワンゲルは、時短ニーズに応えるもの。このような化粧品市場での常識は、異業種の方には馴染みが少ないです。お互いの言葉が通じないこともあったが、それは両社が持ちうる知識や経験を出し尽くして最高の商品を作りたい気持ちの裏返しでした。この事業を成功させたいという思いで一丸となったことで、企画・開発が軌道に乗ったと思います」

コーセーとマルホの合弁会社の設立は2019年7月31日で、それから1年弱の20年7月10日に商品を発表。このスピード感は、コーセーとマルホがお互いの知見に敬意を払い、歩み寄りを続け、企業文化の融合に挑んだからに他ならない。オープンイノベーションの重要性が問われる昨今、「カルテヒルドイド」の取り組みは、両社にとって大きな財産になったはずだ。

新型コロナのまん延により、マスク着用が常態化すると、口周りの肌あれに悩む人が増え、それが敏感肌化粧品の売れ行きを後押ししている。ただ、敏感肌市場のけん引役は花王のキュレルや資生堂のdプログラムで、コーセーの存在感は薄い。今回の「カルテヒルドイド」はコーセーにとって、伸び盛りの敏感肌化粧品市場に楔を打ち込む商品と言えるだろう。新型コロナの影響で停滞する国内化粧品市場は、メーカー間の競争がなければ活性化しない。「カルテヒルドイド」は20年秋冬市場の台風の目になるだろうか。その答えは、もうすぐ判明する。