ヘアカラー市場の動きを読み解く

この数年で起こっている、ヘアカラーのイノベーション。これが美容マーケットにどのような影響を与えていくか、大胆に予想してみる。プロフェッショナルの業界でビジネスをするメーカーの多くは、年に一度取り引き代理店を集めて、方針発表を行う。いわゆる“代理店会”なる恒例行事である。時期的には、1月~3月頃に集中するが、会社の会計年度に合わせて実施するメーカーもあるので、ほぼ1年中、どこかしらの代理店会はあるという状況だ。

さて、この代理店会であるが、開催時期によって、多少特徴があるように思われる。カレンダーイヤーの新春に実施するメーカーは、割とその年のマーケットトレンドや、世の中の動向のようなところから紐解き、自社製品に落としていくようなストーリーをつくる傾向が強い。

一方、会計年度で実施するメーカーは、世の中がどうであろうが、我が社の戦略のような内容が多い。秋口から年末に代理店会を実施するメーカーは、早めにマーケットの見通しをつけるため、翌年の動向分析には有意だ。ここでは、ウエラ(2019/10/18)とホーユー(2019/11/1)の代理店会から、2020年のカラー市場の動きを予想してみたい。

まず、今のヘアカラー市場の現状は、もうこれに尽きるという二つのグラフ(資料1・2)を紹介しよう。これはホーユーの代理店会のプレゼン資料に使われていたものだ。

端的にいえば、プロフェッショナルのサロンカラーは伸びていて、パブリックのカラー剤が落ちている。中でも顕著なのが、白髪染めのカラー剤で、明暗がくっきり分かれてきている形だ。ただし、単純な剤の比較だけでは、この現象は説明が難しい。

美容マーケットにおけるイノベーションということを考えると、大きく二つのタイプを指摘することができる。一つは、革新的なプロダクトの開発によって、新しい需要の創出が起こる場合。もう一つは、プロフェッショナルの業界に特有なイノベーションであるが、理美容師の施術の技術革新によって、ヘアスタイルのクオリティが向上するケースである。

パブリックの美容商材だと、後者の要素は皆無なので、メーカーのイニシアティブによってマーケットがリードされる。ある意味で、剤の善し悪しだけが市場の評価になるので、好不調の理由がわかりやすい。

ホーユーの代理店会議の席上、佐々木義広プレジデントは、サロンカラーの白髪染めの好調要因を「各メーカーのヘアカラー剤、いろいろなタイプのものを発売して、サロンニーズに幅広く対応できるようになってきた。SNSのサロン発信の情報で、エンドユーザーに価値が伝わっている」と説明していたが、おそらくこれは理由の半分でしかない。

化粧品・日用品業界の専門誌「国際商業」本誌で過去に何度か、同じ商材でも、パブリックで売られているものは消費財で、プロフェッショナルのものは生産財である、と指摘してきた。プロフェッショナルのサロンカラーの好調要因は、ここ数年の間に進化した美容技術によるところが多い。美容技術が進化すると生産財には新しい価値が加わる。

高齢化社会の美容イノベーション

多少、遡っての説明が必要だが、2000年代前半まで、美容技術の進化というのは、若年世代対象に行われてきた。90年代後半に起こったカリスマ美容ブームの頃は、ヘアスタイルのトレンド発信が活発に行われた時期だったが、ちょうど団塊ジュニア世代が、社会人になるタイミングと重なっている。

その後、高齢化が加速度的に進んだが、美容技術は、相変わらず若年層を中心としたものから脱することができず、いわゆる高齢者へのスタイル提案をどうしていくか、という取り組みは遅れた。美容師側からまともな提案がなければ、市販のカラー剤で染めてもサロンで染めても、大した差がなかったのも事実で、今から10年くらい前まで、白髪染めはパブリックカラーが強かった。

国立社会保障・人口問題研究所の女性人口の将来推計を見ると、2020年には、50歳以上人口(3248万8000人)が0~49歳人口(3193万7000人)を追い抜く。

マーケットの環境がこういう状況になってきて、やっとサロン側に動きが出てきたといってよい。ここ数年、美容師のグレイカラーのテクニックは大きく進化した。端的に言えば、白髪の割合に応じた対応技術が整理されてきているのだが、実は、これができるのはごく一部のサロンに限られている。技術が全国的に標準化されるまでには、いましばらく時間がかかるが、確実にこのイノベーションは進行している。

美容業界のシンギュラリティ

技術について、もう少し立ち入った話をすると、白髪の割合に応じた対応技術というのは、全く白髪を隠してしまうものから、白髪をデザイン的なアクセントに使っていくもの、白髪という素材を全面的に生かしていくデザインまでグラデーション状にテクニックが構成されている。

非常にざっくりした言い方をすれば、市販のヘアカラー剤というのは、数ある技術バリエーションのうちで、100%のベタ塗りで白髪をカバーするカラーリングにしか使えない。美容サロンにテクニカルなイノベーションが起こる以前は、サロンで提供される技術メニューのほとんどが、このベタ塗りだったので、パブリックカラーとサロンカラーは競合関係にあり、価格が理由でパブリックカラーに軍配が上がっていた。

ところが、サロン側のイノベーションが進むと、ベタ塗り以外のデザインカラーは、美容室へ行かないとできないという状況が生まれてきて、ここ数年、サロンカラーが伸びているという構図になっている。

このイノベーションの進行は、大袈裟な表現ではなく、美容マーケットにおけるシンギュラリティになり得る可能性がある。今までのグレイカラーは、パブリックのカラーとサロンカラーを比べた時、前述したように、どちらが染まりがいいか? 安いか? 快適か? 程度の単純な判断基準しかなかった。しかしながら、美容師の技術イノベーションによってデザインクオリティ自体が大きく向上している現在、剤の優劣だけでヘアカラーが語られなくなってきている。

このイノベーションは、美容室の技術メニューの在り方自体も変えつつある。

従来サロンで提供されていた技術は、大半がその日限りのメニューだった。施術前のカウンセリングの常套句ではないが、「今日どうしますか?」のメニューなのだ。

サロンカラーで今、起きている変化は、非常にわかりやすく表現するなら、“1色ベタ塗り”から、“白髪をデザインに上手く使いながら、施す多色染め”のテクニックということになるので、1度や2度の来店では、デザインカラーに移行できないケースが多い。ライザップのビフォア・アフターではないが、結果にコミットするには、ある程度の時間とお金が必要になる。

ビジネス的に見るとデザインによって、それなりの料金をチャージできる素地をつくったということが言える。

ヘアデザインからライフデザインへ

これがシンギュラリティだというもう一つの理由は、この技術イノベーションが、女性像そのものを変える可能性を含んでいるという点だ。

資料3は、高齢化率の各国比較だ。言うまでもなく日本は世界一の高齢化社会で、こういう人口動態の構成になっている国は、過去に類例を見ないということだ。ちなみに、単純比較すると、アメリカの現在の高齢化率は1990年の日本程度である。1990年当時の日本では、高齢化への対応など、まだ、美容の言説として顕在化していない。

話を先に進める。「美しく生きる」という概念そのものが大きく変わりつつある。美は20代、30代の特権ではなく、50代になっても、60代になっても追及するべき、人生の大きなテーマとなってきているのである。こういう変化を日本は世界でいち早く経験している。

そこで、ウエラが代理店会で発信したメッセージは、なるほどと思わせるものがある。

「私たちが達成したいこと。全ての世代のお客様が、お洒落なサロンカラーを一生楽しみ続けることができる、そんなカラー市場をつくっていきたい。世代間に立ちはだかる垣根を超える。世の中から白髪染めという言葉を失くしていく。髪を染めるブランドから人生を鮮やかに染めていくブランドへ私たちはコレストンパーフェクトを進化させていきたい」

これは、17年3月に、コレストンパーフェクト プラスをリニューアルした時からのメッセージであるが、まさに時代は、ここで表現されている世界へと変わりつつある。

髪を染める…、これは今までの美容室のヘアカラーに対する意識だ。しかし、時代は変化し、ヘアデザインからライフデザインへと思考をシフトさせ、人生を鮮やかに染めていく、というスタンスに立脚した仕事がすでにはじまっている。

ファッションのウオッチャーに言わせると、若年世代では、目だったトレンドが出てこない反面、中高年層のファッション感覚は、もの凄い勢いで変わっていて、いわゆる白髪があっても、それとファッションを合わせられるようになっているという。

遠からず、美容サロンは、ヘア・メーク・ファッションのトータルコーディネイトによって、生涯美しい女性像を提供する空間に進化する。

ヘアデザインからライフデザインへ。これが、2020年の美容のキーワードになる。

美容アナリスト 桐谷玲