中間領域的なポジショニング「酸熱トリートメント」
頭髪化粧品におけるプロフェッショナルビューティの製品は主に業務品と呼ばれるプロユースの商品と、店販品というコンシュマー向け商品に分かれている。短期連載『2020年の美容マーケットを斬る』の2回目は、昨年、注目度が高まり、今年、本格的にブレイクしそうな業務品にフォーカスする。酸熱トリートメントと呼ばれる商品群だ。
酸熱トリートメントという製品は、ドラッグストアや一般の小売店に置いてあるものではないので、見たことも聞いたことがないという人も多いのではないだろうか。剤について詳しく書くと、かなり話が複雑になるので、ここでは簡単に説明しておく。
資料1を見ていただきたいのだが、酸熱トリートメントは、これまでのプロフェッショナルの商品カテゴリー(パーマ・カラー・ケア・スタイリング)の分類で、ポジショニングをプロットするとすれば、ケアカテゴリーのトリートメントに位置する。
ただし、通常のトリートメントとの違いは、クセを伸ばす効果が感じられるという点だ。グリオキシル酸、サリチル酸、レブリン酸などアミノ基と反応する酸性成分が毛髪に作用することで、髪の内部に新たな架橋構造(イミン結合)をつくり、毛髪本来のハリ・コシが戻り、クセが収まったような質感が出る。実際の縮毛矯正やストレート剤は、もともとの形状をつくっている毛髪のS-S結合を切り、再結合させることで、形状をストレートに伸ばす働きがあるが、酸熱トリートメントは毛髪内部の状態を整えることで、髪の縮れやボリュームを抑える効果がある。したがって、形の矯正力自体は、それほど強くなく、剤の強度を調整すれば、あらかたの毛髪に対応できる縮毛矯正やストレート剤と違って、酸熱トリートメントは、硬毛や太毛、極端なクセの矯正には不向きである。
酸熱という呼び名の由来であるが、酸性成分を塗布するだけでは、このように作用することはなく、熱を加える(脱水する)ことで毛髪内部のアミノ基と反応し、イミン結合をつくる。したがって、施術では、一般の縮毛矯正やストレート剤と同様、アイロンスルーのプロセスが入るので酸(+)熱トリートメントと呼ばれている。
熱を加えることで剤の定着が良くなるので、トリートメントより長く効果が持続し(資料2:酸熱トリートメントの場合、2~3カ月程度)、2剤の処理がないため、ストレート剤より操作が簡単かつ短時間施術が可能、といったあたりが大まかな特徴となる。
マニアック系商品からメジャーマーケットへ
さて、この酸性トリートメントであるが、美容室でこれが話題に上るようになってきたのは、3年ほど前だ。業務品では、よくあることなのだが、当初は、中小メーカーの試作品のようなものが盛んに出回った。メーカー自体も「うまくはまれば、効果は出るが、失敗すると大変な剤」という認識だったようで、試作品を美容師にテストさせ、いわゆる臨床実験を重ねて、製品化の途を探っていた。ちなみにNBBA(全国理美容製造者協会)の加盟メーカーでこの商材を持っているのは、現状では資生堂とアリミノだけだ。
これまでのプロフェッショナルユースの商品は、パーマ剤にしてもカラー剤にしてもアルカリの領域で作用するものがほとんどで、酸性小域で作用するというものは、メーカーにとっても美容師にとっても、未知の分野だった。しかるに、ケミカルに通じた美容師の間でだけで話題になっているマニアック系商材という印象も強かった。
これが一気に広がるきっかけになったのが、一昨年、資生堂から発売されたサブリミックだった。それまで、中小メーカーの独壇場だった酸熱トリートメントの存在を一気にメジャーに持ち上げた。資生堂というメーカーは、古くはデジタルパーマ、少し前だとアデノバイタルなど、たまにとんでもない大ヒットを飛ばす興味深い存在だ。
素材の変化を実感する世代から生まれたニーズ
以上が、酸熱トリートメント登場の背景だが、マーケットから見たバックグラウンドにも多少触れておく。この連載の1回目「ヘアカラーの革新がもたらす新しい女性像 https://kokusaishogyo-online.jp/2020/01/35759」とも関連した話になるが、酸熱トリートメントのブームには、バブル世代の女性たちの支持が大きいという説がある。
バブル世代の女性が話題になるとき、必ずといっていいほどセットで語られるのが「ワンレン・ボディコン」というキーワードだ。まさにロングのワンレングス全盛の時代に青春時代を過ごしてきたのが彼女たちの世代だ。
この世代の女性たちは、50を過ぎても髪を切らず、ロングスタイルをキープしている人が多いということが、各種の調査から知られている。髪のハリ・コシが失われ、長さを保つのが難しくなった彼女たちの前に現れた救世主が酸熱トリートメントだった。剤のパフォーマンスがこの世代のニーズにばっちり合った格好だ。
もう一つのデザイン上の理由は、いわゆるストレートパーマとの風合いの違いである。日本でストレートパーマが流行ったのは、このワンレン・ボディコンの時代だ。昔のストレートパーマは、パネルの上で髪を伸ばすような施術もあった。いわゆるバキバキのストレートで、美容整形にたとえると、直しているのがバレバレの世界。最近ではストレート剤も大分進化してきているので、いかにも伸ばしました、という風合いは減ってはきているが、それでも不自然さが完全に払しょくできているわけではない。
酸熱トリートメントの仕上がりは、そもそも伸ばすための剤ではないので、クセが取れて自然な質感に仕上がる。その風合いが受けているのである。
カットなしで稼げるが、酸熱トリートメントのメリット
最後に酸熱トリートメント導入のメリットについて見ていく。メリットは大きく二つ上げられる。まず、集客効果。今や理美容室の集客はインスタ集客全盛だが、酸熱トリートメントは、ロングの女性のバックアングルの写真でクセ毛の人のビフォア・アフターの違いがよくわかり、同じ悩みを抱える人への訴求効果が抜群に高い。一般にインスタ集客は定着率が低いが、酸熱トリートメントは問題解決型になるので、メニューに直結させやすく、リピーターもつくりやすい。今年に入ってから、インスタ等でこのメニューの訴求が目立つようになっている。
もう一つの大きなメリットは売上貢献度の高さだ。酸熱トリートメントのメニューの平均は1万円前後で、高いところだと2万円~3万円チャージしているサロンもある。カットなどの技術に比べ、習得期間が短くて済むので、早期入客が可能でアシスタントの生産性アップにはもってこいの技術メニューである。
それから、酸熱トリートメントは理美容室の仕事自体を一変させる可能性を秘めている。当たり前の話だが、人は理美容室へ「髪を切りに」行く。技術メニュー別の施術構成比を見れば、カットの構成比はどこのお店でもほぼ100%に近いのではないだろうか。今まで、理美容室へ行って「髪を伸ばす」というメニューはなかった。メニューはなかったが、これだけロングの人が多いご時世、伸ばしたいという人は当然いる。
酸熱トリートメントの導入により、「今日は切らずに、コンディションを整えましょう」という会話が可能になってきた。カットなしの酸熱トリートメントメニューだけで、1万円(平均)取れる。
また、かつてはパーマやヘアカラーの繰り返しで髪が痛むと、「毛先が傷んでいるので切りましょう」という会話も理美容室では多かった。これが切らずに伸ばせるようになった。
風が吹けば桶屋が儲かるではないが、過去、「髪が伸びると、理美容室はもうからない」が常識だった。カットの来店サイクルが伸びるためだ。酸熱トリートメントのメニューは、髪を切らずにサロンに儲けを出す革新的アイテム。これまでの理美容室の常識を覆す可能性がある。
最後に、この商品をめぐるマーケット事情について、一言触れておきたい。
もともとの出自が隙間系の商品だったため、前述したように、この商品ラインを持っているNBBA(全国理美容製造者協会)の加盟メーカー資生堂とアリミノくらいで、他は今のところ動きがない。以前、プレックス系商材についてレポートしたときも書いたが、この勢いでサロンに広がると、各社完全に後手を踏むことになる。この手の隙間系商品の市場が拡大すると、大手メーカーの市場統率力が弱まり、中小の下剋上的な動きが出てくるかもしれない。だから業務品の市場は面白い。
美容アナリスト 桐谷玲