キュービーネットホールディングス(HD)は2018年8月13日、主力ブランドであるヘアカット専門店「QBハウス」の値上げを発表。国内価格(税込)は、19年2月1日に通常価格が1080円から1200円、シニア価格(平日のみ・65歳以上)が1000円から1100円となる。

1996年11月1日に誕生したQBハウスは、バブル崩壊後の節約志向を追い風に、「10分=1000円」のコンセプトが生活者に浸透。さらに時短ニーズの高まりを受け、国内の店舗数は全国532店(18年6月末時点)、年間客数は約1700万人まで拡大している。一方、海外は、シンガポール、香港、台湾、米国に進出し、店舗数は119店舗(18年6月末時点)。17年の来店客数は約311万人である。18年3月23日には、東京証券取引所第1部への上場を果たした。

一見すると、経営は順風満帆だが、上場初値は公開価格(2250円)を6%下回り、3日続落の厳しい船出。中長期の成長戦略が問われる中での値上げ発表。その真意と今後の戦略について、キュービーネットHDの北野泰男社長に聞いた。

10年以上前から狙い続けた価格改定

--QBハウスの値上げは、14年4月の消費税率アップ(5%から8%)時に外税にしてから2度目。ただ、自社都合では、今回が初めてのケースです。

北野 じつは、QBハウスの価格改定は07年から検討しています。当時の価格は1000円。翌08年にはテストケースとして、戸越銀座店の価格を1050円に引き上げました。その時に、初めて導入したのが高額紙幣券売機です。それまで1000円札しか使えない券売機を使うことで、オペレーションの効率化、投資負担の軽減を実現していたことから、QBハウスにとって最適な券売機システムの開発は重要な取り組みでした。また、カット専門店の密集地域である戸越銀座で、価格改定に成功すれば、出店攻勢一辺倒だった当時の戦略を転換できるのではないか。我々にとって、大きなチャレンジだったんです。

--結果はいかがでしたか。

北野 残念ながら、計画していた数字とは大きく乖離してしまった。ここでの学びは、価値をもっと磨かなければ、価格は上げられないという、当たり前のことです。

カットサイクルを短くして快適な日常生活を維持する価値観は、日本の高齢社会において高まっていく。だから、カット専門店のビジネスモデルが伸びていくことに確信がありました。でも、その市場環境にQBハウスがフィットするかどうかは別問題。我々の経営をもう一度、再構築して、中長期的に持続的成長が可能な組織体にしていかなければいけない。

だから09年に私が社長に就いてから、事業目的に理美容師の労働環境、待遇改善を実現することなどを掲げ、量から質への転換を開始。顧客満足度調査やカットコンテストなどを導入することで、サービスと技術の見える化を進め、QBハウスの価値は引き上げられるという気づきを組織に与えて続けています。徐々にサービスと技術の改善に切磋琢磨する人材が増え、それが全国の仲間に広がっています。

キュービーネットHDの北野泰男社長

--今回は、満を持しての値上げだ、と。

北野 海外事業からの学びもあります。海外のQBハウスは、日本以上に厳しい競争を繰り広げています。例えば、シンガポールでは、QBハウスを模倣したカット専門店が登場し、近隣どころか、隣同士で競争している。価格競争に巻き込まれないためには、価値の差別化を図る以外に道がありません。

そこで、12年12月に価格を20%引き上げたところ、客数が17%も落ちてしまった。要因を分析すると、それほど時間価値に興味がない高齢者、子供の離脱が進んだこと。競合店の有無と顧客満足度で離脱率が大きく変わることがわかりました。価格を引き上げても客数が上がった店舗もありましたからね。

この結果、個人主義が強いシンガポールにおいて、現場の成長意欲に火がつきました。仲間の仕事のクオリティに興味を持ち、サービスと技術を磨いたことで、3年かかって最大17%も下がった客数を戻すことできたんです。

しかも副産物としてシンガポール政府から良質なサービスに関する表彰を受けたり、シンガポール最大のチャリティイベントのメインスポンサーに選ばれるなど、QBハウスが現地に根付くきっかけにもなりました。競合の台頭、想定以上の客数減という危機がなければ、シンガポールの組織は、ここまで成長できなかったと思います。

--14年、香港の価格も20%引き上げました。

北野 シンガポールの経験を活かし、シニアに対する販促策を組み立て、客数の減少は5%に抑えました。ただ、香港のビジネスは急速に伸びていた時期で、現場は思った以上の客数減にショックを受けた。サービスや技術の研修に後ろ向きだった香港のスタイリストの目の色が変わり、1年2カ月で客数を戻したんです。シンガポールと香港の取り組みをサポートしてきた日本は、そこからの学びを活かして、19年2月1日の価格改定に挑んでいます。

値上げの影響は3年で元に戻す

--日本の値上げ幅は10%程度。シンガポールと香港の半分ですが、その理由は。

北野 キュービーネットHDにとって、日本のQBハウスは骨格。日本社会の流れ、市場の成熟度、顧客属性などを考えて、リスクを抑えて着実に進めることが必要だと考えました。通常価格とシニア価格に分けているのも、海外での学びがあるからです。シニアは、国内年間来店客数の16%前後を占めています。QBハウスの黎明期を支えてくれた愛用者が多く、これまでの感謝を込めた価格にしています。

その一方で、シニア以外の顧客層は、価格よりも利便性、時間価値でQBハウスに足を運んでくれています。店舗ビジネスでは稼働率を高めていくことが大事。シニア層を午前中に呼び込み、その他の時間帯のお客様を増やすことで、スタイリストの待遇改善などに結びつけていきます。

--どの程度の客数減を想定していますか。

北野 日本では1店舗1店舗の積み上げで、きめ細かく価格改定対策を行っていますが、全体で最大6%減を予想しています。ただ、よく外食チェーンの価格改定と比較されますが、来店頻度が全く違います。外食チェーンは月4~5回の利用が考えられますが、QBハウスの場合はほとんどが月1回。価格改定で離脱するインパクトは、それほど大きくないと考えています。

それに我々が外部業者にお願いしている、ミステリーショッパーによる「お客様満足度調査結果」を見ると、18年6月期の再来店意思は、11年6月期比7・8ポイント増の87・1。理美容と外食の平均である80・0を大きく上回っており、サービスと技術の価値を高めてきたことが成果として表れています。

これに伴い、人材の質も向上。以前は、理美容師が転職時の生活費を稼ぐためにとか、ちょっとQBを経験してみよう、と入社するスタイリストが少なくなかったのですが、今は、長く働きたいとか、人を育てられるトレーナーになりたいとか、海外にもチャレンジできるとか、将来を見据えてQBハウスの門を叩くケースが増えています。

--値上げのタイミングは、上場前あるいは上場時ではなく、19年6月期。その狙いは何でしょうか。

北野 理美容業界ではQBハウスの経営は成り立っていないのではないか、赤字経営ではないかという根も葉も無い噂が流れていた。価格改定の前に、企業情報が見える化される上場を果たすことで、キュビーネットHDの稼ぐ力を社会に示し、お客様にも、スタイリストにも、QBハウスに集まることへの安心感を与えたかったんです。

それにキュービーネットHDは、大株主が3回変わることで財務基盤の課題が膨らんでいた。財務基盤が整っていないと、未来に向かってチャレンジするのは難しい。上場によって新しい資金調達の手段を手に入れることは、価格改定の先を見据えた成長戦略を示すことにもつながるわけです。

--現在、大株主は国内外の長期年金運用基金です。価格改定は、投資家へのアピールが狙いでは。

北野 決して短期視点での取り組みではなく、長期視点で持続的な成長を実現するための戦略の一つですよ。いま日本経済が伸びているのは、アベノミクスの効果も多少あると思いますが、大きくは時間にゆとりがあるシニア層の消費が活性化しているからです。数年後、国内需要は厳しさを増すと思いますが、我々のビジネスモデルは、新しい成長のチャンスが生まれると考えています。特に、国内年間1700万人が利用するQBハウスは、カット専門店のリーディングカンパニーですから、景気減速の前に先手を打つ。そのために、今回の価格改定を行ったんです。

--しかし、のれん代(154億3000万円)と有利子負債(119億8900万円)が重荷という指摘もあります。

北野 キュービーネットHDのバランスシートを見ると、キャッシュを稼ぐ力は約20億円。年間10億円を借入金の返済に、年間10億円を成長投資に向ける。稼げる店づくりを確実につくっていくことで、安定したキャッシュフローが実現できており、問題ないと考えています。18年6月期決算は、ほぼ計画通りの増収増益。この実績は、資金調達にプラスに働く。むしろ、いま先手を打たなければ、稼ぐ力も落ちていく可能性が高い。価格改定を機に、これまで以上に付加価値戦略のアクセルを踏んでいきます。

海外に続き、日本でもプレミアム業態に挑む

--価格改定の目的として「カット未経験スタイリストの採用強化・育成投資の強化」「スタイリストの労働環境改善・待遇改善」「快適な店づくり」を挙げていますが、それぞれ今後の投資額は決まっていますか。

北野 詳細を決めるのは、これからです。そもそもQBハウスにとって、日本での価格改定は大きなチャレンジです。我々の目的は、スタイリストの労働環境や待遇などを改善し、社会的地位を高めること。すでに現場のスタイリストは待遇改善に期待していますが、価格改定後の実績を見ながら3年ぐらいかけて段階的に進めていきます。

--スタイリストの平均給与の増減は、価格改定の成否を測るバロメーターになりますね。一方で、QBハウスの国内出店戦略を見ると、18年6月期は新規23店舗、閉店14店舗で、9店舗の増加。19年6月期の計画は新規27店舗、閉店9店舗の18店舗増。この出店スピードには満足していますか。

北野 競争に勝てる企業の条件は、人を育てられる人材をたくさん抱えていることです。無理に出店を急ぐのではなく、いまはスタイリストを育てるトレーナーの育成に力を入れており、18年7月、東京・大阪・名古屋に続き、福岡に研修施設を新設しました。仙台と札幌も準備しており、結婚や育児などの理由で理美容業界を離れた休眠美容師が復帰しやすい環境を整え、人手不足時代に対応します。

その上で、店舗戦略については、QBハウスの強みである好立地は、いまも新陳代謝が進んでいます。特にトラフィックが多い駅への出店を狙う企業が多く、年々競争が激しくなっています。鉄道会社も環境整備に取り組んでおり、駅のリニューアル工事が増加。QBハウスの閉店は、不採算が理由ではなく、全て工事に伴うものです。駅のリニューアルは工期が4~5年と長く、その間は近隣の好立地に物件を確保しなければいけない。これが非常に難しく、ここに営業のリソースを重点的に充てているんです。

というのは、JR千葉駅の店舗は7年間のクローズを経て再オープンしましたが、代替店舗として2店舗を確保した結果、現在は3店舗のドミナント展開に結びつき、収益が格段に上がっています。このような成功モデルをつくるために営業力を高めていかないといけません。

もはや、目に見える開発計画を眺めているだけでは競争に勝てない。自分たちで誰も気がついていない区画を考え、提案していかなければいけないと考えています。

--QBハウスのサービスは10分と短時間ですが、実際には待ち時間があります。また、スタイリストは掃除を含めてお客1人当たり15分ほど費やしている。店舗投資では、さらなる効率化を狙うのではありませんか。

北野 例えば、キャッシュレス化は、戸越銀座店に券売機を導入したのと同じように、さらに時間価値を高めることができるので、お客様にも、運営側にもメリットがあります。「ビジネスに国境はない、終わりはない」と考えている我々は、日本でつくったビジネスモデルを海外に輸出して具体化。それを抽象化して日本に戻しています。

中国のキャッシュレス社会は香港に波及し、我々は多くの学びを得ています。東京五輪が行われる2020年に向けて、日本でも首都圏を中心にキャッシュレス化が進むと思います。結果として、ビジネスモデルの効率化が一段と進み、企業が人件費のアップに動けるようになると考えています。

--シンガポール、香港では、QBハウスのプレミアム業態を導入していますが、日本に水平展開するとしたら、最新テクノロジーを活用した新業態になるのでしょうか。

北野 我々の戦略は、点で始めた施策を線で結びつけ、最終的には主力のQBハウスのブランド価値が上がるようにしています。ですから、海外でチャレンジしたことは、当然、日本でも活かしていきます。

香港国際空港43番ゲート付近にある「QB PREMIUM」。価格は100香港ドル。今後は香港市街地への展開を狙う

ただし、シンガポール、香港のプレミアム業態をそのまま導入するのではなく、日本市場に適した形にローカライズすることが大事で、20年代を見据えたモデル店舗を準備しているところです。アジアの一方で、米国・ニューヨークに出店したのも、新しい学びを得るためなんですよ。

--どういうことですか。

北野 我々が想定したのは、近い将来、東京もニューヨークのような成熟都市になるかもしれないということ。その中で確かな技術とサービスが提供できるカット専門店は通用するのだろうか。お客様はどう反応するのだろうか。そのような問いを立てて、米国市場にチャレンジしたんです。

--成果はありますか。

北野 18年10月にウォール街に3店舗目を出店しますが、NYでも時間に追われる人たちに支持されていることに手応えがあります。特に、ニューヨークには約1万5000人の郵便局員がいるのですが、配達の合間にQBハウスを使ってくれています。また、ごく稀なケースですが、非常にファッショナブルな女性が調髪を目的に来店してくれるんです。メインターゲット以外の反応には気づきが多い。日本でも働く女性は増えていきますから、何かしらのヒントになることは間違いありません。

--19年6月期は海外で12の新規出店を予定していますが、今後、出店は加速させるのですか。

北野 海外市場には競合他社が多いのですが、この手のビジネスは投資家によるフランチャイズが大半を占めています。概ね7年周期でビジネスのあり方を見直す傾向が強く、さらに各国の商業施設の開発、リニューアルが一巡したこともあり、そろそろ企業統合の時期に差し掛かっていると見ています。つまり、各社が価格戦略から脱却し、質への転換を図って生き残りをかけるということですから、我々は、再び技術とサービスのレベルアップを進め、価格改定に挑まなければいけません。

--新しい国・地域への進出については。

北野 日本の価格改定を成功裏に終えることが最優先です。カット専門店は、世界中で可能性があるビジネスですが、国・地域の発展度、成熟度に大きく左右されます。日本の化粧品はグローバル化が著しいですが、アジア女性が髪の毛に意識を向けるのはこれからでしょう。そして男性がヘアカットを意識するのは、女性から数歩遅れます。新しい国・地域への進出は、タイミングが重要ということです。

とはいえ、これまで我々は、直営店が軸のビジネスモデルの構築、技術やサービスを高める教育カリキュラムなどのノウハウを蓄積しています。これを活かせば、外資規制が厳しい国・地域では、パートナー企業と組んで出店することも考えられます。海外戦略において、打つ手が増えていることは間違いありません。

国内理美容業界で企業統合は避けられない

--国内外を含めて、理美容企業を買収する考えはありますか。

北野 キュービーネットHDの先々を考えれば、M&Aの可能性はあります。日本で最も美容に投資しているのは、団塊の世代の女性だと思いますが、あと数年経つと、外出の機会が減り、少しずつ身支度への出費を抑えるようになる。そうなると、理美容業界では、企業の統合が始まることになります。

どんな業界でも、拡大の後には必ず統合が起こります。その時に、提供価値の質が上がる方向に統合が進めば、業界は生き残ることができます。質が落ちる悪い統合が起きないようにするのが、経営者の役割だと思います。日本の理美容業界が統合の時期に入ったとき、キュービーネットHDが他社から信頼されて選ばれるような企業体にしておきたいですね。

一方、M&Aは海外でも現実味を帯びています。QBハウスが持つスタイリストを束ねる力に興味を持つ企業が増えており、具体的な話から、漠然とした話まで、少しずつ相談が舞い込むようになっています。これこそ、企業の情報が見える化される上場の成果だと思います。

--キュービーネットHDは、国内外の理美容業界を横断するブランドポートフォリオを目指す、と。

北野 その可能性は見えてきましたし、業界発展をグローバルにリードする役目の一翼を担いたいと思っています。そのためにも、日本における価格改定を成功させるとともに、海外展開の強化、そしてQBハウスとは異なる客層をつかむためのブランド「FaSS(ファス)」の育成を強化します。QBハウスのコンセプトであるリーズナブルで、予約不要という手軽さを活かしつつ、「Fast Salon for Slow Life」という新しいコンセプトを提案するカット専門店です。価格は2000円で、メインターゲットは、QBハウスには満足しないけど、一般的なヘアサロン以上の利便性を求める20~40代の男女です。

QBハウスとは異なる顧客層の掘り起こしを目指すブランド「FaSS」

当初からキュービーネットHDにとって難しいチャレンジだと思っていましたが、高くもなく、安くもない価格帯で求められる技術とサービスの価値水準について学んでいる最中です。現在11店舗と試験段階とはいえ、QBハウスの繁盛店と同じぐらいの売上げを確保しており、黒字経営はできています。あとは、QBハウスではアプローチできないファッション感度の高い女性が集まる好立地への出店に目処がつけば、FaSSは軌道に乗ると考えています。

--1000~2000円の価格帯がキュービーネットHDの主戦場になる。

北野 1000~2000円の価格帯は、これからの日本社会において、大きな可能性がある市場だと思っています。キュービーネットHDのビジネスモデルは、価格訴求から価値訴求に変わったとはいえ、依然として未完成で、提供できていないものがある。QBハウスのレベルアップも含めて、顧客ファーストで社会を支えるサービスを生む。そして高齢社会で磨いたビジネスモデルを世界に輸出し、再び日本に還元する。この好循環を回し続ければ、キュービーネットHDの存在感は必ず高まっていきます。