花王スキンケア研究所は、京都大学大学院医学研究科皮膚科学教室の椛島健治教授の研究指導のもと、敏感肌の中でも不快感を生じやすい肌では、健常な肌に比べて角層深部まで伸長する神経線維の数が多いことを確認した(図1)。その一因として、皮膚のバリア機能のひとつである“表皮タイトジャンクション”の機能低下が関与している可能性を見いだした。

さらに、γ-アミノ-β-ヒドロキシ酪酸が表皮タイトジャンクションの機能を高めることを発見し、これを配合したプロトタイプ製剤を8週間連用することで、敏感肌特有のチクチク・ヒリヒリなどの不快感が軽減することを確認した。

今回の研究成果は、2025年7月4~5日に東京都で開催された第50回日本香粧品学会にて発表し、会頭賞を受賞した。

敏感肌とは、通常では何ともない刺激に対しても、痛みやかゆみ、チクチク感などの不快な感覚が生じやすい刺激感受性が高い状態の肌である。花王では、皮膚疾患がないにもかかわらず、刺激感受性が高い肌について長年にわたり研究を続けてきた。敏感肌の要因としては、角層バリア機能の低下が知られており、花王はこれまでに角層の細胞間脂質の主要構成成分であるセラミドに注目し、その役割などを明らかにしてきた。

一方で、神経活動の活性化も敏感肌の一因とされているが、この領域での検討は十分に進んでおらず、不快な感覚が生じる詳しいしくみは明らかになっていなかった。そこで今回花王は、表皮内の神経線維に焦点を当てて、新たな検討を行った。

表皮の顆粒層には、タイトジャンクションと呼ばれる構造が存在し、隣り合う細胞同士を密着させて異物の侵入や水分などの蒸発を防ぐ機能を担っている。さらに、タイトジャンクションはその内側に神経線維を保持する役割も担っているが(図2)、アトピー性皮膚炎では、タイトジャンクションが脆弱になっており、それを超えて神経線維が角層直下まで伸長することで、かゆみなどの不快感を引き起こす可能性が報告されている。

花王は、敏感肌に特徴的な知覚過敏と表皮内神経線維との関連を検討するため、20~50代の日本人女性を敏感肌群と健常肌群に分け、上腕内側の皮膚神経線維の分布を比較した(図1)。なお、敏感肌群は刺激物質に対する感受性を示す乳酸刺激スコアが1.5以上(N=3)、健常肌群は敏感肌意識がなくスコアが0(N=3)のグループとなる。

比較の結果、通常、神経線維は表皮の基底層から顆粒層までに分布することが知られているが、敏感肌では、角層深部まで伸長する神経線維の数が有意に多いことが確認できた(図3)。

敏感肌で神経線維が角層深部へ伸長するメカニズムを検討するため、皮膚組織における遺伝子発現を網羅的に解析した。その結果、健常肌群と比べて敏感肌群では、タイトジャンクションの構成分子の一つとして知られるクローディン3の遺伝子発現量が有意に低下していることが分かった。

そこで、クローディン3の低下が表皮タイトジャンクション機能に影響を与えるのかを明らかにするため、クローディン3の働きを遺伝子工学的手法により選択的に弱めた正常ヒト表皮角化細胞で、バリア機能の指標として知られる経上皮電気抵抗(TEER)値を評価した。その結果、TEER値が有意に低下し、クローディン3がタイトジャンクション機能に寄与していることが示された。

このことから、敏感肌ではクローディン3の発現抑制に伴って表皮タイトジャンクション機能が低下し、角層深部への神経線維の侵入が増加することで不快感が誘発されていると考えられる。

花王は、神経線維の過度な伸長を抑制することを目指して、タイトジャンクション機能を高める素材を探索した。種々の素材を正常ヒト表皮角化細胞に添加して、クローディン3発現を比較した結果、アミノ酸の一種であるγ-アミノ-β-ヒドロキシ酪酸(図4)が、クローディン3の発現と、TEER値を濃度依存的に有意に増強することを見いだした。

さらに、敏感肌意識があり、刺激感受性が高い20~40代の女性40名(ニューロメーターを用いた250Hzの電流刺激閾値〈CPT値〉が10以下〈チクチク・ヒリヒリ感を特に感じやすい〉の人)を対象に、γ-アミノ-β-ヒドロキシ酪酸を含むプロトタイプ製剤を8週間使用する群20名と、含まないプラセボ製剤を使用する群20名に分けて、連用試験を実施した。その結果、プラセボ製剤と比較して、プロトタイプ製剤を連用した群では、連用8週間後に刺激を感じる最小の電気レベル(CPT値)が有意に高くなった(図5)。また、試験終了後のアンケートによれば、プラセボ製剤と比較してプロトタイプ製剤を連用した群では、日常生活におけるチクチク・ヒリヒリなどの不快感が軽減したと感じた人の割合が有意に高いという結果が得られた(図6)。

敏感肌では表皮内の神経線維の分布が変化していることを確認し、刺激を感じやすい一因として、角層深部への神経線維の伸長が関与している可能性を見いだした。その背景には、クローディン3の発現低下により、角層より深部にある表皮タイトジャンクションのバリア機能の変化が影響していると考えられる。

また、タイトジャンクション機能を高める素材を探索し、γ-アミノ-β-ヒドロキシ酪酸を含む製剤の連用により敏感肌特有のチクチク・ヒリヒリなどの不快感が軽減することを確認した。

花王は今後も、皮膚の構造、機能に着目した研究を通じて、敏感肌の根本理解を進め、生活者のQOL向上をかなえるスキンケア技術の開発を目指す。