ライオンは、日本アイ・ビー・エム健康保険組合(以下、日本IBM健保)と共同で、日本IBM健保が保有する大規模な健診・レセプトデータを活用した調査研究を行った。毎年2万人が受診する健康診断データに加え、歯科健診およびレセプトデータの2014~23年までの10年間のデータを分析することで、オーラルヘルスケアに関わる複数の知見を得ることができた。その一つに職域での口腔ケア促進が、従業員の生活習慣改善や健康増進につながる可能性が挙げられる。同研究の内容は、25年5月14~17日に宮城県仙台国際センターほかで開催された「第98回日本産業衛生学会」にて、同社と日本IBM健保が共同で3演題を発表し、うち1演題が「産業歯科保健部会優秀演題賞」を受賞した。

発表者はライオンの對馬啓氏、日本IBM健保の廣田奈巳氏、順天堂大学大学院医学研究科先端予防医学・健康情報学講座福田洋氏ら。

発表内容は以下の通り。

■演題①「歯科予防プログラムが口腔ケア習慣及び口腔状態に与える影響」(産業歯科保健部会優秀演題賞)

(1)背景

歯周病は、初期段階では痛みがなく出血などの軽微な症状が見過ごされ、症状が顕在化する頃にはすでに重篤化していることが多い疾患だ。そのため、定期的な歯科健診での早期発見と、プロケア・セルフケアによる予防が重要になる。そこで、日本IBM健保では、独自の歯科予防プログラム「p-Dental21」を推進している。同研究では、「p-Dental21」が参加者の口腔ケア習慣を含む生活習慣、および口腔状態に与える影響を明らかにすることを目的として日本IBM健保の保有するデータを分析した。

(2)内容

対象者:14~18年に在籍し、最大で23年までの健康診断データを保有する日本IBM健保に加入する事業所の従業員

分析方法:

(1)14~18年の5年間における「p-Dental21」への参加回数に着目し、以下の通り群分け

・参加回数が2回以上:「高頻度群」(n=2,054)

・参加回数が1回以下:「低頻度群」(n=12,902)

(2)19~23年の5年間を観察期間とし、4mm以上の歯周ポケットの新規発生までの時間を生存時間分析により比較(ログランク検定およびコックス比例ハザードモデル。共変量〈結果に影響し得る年齢・性別などの特性を統計解析で調整するための変数〉:19年時の年齢、性別、喫煙習慣)

結果:高頻度群は、低頻度群と比較して4mm以上の歯周ポケットの新規発生までの時間が有意に長いことが確認された(ログランク検定:p<0.05)。さらにコックス比例ハザードモデルによる解析では高頻度群のハザード比は0.61(95%信頼区間0.39-0.96、p<0.05)と推定され、低頻度群と比較して4mm以上の歯周ポケット新規発生リスクが有意に低いことが示された(図1)。

■演題②「職域成人における口腔状態がその後の歯科医療費に与える影響:客観/主観双方の観点から」

(1)背景

口腔状態と歯科医療費の関連性については数多くの先行研究が存在するが、交絡因子を考慮した上で職域成人を対象とし、口腔状態が歯科医療費に与える影響を縦断的に分析した研究は少数だった。そこで同研究では、口腔状態を表す客観的指標である「歯周ポケットの深さ」と、主観的指標である「かむ状態」に着目し、職域成人における口腔状態と歯科医療費の経年での関連性を明らかにすることを目的として、日本IBM健保の保有データを分析した。

(2)内容

対象者:14~23年において分析に必要なデータを有する日本IBM健保に加入する事業所の従業員

分析方法:

1)客観的指標「歯周ポケットの深さ」について

14年時点での歯周ポケット測定値を用いて、以下の通り群分け。

・歯周ポケット4mm以上群(n=346)

・歯周ポケット4mm未満群(n=877)

傾向スコアマッチング法により交絡因子を調整(共変量:14年時の年齢、性別、通院日数、ストレス、ヘルスリテラシー、歯科医療費及び分析期間中の喫煙・運動・間食習慣)し、15~23年の9年間の各年の累積歯科医療費が0円でない者(表1)を対象に、累積歯科医療費を群間比較した。

2)主観的指標「かむ状態」について

問診において「食事をかんで食べる時の状態はどれにあてはまりますか」の問いに“何でもかんで食べることができる”を選択した場合を「かめる」群、“歯や歯ぐき、かみあわせなど気になる部分があり、かみにくいことがある”“ほとんどかめない”のいずれかを選択した場合を「かみにくい」群とした。その後の分析方法は「歯周ポケットの深さ」と同様である。

結果:歯周ポケット4mm以上群は4mm未満群に対して、8年間の累積歯科医療費が1人当たり約4万円高くなった(p<.01、図2)。

「かむ状態」については、「かみにくい」群は「かめる」群に比べ8年間の累積歯科医療費が一人当たり約3万円高くなった。

■演題③「定期的な予防目的の歯科受診が職域成人の生活習慣や全身健康に与える影響」

(1)背景

日本では職域での歯科健診の実施率は低く、内閣府の「骨太の方針」で健康維持を目的とした国民皆歯科健診の概念が提唱されていることからも、国民の口腔健康の維持増進のためには、職域における歯科健診の受診が重要だ。ライオンは、年間2万人以上が健康診断(歯科項目を含む)を受診している日本IBM健保の保有するデータ10年分を分析することにより、職域成人の歯科健診習慣の有用性を検証した。

(2)内容

対象者:14年と23年の健康診断データを有する日本IBM健保に加入する事業所の従業員

分析方法:

1)問診にて「定期的に歯科健診/歯石除去など予防を受けているか」を10年間の回数を以下の通り群分け

・「はい」の回数が9回以上:「歯科健診習慣あり群」(n=2060)

・「はい」の回数が1回以下:「歯科健診習慣なし群」(n=2667)

2)傾向スコアマッチング法により交絡因子を調整(共変量:14年時の年齢、性別、肥満※、血糖、血圧、脂質、肝機能、喫煙習慣、運動習慣、生活習慣改善実施有無)

※肥満の基準は人間ドック学会「判定区分2024年度版」を参考に設定し、血糖、血圧、脂質、肝機能の基準は厚生労働省「標準的な健診・保健指導プログラム」を参考に設定

3)傾向スコアマッチング後の集団(両群ともにn=1660)について、14~23年の各年の喫煙習慣、運動習慣を群間比較

結果:歯科健診習慣あり群は、なし群と比較して、喫煙習慣保有者の減少が大きく、運動習慣保有者の増加が大きかった(図3、4)。

順天堂大学大学院特任教授、本郷・お茶の水キャンパス統括産業医の福田洋氏は同研究について、「職域ヘルスプロモーションの中でも歯科領域は、その有用性が期待されていても取り組みの実践やエビデンスが少ない状況にあります。今回の報告は、職域での予防歯科活動の有用性や、口腔と全身健康の関連を優れた研究デザインにより示したもので、大変価値があるものと思います。学会発表に先んじて、順天堂大学での臨床疫学ゼミで予演会を行い、多くの産業保健職とディスカッションも行っていただきました。今回の知見が働き盛り世代の歯科ヘルスプロモーションに役立てば嬉しいです」とコメントしている。

歯科医師、歯学博士、労働衛生コンサルタントの加藤元氏は「永年、歯科予防プログラムを継続実施してきたなかで、私たち歯科スタッフが肌で感じていた効果を、データからきちんと分析していただき、歯科医療費の軽減や生活習慣の改善、歯周病重症化予防に役立っていたことを知ることができました。これまでの軌跡を確認できたことで今後のモチベーションにもなり、共同事業として調査研究を行い、そして発信できたことを大変嬉しく思っております」とコメントしている。