オルビスは2022年7月、週2回の出社ルールを設けた。そして毎週火曜日を「ONE ORBIS DAY」とし、本社の企画職の社員は全員出社日という運用を始めている。化粧品業界の中でも積極的にDXを推し進める企業だけに、週に1回とはいえ、全員出社日を設けるのは意外に受け止められるかもしれない。2年強のコロナ渦で、オルビスはいち早く在宅勤務を導入。以前からオンラインコミュニケーションにはslackも使用しているので、ルーティンが決まっているタスクの生産性は維持・向上できているものの、イノベーションの源泉である生産性は低下していると感じていた。だから、出社ルールを改めた。トランザクティブ・メモリー(交換記憶)を向上させ、社員一人ひとりが持つ知識、ノウハウを共有。従業員同士のシナジーを高めて新たな価値を創出を目指している。岡田悠希HR統括部部長は次のように話す。

「リモートワーク環境では従業員同士のキャラクターの理解が進みづらいうえに、部署を超えた連携が生まれ難くなっていました。これではオルビスが目指す『スマートエイジング』という提供価値の創出に影響が出ると考え、出社日を設けました。もともと人に興味のあるメンバーが多いので、出社した時は、いろんなプロジェクトメンバーに会いに行って横断的に情報を得たり、確認をするメンバーも多く、イノベーションの創出を大事にするオルビスらしい組織風土に磨きがかかっていると思います」

このようにオルビスが柔軟に働き方を変えられるのは、リブランディングに着手した18年から事業ドメイン転換と両輪で組織風土と人事制度の改革を積み重ねてきたからだ。その発端は、岡田部長が社内で感じた違和感である。小林琢磨社長は、「未来志向」「オープンマインド」を体現する人。社長就任時から風通しの良い組織づくりを打ち出していたにもかからず、社員の言動は場面によって大きく異なっていた。例えば、仕事の合間の雑談はカジュアルな雰囲気で、誰もが冗談を交えながら事業のアイデアを披露するのに、会議になると口数が極端に少なくなった。また、意思決定のプロセスは明確に決まっており、縦型組織特有の窮屈な空気が社内に蔓延していたことにも、危機感があった。

その背景には、オルビスが売上高500億円を超えるまで、右肩上がりに成長してきたことにある。成功体験により、価格やキャンペーンによってお客様と繋がる「戦術ドリブン」で、オペレーショナルにPDCAを回すサイクルに終始していた。しかし、生活者の価値観が多様化し、過去の成功体験は足枷になり始めた。そして、オルビスの第二創業期と位置づけて通販会社からブランドビジネスへの事業転換のリブラディングと同時に組織風土改革にも取り組み始めた。PDCAをオペレーショナルに回すことを重視していたリブランディング前は管理型のマネジメント体制。当時はこのマネジメント体制が必要だったが、時代とともにアップデートできなかったことで、新しいチャレンジや新しい価値を生み出せる風土に反転させる組織変革が不可欠だった。

「多様な場面で組織の課題となる側面を目の当たりにしました。ただ、その一方で、社員との雑談では、魅力的な事業アイデアが飛び交っていたので、これまでのやり方にとらわれないチャレンジ風土への反転のポテンシャルを強く感じたわけです。だから、社員のマインドを変え、社員の持っている力をもっと引き出すことができれば、オルビスは輝くぞ、と自信を持ちました」(岡田部長)

まず着手したのが、HR部門のメンバーのマインドセットを変えることだった。そして、「未来志向」と「オープンマインド」の風土を実現するために、全社員に求める七つの行動指針「ORBIS MANAGER STYLE(オルビスマネジャースタイル)」(以下「OMS」)を掲げた。具体的な取り組みの一つとしては、「STYLE QUEST(スタイルクエスト)」がある。社内で影響力のある人の行動から変えていくために、管理職が「OMS」の行動指針で示した七つの行動ができているか、メンバーが上司を評価する仕組みだ。3ヵ月に一度、メンバーが匿名サーベイで評価し、管理職はその結果を見て内省する。ただし、OMSの設定はあくまでも手段であって、目的ではない。全員が「OMS」を強く意識するようになり、各自がそれを基軸にPDCAを回していく。つまり、「OMS」を自己開発ツールとして機能させたのである。

全社員に求める七つの行動指針「ORBIS MANAGER STYLE(オルビスマネジャースタイル)」

七つの行動指針「ORBIS MANAGER STYLE(オルビスマネジャースタイル)」

「経営陣、部門長、課長へのフィードバックは評価とは連動していません。全員が「OMS」を共有し、全員が言動や振る舞いを見直し、会社が目指す方向性を共有する機会にしています。スタートから1年半経った時、社内の雰囲気が変わり始めたことに気がつきました。例えば、半年に1度の社員満足度調査では上司への期待値と満足度でいえば、期待値に関してはもともと高かったのですが、満足度もそれに近づくように向上していったのです。また、社員の心理的安全性が高まり会議での発言が活発化し、メンバーから積極的にアイデアが出るようになりました。そうなると、経営陣は現場への権限委譲に躊躇しなくなり、より組織風土の改革が好循環になっていきました」(岡田部長)

七つの項目すべてに「意識してほしい行動」、「意識してほしくない行動」を明文化

七つの項目すべてに「意識してほしい行動」、「意識してほしくない行動」を明文化

組織風土改革の次に着手したのが、社員の評価制度の抜本的な改革である。オルビスのフィロソフィーは「スマートエイジング」に基づき「一人ひとりの能力を最大化する」こと。成果の有無にかかわらず、年齢や入社年次が評価を左右する年功序列は馴染まない。むしろ、社員一人ひとりの能力、個性に寄り添い、力を最大限に引き出すことがオルビス流の人材活用術になる。そこで20年5月より相対評価から絶対評価に改めた。例えば、賞与の支給率は改定後は、大きく3段階だったが、20%から200%まで1%刻みの評価を行なっている。当然、HRがある程度の段階で指針を設けているが、社員を杓子定規に当てはめるのではなく、一人ひとりの働き振りを丁寧に評価していく。

「オルビスではタレントレビューと呼んでいるのですが、社員を評価する場は3段階あります。部門単位、管掌単位、経営陣です。そのタレントレビューでの評価を踏まえ、その後の報酬決定会にて経営層が社員一人ひとりの賞与支給率を必要に応じて変動させています。仕組みによる統治ではなく、人治の側面を強くすることで、評価のパーソナル化を行っています。こうすることで、価値ある失敗をポジティブに捉え、高く評価することができますから、社員は安心してチャレンジすることができるようになります。相対評価から絶対評価への移行は、オルビスにとって大きな変化だったと思います」(岡田部長)

オルビスが組織風土と人事制度の刷新を果断に進められるのは、人材をコストではなく、ビジネスの基盤と考えているからだろう。そしてコロナ感染状況と社内の状況を見て、冒頭の「毎週火曜日は全員出社」のように働き方を柔軟に切り替えられるのは、HRの重要性を経営陣のみならず、社員が理解していることを表しているのではないか。これはオルビスが18年以降のリブランディングで手に入れた新たな強みと言える。

とはいえ、HRのチャレンジに終わりはない。絶対評価への理解と浸透が進んだからこそ、次のステップとして社員一人ひとりの強みと可能性をフィードバックし、成長に向けた内発的動機を引き出すことに挑み始めた。そのベースになるのが、タレントレビューで得られる社員一人ひとりのデータ(上司の評価や面談でのコメントなど)である。これを分析することで、よりパーソナルに社員にアプローチし、内発的動機を高めることができる。いわゆるHR視点のマーケティング活動と言えるもので、この取り組みが軌道に乗れば、部門別に行っているOJTなどの教育効果も高まるだろう。

また、従来の階層別研修を廃止し、社員一人ひとりのニーズや開発課題にマッチング支援の改革も進行している。複数のセルフラーニング、外部有識者を招いてのイベント開催、次世代リーダー研修など、社員が主体的に取り組み、自らの意志で選べるように、多彩なコンテンツを用意している。さらに、社内アカデミー「ORBIS LAB(オルビスラボ)」も定期的に開催している。これは個々のスキルや経験に基づいたテーマについて社員が自ら手を挙げて開催し、部署の垣根を超えて「気づき」を与え学び合うもので、個性の発揮や社員同士の新たな繋がりのきっかけになっている。「ORBIS LAB」を開催したい、と手を挙げる社員が増えているのは、内発的動機が着実に高まっているからだろう。岡田部長は次のようにいう。

「社員の能力アップは狙いの一つですが、多様な交流を通じて、社員の専門性や個性を共有することが大切であると考えます。より心理的安全性が確保され、組織がもっと活性化され、「オープンマインド」が醸成すると考えています。また、タレントレビューの分析を通じて、各部門やプロジェクトチームの潜在的な問題点に気がつけることができれば、的確な対応ができるかもしれません」

企業が掲げるMISSIONとVISIONは、社員の拠り所になる。日々の仕事で迷いが生じた時の判断基準になり、組織の一体感を生み出す礎となる。だが、MISSIONとVISIONは、トップが声高に叫ぶだけでは、絵に描いた餅で終わる。組織に、社員に浸透させるために幾重もの工夫を施し、それを継続することが求められる。その主役がHRなのだ。多くの企業にとってHRはあまり目立たないが、縁の下の力持ちであるのは間違いない。組織と人材の成長に情熱を持つ岡田部長が率いるオルビスのHRは、その中でも稀有な存在と言えるかもしれない。