オルビス「で」いいではなく、オルビス「が」いい

トップラインを引き上げられるか。ビューティーブランド、オルビスの課題は明白だ。2018年1月に社長に就いた小林琢磨氏は、リテールビジネス(総合通販)からブランドビジネスへと大きく事業モデルを変えた。だが、コロナ禍の影響があったとはいえ、21年12月期の売上高は18年比15.0%減、営業利益は同36.6%減である。営業利益は18年、19年が横ばいの約93億円。小林体制の戦略は利益率の高いスキンケアとECが基盤であるから、コロナ禍さえなければ同程度の水準を維持または増益に転じていたはず。同業他社と比較すると、これでも健闘しているとも言えるが、売上高漸減に終止符を打つのは課題として残っている。

ブランドの提供価値「SMART AGING®」を象徴するスキンケアブランド「オルビスユー」

ブランドの提供価値「SMART AGING®」を象徴するスキンケアブランド「オルビスユー」

実際、これが株式市場においてオルビスの評価を二分する事態を招いている。「ポーラ・オルビスグループが得意とするスキンケアとダイレクトマーケティングの相乗効果に期待」という投資家もいれば、「ECに追い風だった外出自粛、在宅勤務を生かしきれていない」というアナリストもいる。オルビスの創業は1987年で、22年は35周年の節目。5年目に入った小林体制は、記念すべき年に誰しもが成長への可能性を感じる成果を出せるだろうか。

その準備は整いつつある。企業にとってビジネスモデルの転換は、大きな賭けであり、想像以上に時間と労力を必要とする。それはオルビスも例外ではなかった。17年12月期までの事業モデルは、文字通りのリテールビジネスで、化粧品から日用品、ボディウェア、洗剤などまで、幅広い商材を取り揃え、ポイント還元などを含む安売りキャンペーンで数字を積み上げていた。しかも社内体制を見ると、通販事業と店舗事業が別々に動き、それぞれが独自キャンペーンを打っていた。目先の業績のことを考え、お得感が薄れると顧客が離反する悪循環に目を瞑らざるを得なかった。つまり、少なくともオルビスを愛する顧客をブランドとして充分に育成できていなかったということになる。

もちろん、人口増の市場環境であれば、価格志向の事業モデルでも成長曲線を描ける。だが、日本は超高齢社会である。人口減に伴う市場縮小は避けられず、オルビス「で」いいではなく、オルビス「が」いい、という顧客を生み出し、LTV(ライフタイムバリュー)が伸び続ける事業モデルへの転換は、積年の課題であった。とはいえ、過去の成功体験を否定することは容易ではない。過去のしがらみを断ち切る改革に挑んでいるのが、18年1月着任の小林社長だ。従来のリテールビジネスからブランドビジネスへの転換を宣言し、ブランド視点で顧客全体にリーダーシップを発揮する企業へのリブランディングを不退転の覚悟で進める、と22年になっても戦略はぶれていない。

DL数は425万件「ORBISアプリ」が生む競争力

小林体制では、まずブランドの提供価値を再定義し、一人ひとりが持つ美しさが多様に表現される「ここちよい社会」の実現を目指すコンセプト「SMART AGING®」を発信した。さらにブランドを象徴する商品を矢継ぎ早に投入。具体的には、18年にスキンケアブランド「オルビスユー」を、19年に日本初の肌の水分を逃し難くする機能を持つ特定保健用食品「ディフェンセラ」とシワ改善と美白を両立した美容液「リンクルホワイトエッセンス」を、そして20年にはクレンジング「オルビス オフクリーム」と「オルビスユー」シリーズの最高峰エイジングケアシリーズ「オルビスユードット」を発売したのである。

オルビスは、18年のリブランディグ以降、多彩な商品を投入し続けている

オルビスは、18年のリブランディグ以降、多彩な商品を投入し続けている

「SMART AGING®」の象徴は、商品だけではない。例えば、DXを「顧客価値創出のためのブランド体験の進化」という目的のための手段と位置づけ、コンセプトを「お客様ひとり一人『あなたなり』の正解をともに模索し導く」とした。その上で「アプリコアサービス事業戦略」を打ち出し、「ORBISアプリ」を軸にあらゆる価値をデジタルで結びつけ、AIを活用した診断サービス拡大によるパーソナライズされたブランド体験を実現。テクノロジーを活用したブランドの体験価値向上を推し進めている。

ORBISアプリの画面。ダウンロード数425万は競合他社を圧倒している

ORBISアプリの画面。ダウンロード数425万は競合他社を圧倒している

「ORBISアプリ」のDL数は425万件(22年4月末時点)と同業界でのアプリでは突出した数字を残している。コンテンツの利用者数も右肩上がりで、デジタル活用の体験価値の創出が進んでいる(表参照)。

「ORBISアプリ」コンテンツの利用状況(22年4月末現在)

また、アプリ会員限定のスキンケア・メイクアイテムを無料で自由に試せるパウダールームや正しいスキンケアやメイク方法が学べるワークショップも開催する開放的なフリースペースなどがある体験特化型施設「SKINCARE LOUNGE BY ORBIS」(東京・表参道)も、オルビスのリブランディングの要の存在になっている。

(左)ブランド価値を体現する「SKINCARE LOUNGE BY ORBIS」の外観。(中央)1階はOPEN LOUNGE。「ここちを美しく」が体験できる空間になっている。(右)2階はMEMBAR LOUNGE。ワークショップなども開催

(左)ブランド価値を体現する「SKINCARE LOUNGE BY ORBIS」の外観。(中央)1階はOPEN LOUNGE。「ここちを美しく」が体験できる空間になっている。(右)2階はMEMBAR LOUNGE。ワークショップなども開催

これだけの目に見える成果があっても、オルビスは立ち止まっていない。同社が言うOMOとは、オフラインとオンラインの結合ではないからだ。あらゆるものがデジタルで繋がっている状態を目指し、その状態だからこそ生み出せるブランド体験の提供に挑んでいる。だから、オルビスのDXは発展途上。22年にアプリを進化させた新しい形でのCRM稼働を控えており、一段の進化を示す考えだ。

また、DXは顧客接点の話ばかりではない。例えば、宅配運賃の高騰や人手不足などの深刻化により、物流クライシスが問題になっている。そこで「ラストワンマイルをサステナブルにする」をテーマに物流センターの自動化を実施。330台のAGVがそれぞれAI技術を活用した優れた制御システムから指示を受け、集荷&検査・梱包作業場所まで最適なルートで走行し循環する仕組みを作った。

オルビスは、物流倉庫に330台のAGVを導入。出荷能力1.3倍、消費電力40%減などの効果が出ている

出荷能力は1.3倍、人員は27%減、コストは18%減、消費電力は40%減という成果とともに、通販の満足度を左右するラストワンマイルの価値を高めている。EC機能の顧客満足を左右するフルフィルメントについても進化に余念がない。

部長の平均年齢は30代で「抜擢人事」は過去の言葉

もう一つ、組織風土の刷新に一定の目処がついたことも、オルビス再成長の基盤と言えるだろう。そのきっかけは、縦型から横型への抜本的な組織改革を行ったことである。以前は通販事業、店舗事業というようにチャネル別組織だった。それぞれの独立心が強く、別々の会社に見間違えるほど、組織間の連携は希薄だった。それが今はマーケティングの機能別組織に移行。22年からはCRM統括部となり、会議には多様な部門から多様な社員が出席し、多くのプロジェクトが組織一丸となって進むようになっている。

年齢に関係なく必要な人材をマネジメントに登用し、現在は部長の平均年齢が30代である。いまや「抜擢人事」も古い言葉として、オルビスでは適材適所、成果主義が根付き始めている。結果として、成長意欲の高い人材が集まるようになり、現場の思い切ったアイデアを汲み取るなど、横串の刺さった組織が機能している。

縦型から横型への刷新は、ゼロからの組織構築と言えるほど至難の業だ。その実現には、マネジメント層の目に見えない気配りが随所にある。例えば、オルビスでは機能別組織に移行することで、明らかに会議が増加。一見すると、ムダの温床になりがちだが、社員間、部署間の相互把握の場として活用することで、新しいアイデアが生まれる源泉になっている。会議の生産性を高めるために、マネジメント層の手腕が問われている。それに組織に横串が刺さるほど、責任に所在が曖昧になりがちで、意思決定が遅くなる。

だから、小林社長を含むマネジメント層は、社員とマンツーマンで対話する機会を意図的に作り出し、現場の状況を把握。横型組織が持つリスクを最小限に抑えている。また、オルビスでは機能別組織に移行するのに際し、コミュニケーションツールとして、コロナ過以前からいち早く導入したslackを有効活用。社員間、部署間の相互把握の場として活用することで、新しいアイデアが生まれる源泉になっているという。

確かに、オルビスのトップラインは上がっていない。だが、18年以降の改革を見ていくと、目先の数字に惑わされず、10年後、20年後を見据え、「ブランドビジネス×パーソナライズ」の事業モデルの礎を築いたと言えるのではないか。それを示し始めるのが、大型新商品や新CRM稼働など22年の35周年を機に始まる施策の数々だろう。新連載「オルビス成長回帰への一手」は、化粧品業界の重要な一角を担うオルビスの進化について深く分析する企画だ。顧客接点、サステナビリティ、商品、サプライチェーンマネジメント、新CRMなど、さまざまな切り口からオルビスの競争力を紐解いていく。