業界再編は起こるのか?
商品教育を除けば、メーカーやディーラーで提供される教育コンテンツというのは、もちろん教える側は理美容師だった。理美容師は、技術講習やセミナーに関わることで、業界内のステータスも上がり、教育コンテンツの販売でマネタイズもできた。メーカーやディーラーは、理美容師が持つ技術力や教育コンテンツをセミナーや講習といった形で販売し、それを自社の付加価値サービスとして、販促に活用してきた。これが著名理美容師とメーカー・ディーラーの間に存在するある種の蜜月な需給関係で、こうした教育コンテンツを仲介して取引関係を築いていくことが、理美容業界では一般的な商慣行になっている。
つまりセミナーや講習活動といった場所を用意するのと引き換えに、自社と取引してもらうという営業である。このあたりの事情は、プロフェッショナル特有の不可視的な商慣行なので、パブリックでビジネスを行うメーカーにはわかりにくいかも知れない
デジタル化で、業界勢力図がどう変わるか、ということでECの動向ばかりが注目されているが、プロフェッショナル業界では、EEつまり教育コンテンツのデジタル化こそ物の流通以上に衝撃が大きい。ECの脅威ということで言うと、「アマゾンだったら、注文してから何時間で着く」とか「あのメーカーの商品が安く買える」という類の話は、実は些細なことで、教育コンテンツというグリップを握られるほうがインパクトは大きい。EC企業がEEのコンテンツを持つことで、教育コンテンツを売りにする著名理美容室との顧客接点ができるからだ。
通常、メーカーやディーラーが、自社のセミナーや講習に起用する講師は、自社と取引しているサロンに所属する理美容師ということが前提となっている。EEがEC企業と提携するということは、遠からずそのEEのプラットフォームでコンテンツを販売するための条件として、EC企業との契約が前提となるに違いない。
今回、「HAIRCAMP」と業務提携したことで、ビューティガレージは間違いなくビジネスポテンシャルを広げたと言える。「HAIRCAMP」にコンテンツを提供しているのは、今まで接点がなかった大手の有力サロンであり、今後、ビューティガレージは「HAIRCAMP」を経由して、こうした有力サロンと何らかの接点を持つことができる。
サードインパクトは来るか?
こうしたEEビジネスは、俗にオンラインサロンなどと呼ばれ、「HAIRCAMP」以外にも幾つかのプラットフォームがある。大手がやっているとろだとDMMのオンラインサロンは、チャンネル数も登録者数も多い。当初は、IT系の企業が、こうしたサイトを運営するケースが多かったが、最近では、元理美容師が、玄人受けするコンテンツを提供するサイトやVRのテクノロジーを駆使して、技術プロセスの再現性を高めたコンテンツを売りにするサービスも出てきている。
最後に、こうしたEEオンラインサービスが今後、プロフェッショナルのビジネスへ与える影響“サードインパクト”への見通しを述べておきたい。
まず、理美容サロンの教育への取り組みがかなり変わってくることが予想される。提供する側からすると、オフラインで実施する教育サービスに比べ、はるかに多くの視聴者を獲得できるというメリットがある。例えばセミナーなどは、従来、案内できる対象が、主催やスポンサード企業と取引のある顧客に限られていたが、オンラインの課金販売であれば、そういった制約からは自由だ。「HAIRCAMP」などは、昨年6月、中国でオンライン教育サービスを運営する「三色灯网络科技(上海)有限公司」と業務提携。オンライン配信は、国境といった制約も楽々と超えてしまう。
利用者側の変化を見ると、インパクトとしてはこちらのほうが大きい可能性もあるが、理美容室の雇用関係を大きく変えていく可能性がある。
理美容業界の平均年収が低いという話は、ここで指摘するまでもないが、これは、雇用慣習によるところが大きい。簡単に説明すると、理美容の専門学校が、国家試験の予備校のようになっていて、入店後の実際の現場で生かせる教育がほとんど与えられていない。その分、一人前になるまでの技術教育・人材育成はそれぞれの店舗任せになっており、店舗は、人を雇って人材教育を施す代わりに、安い賃金で人を雇うということが常態化していた。こうしたことが理美容プロフェッショナル業界の雇用慣行として長く続いてきた。
ところが、EEビジネスで教育コンテンツを購入できる環境になれば、必ずしもサロンに入店して徒弟関係のような見習い期間を経なくても、オンライン経由で先端トレンドや技術情報を入手でき、独立できるという環境になってきている。現在、業務委託やシェアサロンといったビジネス形態が広がっている背景は、実はこうしたデジタル革命が大きく影響している。
オンラインビジネスの余波で市場が激変するのは、実はこれからが本番なのである。
美容アナリスト 桐谷玲