杉原寛さんが代表を務めるデザインスタジオ「Azone+Associates」(アゾーンアンドアソシエイツ)は、ビジュアル表現から空間デザインまで幅広いジャンルを手掛けている。その中でもアートを導入したブランド戦略に力を入れており、具体的には「+Graphysm」(プラスグラフィズム)という商業施設やオフィスなどの空間計画にアートを取り入れてブランド化するプロジェクトがある。南青山をベースに「void+」(ヴォイドプラス)という現代アートのギャラリーも15年以上続けている。さらに20年は、ギャラリー隣接空間「void+stock」にて作品を常設展示販売する次世代型アートショップをオープンし、新しいアートビジネスの仕組みづくりがスタートした。

「+Graphysm」や「void+」での実験的なプロジェクト、そして新たな挑戦である「void+stock」について話を聞いた。


ゲスト 杉原寛(デザインスタジオ「Azone+Associates」代表|写真右)
ファシリテーター 菊池麻衣子(「パトロンプロジェクト」主宰|写真左)

菊池麻衣子(以下、菊池)杉原さんが、アートの力に注目し始めたきっかけを教えてください。

杉原寛(以下、杉原)1995年から2000年にかけて、東京・青山を主な舞台として開催された、地域型のアートプロジェクトに参加したことが発想の原点です。ミヅマ・アート・ギャラリーの三潴末雄さんらが中心になって始まった「モルフェ」という現代アートのイベントなのですが、私たちはその立ち上げのグラフィックデザインからイベント全体の運営などに関わりました。ちょうど、デザイン事務所として独立して3年ほど経ったころでした。100人以上のアーティストが参加していましたが、その中には会田誠さんや、O JUNさんがいて、とても刺激的でした。出品された数々の現代アート作品の中には「分からない。何これ?」といったものも多くあり、普段は体験できない感覚が得られました。アーティストたちとの仕事も刺激的で、ギャラリストやキュレーターとの貴重な人脈も、この時に築くことができました。

菊池 それからデザインビジネスにアートの要素も加えるようになったのですか。

杉原 はい。それも、イラストや写真といった割とデザインに近いジャンルではなく、デザインから一番遠いところにある現代アートを根っこに据えて膨らみを持たせると良いと考えました。なぜなら機能性を重視するデザインとは異なり、作家の考え方が作品化されたアートは、デザインとは違う役割を担っていると考えたからです。単純に広告媒体のビジュアル制作や販促物に応用するというだけではなく、空間戦略としてアートとビジネスのコラボレーションを積極的に実現したいと思うようになりました。

菊池 その流れで「void+」というギャラリーをオープンしたのですか。

杉原 そうですね。04年にオフィスの一部をこの築40年以上のビルに移転する際、1階の管理人室が使われていなく空いていたので、ひとまず借りました。その空間の使い方をあれこれ考えていくうちに、茶室のようにミニマルな、わずか7平方メートルのホワイトキューブができたのです。ここを05年にギャラリーとしてオープンしました。

菊池 それ以来、年4〜5回の企画展を開催してきたのですね。天井だけに抽象画が描かれていたり、床から天井に立てかけるように大きな彫刻が一つだけ展示してあったりと、かなり前衛的です。

杉原 ミニマルな空間に無限のアイデアが広がるアートの実験場のようになりました。コマーシャルギャラリーのように作家との専属契約は結ばずニュートラルなスペースを目指していたので、ギャラリーの垣根を越えて、たくさんのアーティストに参加していただくことができました。そこで、そのクリエイションをさらに発展させ、18年に私たちの培ってきたデザインビジネスを結びつけた「+Graphysm」というプロジェクトを立ち上げ、企業向けにアートの戦略的活用を提案することにしました。

菊池 その第1弾が「+Graphysm展『空間におけるアートの存在と、その連動』」ですね。宮嶋葉一さん、袴田京太朗さん、内海聖史さんといったアーティストの作品をそれぞれ違う業態を想定して設置し、企業理念やコンセプトを体感できる空間に発信力を感じます。そのアートがデザイン化されて名刺、ステーショナリー、カップ、商品パッケージに展開されることで、企業のブランド力の高まりと広がりが生まれることが分かります。この試みが、アートと企業をつなぐことになったのですね。

宮嶋葉一「J.S.Bach」2015
1620×1303mm―アクリル、カンヴァス
2018〈+Graphysm〉展

宮嶋葉一作品からのグラフィックによる展開サンプル

袴田京太朗「布袋ー複製」2012 3点組
760×260×820、 820×260×200、810×260×200mm
アクリル板 置物(鉄鋳物)
2018〈+Graphysm〉展

袴田京太朗作品のグラフィックによる展開サンプル

内海聖史「色彩の下」2018
2560×2400×45mm―油彩、水彩、カンヴァス
2018〈+Graphysm〉展

内海聖史作品のグラフィックによる展開サンプル

杉原 以前よりお付き合いのあった新宿プリンスホテルさんに提案させていただきました。

菊池 具体的な提案をする際に心掛けられたことはありますか。

杉原 企業側に負担をかけないことです。例えば、作品を購入しなければならないとなると、担当の方が予算取りのことや、資産価値のこと、どこに保管するかなどいろいろと頭を悩ませてハードルが高くなってしまいます。ですので、今回のプロジェクトでは、①作品をレンタルにする②販促物を作る③展示ブースを作る―という方法でアートをビジネスに組み込んでいます。オフィスやビジネス空間にアートを飾るという用途だけですと、総務部の備品くらいの予算しかとれませんが、販促に活用できるとか、社員研修やリクルーティングの役割を果たすなど、さまざまなシーンでアートが役立つことを伝えることができれば、営業部門や人事部門など、資金のリソースが増えるからです。

菊池 企業の組織的な事情を十分考慮した上で提案されるのですね。

杉原 新宿プリンスホテルさんでは、4名の作家の作品展示を6カ月ごとに入れ替え、計2年にわたり展示するという企画が通りました。「アートのある『間』」と題して、「床の間」から着想し、掛け軸や生け花の代わりに「現代アート」でお客さまをお迎えするというコンセプトです。現在第三弾を開催中で、来年まで続きます。

菊池 1年以上実施して、どのような手ごたえがありましたか。

杉原 やはり派手な作品はウケます。例えば、第1弾の作家・佐藤好彦さんの12連ネックのギターの作品を「床の間」の屛風としてしつらえたのですが、真っ赤なメタリックのボディーとそのユニークな形状は大変強いインパクトを放ちました。しかし、第2弾の保井智貴さんの静謐で存在感のある作品は観る人に深い印象を与えたと思います。そして、それらの作品の前に立ち止まって写真を撮影するお客さまが増えたことで、スタッフの皆さんも、通常のディスプレイとは違うという感触を持ってくださいました。それがSNSで数多く拡散されました。

佐藤好彦「Present Arms / Arc Type」2001
木、ウレタン塗料、エレクトリックギターパーツなど
2019 新宿プリンスホテル〈アートのある「間」。〉展

佐藤好彦作品のグラフィックによる展開

保井智貴 2020「縦と横」〈アートのある「間」。〉展

菊池 クリスマスツリーなどのように分かりやすいディスプレイとは違い、本物のアートに人々がより能動的に反応することが明らかになったのですね。

杉原 そうですね。デザイン的なディスプレイというのは、一見して分かりやすいので「キレイ」「面白い」などの受動的な反応で終わってしまいます。一方、アートは自分の中に落とし込まれてくるのに時間がかかるので能動的になるのです。すると、写真を撮るだけでなく、スタッフの方に聞いてみるなどコミュニケーションも増えます。スタッフの方も、実用的な用事以外でお客さまに話しかけるきっかけになるなど、新しいホスピタリティにつながったようです。

菊池 スタッフの方のアートへの関心も高まりそうですね。

杉原 今、美術館での社員研修などが増えているようですが、職場に本物のアート作品があり、社内外の人々と一緒にそのアートに日々関わることで自然に美意識を高めるような研修になっているのかもしれません。また、このプロジェクトでは、単にアートを飾るだけでなく、お客さまに差し上げるトートバックや缶バッチ、DM、レストランのコースメニューなどにも展開していますので、ホテルのブランディングに生かされていることを実感いただけていると思います。

菊池 このように企業空間にアートを取り入れてブランド化するという「+Graphysm」の試みが軌道に乗る中で、いわばそのショールームのような拠点を青山のギャラリーに隣接させて開設したのが「void+stock」ですね。

void+stock内

杉原 そうです。「void+」ギャラリーで今まで展覧会やイベントに参加いただいたアーティストの作品を常設展示して販売するアートショップでもあります。床・壁・天井の内装を剝ぎ取り、新たなデザイン的要素を加えず、あえてノイズのある空間にビンテージの椅子やテーブル、そしてアートやデザインの書籍・多肉植物などとともに、現代アートを半年から1年ごとに入れ替えて展示します。

菊池 アートだけが映えるように見せるいわゆる「ホワイトキューブ」とは真逆で、私たちのオフィスや家にあるさまざまな物と現代アートがしっくりと同居していて心地よいです。例えば、東恩納裕一さんによる「蛍光灯+LEDによる大型シャンデリア」作品は、これ単体で見たらどうやって家に飾るか見当もつかないと思うのですが、こちらのインテリア空間にはおしゃれにマッチしていて、リビングにあったらステキだろうなと思わせてくれます。パンチングメタルに中国画が描いてある本間純さんの作品も単体ではエキセントリックですが、このようにソファーの背景として飾られていると、クールな空間を演出できるのですね。

杉原 実は、コロナ自粛の影響でオンライン会議なども増えた今、このように背景をアートで飾って演出する需要が高まっていると感じています。

菊池 確かに、あまりホームパーティーを開く習慣のない日本では、家にアートを飾っても特に見せる機会がなかったと思いますが、くしくも「ステイホーム」で逆に家の中やオフィスの内装の演出も重要になってきたのかもしれませんね。オンラインでの開催を余儀なくされたオークションやアートフェアのオンラインでの売り上げが前年比を大きく上回ったという話も聞きます。

杉原 他者の視野が衣服やメイクなどのファッションから自宅の空間へ広がってきたことで、自己投資の対象をアートに、という流れが出てきているかもしれませんね。

菊池 秋には、オンラインショップも立ち上げる予定とのことですね。その上で、リアルの場でアート空間をしっかり体験できるここ「void+stock」が作り出す新しいクリエーションの展開を楽しみにしています。

写真©️Masatoshi MORI

[プロフィール]

杉原寛(すぎはら ひろし)1980年、(株)やまもと寛斎に入社。店舗開発/空間プロデュースを担当。1992年、(株)アゾーンアンドアソシエイツ設立。空間やグラフィック全般の企画ディレクション、プロデュース業務を行う。1995年、青山界隈で行われたアートイベント「モルフェ」の立ち上げに参加。全体のビジュアルディレクション、事務局を務める(2000年まで)。2005年、「void+」開設。現代アートの展覧会を中心に建築や音楽、パフォーミングアーツなどのイベントを主催。2018年、アートを企業や商業施設の戦略的コンテンツとして位置付け、デザインやイベントに展開するプロジェクト「+Graphysm」を始める。2020年、「void+stock」開設。http://azone.co.jp

[information]「void+」今後の展覧会予定―2020年10月:森本太郎展、11月:棚田康司展、12月:東恩納裕一展 https://www.voidplus.jp/

菊池麻衣子(きくち まいこ)東京都生まれ。東京大学文学部卒業。英国ウォーリック大学にてアートマネジメントの修士号取得。化粧品会社の広報室を経て2014年に「パトロンプロジェクト」を設立。同プロジェクトは、参加者が美術家と親しく交流しつつ応援しながらアートを楽しむ会。美術館貸切イベント、アートフェアツアー、アトリエ訪問などを実施。美術出版社のアートニュースサイト、男子專科WEB版などの記事を執筆。『月刊美術』に「菊池麻衣子の東京ワンデイアートトリップ」連載中。中小企業庁ミラサポ登録PRプランナー。https://patronproject.jimdofree.com/

月刊『国際商業』2020年10月号掲載

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