SK-Ⅱの挑戦に終わりはない。それを強く印象づけたのは、中国・上海の人気SC「K11」で開催中(2018年9月3日から10月7日まで)のポップアップストア「SK-Ⅱ FUTURE X SMART STORE」である(写真1)。これは同年5月3日から6月28日まで東京・原宿で行ったイベントの中国版で、注目を集めた新コンテンツは京東集団(JD)と連携してつくったOMO(Online Merges with Offline)を取り入れた「リテールカウンター」。一言でいえば、オンラインとオフラインを融合した売り場で、中国の消費者はもちろん、中国の小売店やEC代理店など業界関係者も「さすがSK-Ⅱ」と驚きを隠さなかった。サンディープ・セス CEO SK-Ⅱ Worldwideは次のように説明する。

(写真1)中国・上海のSC「K11」はSK-Ⅱで覆われていた

「消費者の購買行動の変化は、どこの市場でも激しい。オンライン、オフラインを問わず、選んでもらえるブランドになることは、メーカーにとっても、小売にとっても試行錯誤の連続だ。でも、お客様は、物を購入する意欲を失ったわけじゃない。メーカーや小売が消費者の変化を理解し、それに追い付けば、必ず選んでくれると思う。つまり、成長にはチェンジが必要。それを様々な形で示し、影響をもたらしたい」

体験を通じて成分を理解させる上海独自のコンテンツ

上海のポップアップストアは、九つのコンテンツで構成されている。老若男女を問わず、誰でも自由に無料で入場できるが、SK-Ⅱの主力顧客層は20~30代。ポップアップストアの来場者も若い女性が中心である。

来場者は、まず受付で顔認証などのデータ管理に使用するICタグを埋め込んだブレスレット(写真2)を手首に巻く。そしてSK-Ⅱ WeChat linkをフォローすると、ボーディングパス(写真3)が送られてくる。準備はこれだけだが、WeChatとJDの両方を使用している人は、もうワンステップある。ボーディングパスに記載されているバーコードをスキャンすると、ブレスレットとWeChat IDが紐付き、ポップアップストアのコンテンツが十二分に楽しめるようになる。

(写真2)受付でブレスレットを巻く

(写真2)ICタグを埋め込んだブレスレットがコンテンツの魅力を引き出す

(写真3)ボーディングパスは、WeChatとJDのIDを紐付けるための仕組み

最初のコンテンツは、天井から床まで、一面鏡張りの空間(写真4)。近未来をイメージさせる音が流れ、幻想的なライティングも施されている。SF映画の世界に身を置いたような錯覚を覚える異空間だ。ポップアップストアのコンセプトは「未来のスキンケア体験」。鏡張り空間の狙いは、新たな世界に踏み入れるために、マインドをリセットさせること。SNSに写真を投稿するのを好む中国人の心をつかむ仕掛けでもある。

(写真4)鏡張りの部屋に圧倒され、イベントへの集中力が高まる

二つ目のコンテンツは、東京でも体験できた「アートウォール」。正面に立つと、表情の変化に合わせてグラフィックの色や形が自由自在に変化する(写真5)。実は、グラフィックは、東京と上海で微妙に変えている。例えば、笑顔のときの色は、東京ではピンクが濃かったが、上海では中国人が好む赤や黄色を強くしている。これは中国のSK-Ⅱチームの意見を参考にしているという。

(写真5)アートウォールは、中国人の好みに合わせた色の変化を追求

(写真5)正面に立った人の表情を読み取り、ディスプレイの色や形が変化する仕組み

(写真5)笑顔の時は、赤や黄色が強くなる

次のコンテンツも東京でも人気だった「スキンステーション」(写真6)。SK-Ⅱの肌分析マシン「マジックリング」の進化版で、ブース内の鏡の前に座って、ブレスレットをタップするだけで、肌状態が測定できる。ブレスレットをタップした時の音と光はランダムで、一人一人異なるという。

(写真6)スキンステーションは、約1分間、座るだけで肌状態が測定できる

肌測定の時間は、年齢などの選択を終えてから、わずか1分弱。東京のイベントのときよりも、格段に速くなっている。中国人の時短ニーズはとても強い。ポップアップストアは、中国人のニーズが満たせるように、細かい点まで磨きがかけられている。

(写真6)左側のセンサーにブレスレットをタップすると、肌測定が始まる。

四つ目は、上海オリジナルコンテンツ「ピテララボ」で、SK-Ⅱの主力成分「ピテラ」を表現した空間だ(写真7)。床に描かれた円の中に立つと、ピテラの特徴を解説する文章が表示される。同時に中央の巨大な柱に向かって、光の帯が流れる。ピテラの中心部にエネルギーを注入するようなイメージで、天井の光のアートも変化し続ける。

(写真7)ピテララボは、主力成分「ピテラ」を表現した空間

(写真7)床に描かれた円の中に立つと、成分の情報が表示される

ピテラの特徴を口頭で説明されたり、冊子で読んでも、一度で理解するのは難しい。SK-Ⅱにとってピテラは唯一無二のキー成分で、その進化にも終わりがない。この神秘的なストーリーを五感を通じて体験してもらうことで、ピテラの力への期待値を高めるのが、「ピテララボ」の狙いだ。

「東京のポップアップストアでは、来場者にゴーグルをつけていただき、VR技術で表現したピテラの世界観を体験していただいたが、今回は空間全体で楽しみながら理解を深めてもらうことができた。このチャレンジには、とても満足しています」(サンディープ・セスCEO SK-Ⅱ Worldwide)

(写真7)天井の色も変化。全体が見渡せる場所が撮影の人気スポットだった

SK-Ⅱらしい進化を遂げた東京のコンテンツ

五つ目のコンテンツは、スキンスキャンの結果を見る「リゾルトウォール」である(写真8)。分析結果は、キメ、ハリ、シワ、シミ、ツヤの五つ。東京では五つのディスプレイを用意し、それぞれの前に立つと、顔認証で一人一人を認識。各項目の分析結果を個別に表示していたが、上海では一つのディスプレイにまとめた。一度の動作で全てを把握できるようにすることで、体験の鮮度を保つ工夫である。さらに画面をタップするだけで肌分析結果をWeChatに送信することが可能。モーメンツなどでシェアし、発信することもできる。

(写真8)肌分析の結果が表示されるリゾルトウォール

(写真8)肌分析結果は詳細に見れる

(写真8)肌分析の結果はWeChatに送信できる

(写真8)SNS好きの中国女性は、何度も撮影していた

第6のコンテンツは「ビューティバー」が進化したもの(写真9)。東京では、席に座ると、顔認証で個人を特定し、肌分析結果を自動表示。目の前に並ぶ製品をもち上げると、詳細な情報が読める仕組みだった。今回は、ブレスレットを端末にかざすだけで、分析結果を提示。製品をもち上げると、情報が手に入るのは同じだが、目の前にビューティカウンセラーが常駐しているので、よりきめ細かい説明を容易に受けられる。顧客の肌と直に向き合えるオフラインの価値にこだわるSK-Ⅱらしいコンテンツに進化している。

(写真9)ビューティバーには、ビューティカウンセラーが常駐

(写真9)商品を持ち上げると、その情報が表示される

七つ目のコンテンツは、ピテラが導く肌の質感を体験できる「ピテラ チューン」(写真10)。センサー内蔵のマウスで、タブレット端末に表示された肌をなぞる。そうすると、マウスが振動し、すべすべ肌、凸凹肌などの質感の違いが伝わってくる。スキンケアの価値を最も実感するのは、肌を触ったとき。その体験価値をテクノロジーで直感的に伝える試みだ。

(写真10)ピテラ チューンは、マウスを通じて肌の状態を感じることができる

(写真10)画面をなぞるだけで、手に振動が伝わってくる

京東と組んで実現したOMOの「リテールテーブル」

そして八つ目が今回の注目コンテンツ、OMOを用いた「リテールテーブル」だ(写真11)。まず、正面に立って、ブレスレットでセンサーをタップ。テーブル上に、一人一人のWeChatネームとスキンスキャンのデータが現れる。商品を指差すと、天井のハンドモーションセンサーが反応。選択した商品について、JD販売ページに掲載されている情報が表示される。商品の特徴や価格、レビューなどが一目瞭然。文字通り、オンラインの体験をオフラインで味わえるOMOである。

(写真11)リテールテーブルは、オンラインとオフラインを融合する試み

(写真11)指で商品を指すと、テービル全体に詳細な情報が表示される

さらにWeChatとJDを紐付けた来場者には、新しい購買体験が続く。続いて、再びブラスレットでセンサーをタップすると、その製品がJDのショッピングカートに入るとともに、WeChatに通知が届く。あとは、JDアカウントで決済するだけで、自宅に商品が届く。支払いが済んでいなければ、WeChatを通じてリマインドの文章が届ける仕組みだ(写真12)。

(写真12)左下のセンサーにブレスレットをタップすると、JDのショッピングカートに商品が入る

(写真12)選択した商品がJDのショッピングカートに入るシーン

(写真12)JDのショッピングカート

荒尾麻由 SK-ll グローバル フューチャーエクスペリエンスディレクターは「ECが生活に浸透している中国で、ポップアップストアをやるからには、OMOは絶対に外せません。消費者はもちろん、小売店の皆さんにも店頭での可能性を示したくて、OMOの可能性をどのように体験型にアレンジするかを考え抜きました」と話す。実際、ポップアップストアには、中国だけでなく、日本やASEAN各国から小売業関係者が来場。SK-Ⅱの狙い通り、OMOのリテールカウンターに釘付けだった。

最後のコンテンツは、東京でも紹介した「スマートボトル」(写真13)。試作段階とはいえ、IoTを使ったSK-Ⅱの化粧品ボトルで、例えば、キャップの開閉に反応することで、スキンケアを行ったか、行ってないかを判断。肌のお手入れを忘れている人には、スマホなどにメッセージを送って気付かせる。正しいお手入れ方法、順番、量で製品を体験することで、ピテラが肌に与える力を感じてもらいやすくなり、その結果としてSK-Ⅱへの満足度が向上。ブランドと顧客の結びつきが強くなるわけだ。

(写真13)最後に、IoTを使った次世代ボトルを紹介

(写真13)青や赤など、様々な色に変化する

SK-Ⅱは中国EC業界にもインパクトを与えた

ポップアップストアの来場者数は、日曜日の9月16日だけで約1000人。中国消費者の反応は上々といえるが、中国の化粧品業界関係者、特にEC関連企業を驚かせたのは、それだけではない。プレステージ化粧品ブランドを手掛けるEC代理商の幹部は「JDと組んだことが、中国においてSK-Ⅱの競争力が高いことを証明している」と話す。

中国ECでの化粧品販売は、TMALLが圧倒的なシェアをもつ。ほとんどのプレステージ化粧品ブランドは、TMALLがもつ膨大なトラフィックを軸にビジネスモデルを構築している。つまり、TMALLの最大のライバルであるJDと組むことに躊躇せざるを得ないわけだが、SK-Ⅱは違うと、前述とは異なるEC代理商の幹部が説明する。

「中国でSK-Ⅱは多くのファンを獲得しており、weiboのフォロワー数だけでも84万人。SK-Ⅱは、TMALLのトラフィックに頼るのではなく、むしろ、TMALLにトラフィックを提供できている。つまり、相互が対等な関係を築き、健全なビジネスができているわけだ。その結果、SK-Ⅱは、JDを含めて色々なプラットフォームと連携できるから、ターゲット層との出会いの場が多くなり、さらにブランド全体の競争力が高まっていく。他のプレステージ化粧品ブランドには、なかなか真似できない好循環が回っている」

SK-Ⅱチームのチャレンジ精神は旺盛だ。中国・上海で開催中のポップアップストアも、チャレンジを形にする学の場である。上海での成果と今後の方向性について、サンディープ・セス CEO SK-Ⅱ Worldwideと、日本の責任者であるヨージン・チャン SK-II 執行役員に話を聞いた(写真14)。

(写真14)左からサンディープ・セス CEO SK-Ⅱ Worldwide、ヨージン・チャン SK-II 執行役員、荒尾麻由 SK-ll グローバル フューチャーエクスペリエンスディレクター

大きな魚ではなく、速い魚が生き残る

--上海のポップアップストアについて、どのように評価していますか。

サンディープ・セス 技術と体験それぞれに満足していることがあります。東京では顔認証、AI(人工知能)と、カウンセリングツール「マジックリング」を組み合わせた。今回の上海は、モーションセンサーを使ったリテールテーブルで、ECとの協働を実現した。リアルな体験価値とデジタルの体験価値をくっつけたアップグレードを消費者が楽しんでいることに満足しています。一方、体験の部分では、東京での学びが活かされている。中国の消費者のインサイトを取り入れて、ピテラの世界観を表現したり、スキンステーションやリゾルトウォールの時間が大幅に短縮されている。こういった工夫の積み重ねが、消費者や小売店の関係者に受け入れられていることが嬉しいですね。

--リテールテーブルからは、SK-Ⅱの旺盛なチャレンジ精神を感じました。

サンディープ・セス 中国で成長著しいECをどのように組み込むか。東京からの進化を考えたとき、それが我々の大きなチャレンジでしたから、今回のリテールテーブルには大満足です。このチャレンジが形となって、すべてでないにしても、様々な業態に合わせて汎用化できると思っています。

--上海開催は、東京を終えてから、わずか3カ月後。消費者の変化に対応するには、このスピードが必要なんでしょうか。

サンディープ・セス 東京は17年11月に構想を練り始めて、5月にオープン。上海は5月中旬にプロジェクトがスタートして、9月にオープン。明らかに、企画から実行までのスピードは磨きがかかっています。私の座右の銘は「大きな魚が小さな魚を食べるのではなく、速い魚が遅い魚を食べる」。これを肝に命じていますから、SK-Ⅱチームのスピード感には満足しています。フレキシブルに働くことで、化粧品業界初の仕掛けを試すことができています。

その一方で、スピード感には二つの見方があります。一つは、どんな体験価値も、いつかは消費者に飽きられる。だから、飽きられないように、新しいことにチャレンジを続けなければいけない。しかも、目新しいことをやればいいのではなく、意味のある価値を体験として提供することが大事なんです。もう一つは、新しい試みを汎用化して、より多くの消費者が体験できるようにすること。この二つのスピード感を追い続けないといけませんね。

--ポップアップストアのノウハウを店頭に展開するスピードには満足していない、と。

サンディープ・セス それはイエスでもあり、ノーでもある。我々のチームとして、最速で店頭に導入する取り組みは行っており、そのスピード感には満足している。我々と同じスピード感で対応してくれる小売店も出てきています。また、東京での開催以降、小売店の意識が変わったと感じています。とはいえ、小売店が置かれている事情は千差万別なので、我々の戦略を押し付けるわけにはいかない。パートナーシップを組んで、環境に応じて、一緒に店頭での体験価値を磨いていくことが大事だと考えています。そもそもポップアップストアと小売店ではミッションが違うんですよ。

--どういうことですか。

サンディープ・セス ポップアップストアは、SK-Ⅱのラーニングラボという位置付け。自由に試したいことにチャレンジできる場所で、成功することもあれば、失敗することもある。それで良いと思っています。一方、小売店に導入するときは、絶対に失敗が許されない。店舗ごとにスペースの大きさ、形が違うからポップアップストアとは異なる工夫が求められる。我々のポリシー上、具体的なチャネル戦略は言及できないけど、あらゆるチャネルで新しい体験を提供できる可能性があると思っています。

ヨージン・チャン 日本におけるポップアップストアが果たす役割は、最新のテクノロジーも活用しながら、スキンケアを体験型に変えられることを小売業のパートナーに示せること。実際、SK-Ⅱのポップアップストアを見ていただいた結果、こんなことをやれないか、とパートナー企業からの提案が増えています。商談で話す内容も様変わりしたんですよ。マツモトキヨシさんの原宿駅表参道口店にデジタルパネルを使ったセルフ販売機器を導入しているように、近い将来、あらゆる業態のパートナーとも新しいテクノロジーを使った取り組みが披露できると思います。

--今後、SK-Ⅱの挑戦は、どのように続くのでしょうか。

サンディープ・セス もう6~7年前の話になりますが、私の前任者が、世界中でいつでもどこでもSK-Ⅱを買えるようにしたいよね、と話していたことを鮮明に覚えています。当時はECも発展しておらず、夢物語でしたが、いまのテクノロジーを使えば実現できるかもしれない。消費者のライフスタイルに即して、選ばれるようなショッピング体験をつくることが私の夢です。すでにSK-Ⅱチームは次のポップアップストア開催に向けて知恵を絞っていますから、ぜひ期待してください。

ヨージン・チャン 直近では、クリスマスシーズンに向けて、グローバルキャンペーンを行います。特に、日本のお客様は季節への意識が強いですよね。クリスマスならではの楽しい雰囲気、マジックのような体験をテクノロジーを使って、世界に先駆けてまず日本で実現していきたい。ポップアップストアで提供した体験をカウンターに来てくださるお客様にも楽しんでもらえる仕掛けをつくっていきたいです。ぜひ店頭での体験にも期待してください。