博報堂生活綜研(上海)総経理/主席研究員
鐘 鳴(しょう・めい)


 

ここ数年の中国において、〝網紅(ワンホン)〟という言葉を良く聞くようになってきている。中国語の網紅という言葉は本来、ソーシャルネット上で人気が集まり、話題やブームになっていることを意味するが、今ではモノやコト、ヒトも含むかなり広いイメージとして捉らえられている印象が強い。最近の傾向から見て、網紅という枕詞が付いていれば情報の拡散効果があると思われており、商品やサービスの情報が瞬く間に広がり多くの人に知られるような状況もあると感じる。

網紅商品や網紅百貨店、網紅面包(パン)に網紅奶茶(ミルクティー)、そして網紅健身教練(ジムトレーナー)まで、日常生活に関わるあらゆる消費場面において、網紅という言葉が浸透し、生活者の消費行動に影響を与えている。博報堂生活綜研(上海)の自主調査によると、網紅を知っていると回答した人たちの中で、網紅たちの意見を参考に商品・サービスを購入、利用したこともある人の割合は約3割強に達しているという結果があった。しかも、20代の若者だけではなく、中年の40代や50代にも浸透していることが分かった。

さらに、情報拡散に留まらず、商品・サービスの販売に積極的に関与している網紅も多くいるため、今の中国では網紅たち個人の発信力を借りて宣伝・販促活動を展開している企業が増えている。このような、企業と網紅の相互作用によってもたらされている経済効果のことを「網紅経済」と呼んでいる。

※調査概要 調査都市—北京・上海・広州対象者—20歳〜59歳の男女
サンプル数—全体1440人調査時期—2017年

 

網紅経済を促す中国の社会背景の一つとして、個人による起業/副業が急速に伸びていることが関係していると考えられる。中国政府(国務院)の発表によれば、2017年の新規企業登録数(スタートアップ企業)は607万社に及んだという。1日に平均1万6600社、5.2秒に1社が起業している計算となり、2年前と比べて4割増である。このような個人起業/副業の増加には、ソーシャルネットやスマートフォン、電子決済などの普及や、各種サービスプラットフォームの拡がりによって、生活者が誰でもSNSやプラットフォームを通して気軽にモノやサービスを提供できるようになってきていることも関係している。中国生活者の旺盛な消費欲求の増大と、ソーシャルネット上でつながっている人脈ネットワークを利用した商品やサービスの販売など、人間関係を重視する「朋友圏」(モーメンツ)の役割の拡大が、網紅経済を後押ししていると理解できる。

昨年末、ある20代の女性の家庭訪問調査の際に、彼女のスマホに入っているソーシャルアプリ(Weibo、WeChat)の網紅フォロー状況を見させてもらったことがあった。彼女の場合はジャンル別にフォローしている網紅がおり、化粧品関連の人もいれば、外食・グルメ、ダイエット、旅行、ファッションなどの人もいて、自分の生活内容をほぼすべてカバーしていた。彼女にとって網紅が発信している情報の方が大手メディアよりリアリティがあって、実用性の高い情報と感じられるようだ。彼女の解釈として、網紅の影響力は、情報発信力や口コミ効果だけではなく、生活者の視点によるブランド選択、商品選び、使用体験共有など、生活者にとってより参考になる情報を得られることがキーポイントだそうだ。彼女の場合は、ブランドを検討する時から実際購入する時まで、いつもフォローしている網紅の情報を確認しており、SNSを通じて対話することもある。

Weiboの著名ブロガー認定も受けている吃奶酪さんは、美容やファッション、グルメなどのライフスタイル情報を、ほぼ毎日のようにWeiboやWeChatモーメンツ上で発信している。周りからもライフスタイルの達人と見られ、様々な企業や媒体社からも仕事依頼が来ているため、自分の好きなことでもあり、楽しく続けられている。彼女にとって、お洒落なライフスタイルの紹介は自分の趣味でもあると同時に、収入を得られる職業にもなっていると言える。

一方、経済的な効果を生み出すことが可能で、優れた才能を持っている網紅には決して誰でもなれるわけではなく、努力も必要である。アニメ・漫画・コスプレなどのサブカルチャー情報を発信し、網紅ライブ配信者を目指している若者もいれば、写真撮影のスキルを高めて、網紅カメラマンを目指している中高年の人もおり、オフロード自動車の専門知識に詳しいSUV愛好家もいれば、中高年男性のファッションコーディネートに詳しい「潮男」もいる。このように、現在網紅という職業を目指して努力している生活者が多岐に渡って存在しており、今の中国では、消費欲を加速させ、消費効果を牽引している〝網紅〟たちの影響力を無視できない状況になっている。★

鐘鳴(ZHONG MING/しょう・めい)
中国上海市出身。1990年に留学生として来日し、大東文化大学文学部修士卒。98年、博報堂グループに入社。2002年からマーケティングプラナーとして、自動車、嗜好品、飲料、化粧品など、幅広い業界のグローバル業務に携わっている。07年に博報堂広州拠点営業総監/群総監、12年に博報堂生活綜研(上海)主席研究員を経て、現職。