博報堂生活綜研(上海)総経理/主席研究員
鐘 鳴(しょう・めい)
■「脂ぎったウザい中年」が流行語に
近年、中国都市部の繁華街を歩いていると、タトゥーや刺青、美容整形などの看板がよく目に入る。若者をターゲットにしたタトゥーやプチ整形の店が確実に増えていることが実感できる。若者の生活実態を知るためにインタビュー調査なども複数実施したが、確かに90后(1990年代生まれ)の若者の間では、タトゥーやピアスなどが流行っていることが分かった。彼らは世間からのネガティブな見方があることもわかっているが、それをあまり気にしない。むしろ、お洒落と捉えて、楽しんでいる人が多いようだ。
先日、知り合いの30代男性から、最近は、若い男性でもBBクリームを使っているとか、眉毛タトゥーをやっているという話を聞き、正直なところ少し驚いた。彼自身も妻の化粧品消費を見て、自分も負けてはいけないと思い、毎月のスキンケア商品の購入代金が徐々に上がるとともに、ブランド選択も上位シフトしてきているそうだ。こうした最近の出来事から、若い男性の価値観の変化について感銘を受けながら、事実として受け止めている。
中国では、生活者と社会の潮流を言い当てる流行語が各媒体社から毎年多く発表されている。昨年の流行語の中で個人的に最も感心したのは〝油膩中年〟(日本語訳は「脂ぎったウザい中年」)という言葉で、見た目がダサく大した才能も見識もないのに、大口を叩いたりする中年男性を指している。微博などのSNS上で炎上していたこともあって、多くの人々から共感を得られたそうである。
過去に実施した博報堂生活綜研(上海)の調査で、「理想的な男性のイメージ」について男女別に聞いたことがある。その当時は、「男はお金を稼げれば、カッコウなんかはあまり重要ではない!」「男の場合は、見た目で勝負するのではないので」といった回答が男女共に多かった。
しかし「油膩中年」に込められている意味は、今や男性も身だしなみやファッションセンスに気を配らないと、生活の中で不都合なことが起こるかもしれない―。そんな不安要因が生じてきたと解釈できる。
その理由は、最近のメディア報道にもヒントがあると思う。「就職・転職の際に、実力より見た目で判断されることがある」「見た目のせいで、職場での昇進が遅れている」「結婚できなくなっている」と不安がっている男性の声が増えているといった記事をよく見かける。このような報道から、男性の世界でも女性同様に〝顔値的社会〟(日本語訳は「見た目重視の世の中」)の現象が起きているのではないかと感じる。
さらに最近の中国都市部においても外見は個性や趣味とか個人の好みの問題だけではなく、他人の目線も意識しなければならない時代に変わってきているとも言える。こういった社会環境の変化によって、今まで外見をあまり意識していなかった多くの男性も美意識が高まり、その学習や実践といった自分磨きに走るようになってきているのではないかと考えられる。
■ オンライン販売は恥ずかしがり屋の救世主
一方、データに目を向けると、男性向けのスキンケア・化粧品の関連市場は、中国で年々伸びているという数字があった。2017年の市場全体の売上高は、日本市場の約5倍にあたる10億ドル(出典:英国ユーロモニター)に到達。世界トップとなり、今後もさらに拡大し続けると予測されている。
男性スキンケア市場の成長要因として、経済水準や生活者の消費力が上昇していると解釈されることが多いが、決してそれだけが原因ではないと思われる。男性の身だしなみやファッションに対する意識が向上しているとともに、それを支える購買インフラの変化も関係しており、その実態として、オンラインショップ(EC販売)の躍進が起因していると考えられるからだ。
ここ数年、中国のオンライン販売の成長ぶりが国内外のメディアによく取り上げられているが、実際に中国国内の生活者の日常的な買い物においてオンライン販売は欠かせないインフラとなっている。
トイレタリー関連商品の調査結果(グラフ参照)によれば、スキンケア・化粧品を購入する際に、「オンラインショップのみ」と「オンラインショップの方が多い」と答えている人は全体の61.8%となっており、男性のみの場合でも47.8%と約半数を占めている。また、世代別で見ると、30代男性は最も数値が高い一方で、20代~50代各世代においてあまり差が見られないことが特徴となっている。
男性は、今まで化粧品コーナーを敬遠していた。「ちょっと恥ずかしいな」などの気持ちがあるから、リアル店舗では商品を手に取りゆっくり比較することができなかった。ましてや女性店員に聞くのは、もっと心理的な抵抗があった。このような阻害要因を瞬く間に取り外してくれたのは、まさしくオンラインショップの力である。中国にとって、オンラインショップは商品購入時に利便性などを提供してくれているだけでなく、「男性の美意識向上」にも一役買った。その効果が顕在化していると解釈できる。★
鐘鳴(ZHONG MING/しょう・めい) 中国上海市出身。1990年に留学生として来日し、大東文化大学文学部修士卒。98年、博報堂グループに入社。2002年からマーケティングプラナーとして、自動車、嗜好品、飲料、化粧品など、幅広い業界のグローバル業務に携わっている。07年に博報堂広州拠点営業総監/群総監、12年に博報堂生活綜研(上海)主席研究員を経て、現職。 |