Onedot株式会社 CEO
鳥巣 知得(とす・ちとく)


 

5月の初旬、中国で最大のライドシェアアプリ「滴滴(Didi)」の運転手が乗客に性的暴行を加え、殺害した上で逃走するという事件が起きました。大変痛ましい事件であり、旧来メディアはもとより、ソーシャルメディア上でも多くの媒体や個人が本件についての意見を発し、サービス提供者としての「滴滴」の責任を挙げる意見も多くありました。この事件について今でも引き続き様々な議論が続いていますが、また別に、ソーシャルメディア上ではこの滴滴の件を取り上げた一つの記事を巡って、もう一つ大きな事件が起きました。

その記事は、事件の数日後に「二更食堂」というライフスタイルや時事を扱う媒体が投稿したもの。ソーシャルメディア上で数千万人規模のユーザーを持ち、IPO直前とも言われる大手動画メディアの「二更」傘下のメディアであり、「二更食堂」自身も一千万人規模の読者がいる大手です。

「二更食堂」による記事、その基調は他と同じく「滴滴」を批判する点では変わりのないものでした。但し一点違ったのは、暴行を受けた被害者側の死後の状態に関する描写がややどぎつく、性的な描写も多分に含んでいたことです。

この「二更食堂」の記事の内容が事件の報道を超えて被害者を冒瀆しているとして、「滴滴」の事件に関する注目が高まる中、今度は「二更食堂」の記事が急速に批判を集めてしまいました。

この記事が掲載されたソーシャルメディアの微信(WeChat)に対し、一部の読者がこの記事を通報したところ、微信もこれを問題視。当該記事は非公開化され、「二更食堂」のアカウントも7日間の閉鎖をペナルティとして課されました。

これを受けて運営側もCEOがおわびの文章を出すなどの対応を行ったのですが、「二更食堂」への批判はさらに大きくなってしまい、最終的には浙江省のインターネット管理局が「二更」の責任者を事情聴取するというところまで騒ぎが大きくなってしまいました。

その後、「二更」は「二更食堂」の永久停止を発表。また「二更食堂」の運営責任者であったCEO(!)の免職と、記事配信を行った直接の担当者の解雇を発表しました。

本事件により「二更」の受けた損害は甚大です。「二更食堂」自体がこれまで数億円規模の投資により育てられてきたサービスであり、数十億円とも言われた事業価値を数日にして完全に失ってしまいました。また、「二更」全体へのイメージ悪化も免れず、既存のユーザーや広告主が離れてしまうという懸念も指摘されています。それらによる業績悪化が、予定されていたIPOをフイにするというところまで行ってしまうと、損害は更に拡大する可能性があります。

ソーシャルメディアでいわゆる〝炎上〟と呼ばれるような状態は、規模の大小を問わなければ、ある程度どこかしらで常に起きているものだと思いますが、今回の事件がここまで大きくなってしまった原因を考えるに、いくつか特徴的な点はありそうです。

一つは、IPOを控えていたという時期などもあり、事業者の内部で、「コンテンツをバズらせる」ということを強く追求する風潮が醸成されてしまっていたこと。もう一つは、世間で大きな話題になっているテーマの中で注目されてしまったため、批判が発生した時の規模も大きく、当局が注目する水準にまで至ってしまったことです。

これをもって他山の石とする、と言うのは簡単ですが、これらの原因を考えてみると、いずれも普段からソーシャルメディアを扱っていれば、非常に抗いがたい欲求であることが分かります。

ソーシャルメディア上でコンテンツを展開するとなると、どれだけユーザーに面白いと思ってもらい、シェアしてもらえるかが勝負であると考えるもの。また、出来ることなら大きく話題を呼び、「バズる」ことがあれば良いなぁ、などと考え、内容も表現も刺激的なものを志向してしまいがちです。

また、時事をタイムリーに採り上げることも、ユーザーに関心を持ってもらうための基本的なセオリーの一つです。そのために、各社は時事を逃さぬよう常にアンテナを張り巡らし、波が来れば乗らんと身構えていると思います。

私が経営する育児動画メディアの「Babily(貝貝粒)」でも、常にこのリスクとの戦いを感じています。育児というある意味ナイーブな領域であることもあり、過度な表現や誤った内容の配信を避けるため、通常のコンテンツには必ず内部ガイドラインを設け、品質管理を行う専任のマネージャーをCEO直下に置くなどして管理を行っています。同じく注意を要すると感じるのは、広告主となる企業様とのタイアップコンテンツを制作する時です。もちろん広告効果を最大化するために、ユーザー関心の高い内容の制作を目指すのですが、そこで安易に「バズりやすい」表現を追いかけてはならぬ、と常に気をつけるようにしています。表現が過激になることでそれが批判を呼んだり正確性を欠く内容になることで、クライアント企業のブランドイメージを損ねることがあれば、本末転倒だからです。

しかし、ただ保守的になるだけでは無策というもの。ユーザー関心に応え広く見られるコンテンツを作りたい、然れども炎上のリスクは抑えたい、そのためにはどうしたら良いのか。

個人的には、ソーシャルメディア上でのコンテンツ作成において、ただ過激になる以外の勝ちパターンを持つこと、が一つの解ではないかと思っています。

具体的な方法はジャンルや目的によって様々かと思いますが、例えば「Babily」であれば、ひたすらコンテンツの実用性と、短時間で容易に情報を収集できる分かりやすさを追求することで、中国の若いママに「刺さりやすい」ものにできることが分かりつつあります。忙しくプラクティカルなママ達には、半端なエンターテイメントや非日常的な情報を出すよりは、明日からすぐ使える有用な知識を分かりやすく伝えた方が評判が良い、というものです。

未だ我々も検証の途上ではありますが、このような勝ちパターンを一つ持てば、ソーシャルメディアでの「バズらせ合戦」にはまり込むことなく、ユーザー関心に応えていくことができるのではないかと思っています。

Onedot株式会社
中国と日本で育児動画メディア「Babily」を提供。育児に役立つ情報をスマートフォンで見やすい1分動画で制作・配信し、中国では育児動画メディアとして最大手