ファンケルは、スキンケア製品の保湿効果を高めることを目的にナノカプセル(粒子径がナノサイズの球状の製剤)の研究を行ってきた。これまでに、保湿効果が高いヒト型セラミドをナノカプセルの一種であるニオソーム(膜の構成成分が非イオン界面活性剤からなる二分子膜の閉鎖小胞体)に組み込んで安定配合することを実現している。
さらなる保湿性の向上を目指して、結晶性の高いヒト型セラミドを液晶(固体のように規則正しく並んでいる部分と、液体のように自由に動ける部分の両方の性質を併せ持った状態)化してニオソームと組み合わせたところ、ヒト型セラミドだけを組み込んだニオソームよりも、保湿性に優れた「液晶ニオソーム」の開発に成功した。
なお、同研究成果を、2025年9月に長野県にて開催された「第63回 日本油化学会年会」にて発表した。
ヒト型セラミドを含む液晶組成物を作製するため、セラミド、フィトステロールズおよびステアリン酸ポリグリセリル-10をさまざまな比率で混合し、状態を偏光顕微鏡(光の偏光性質を利用して、通常の顕微鏡では見ることが難しい試料の構造や特性を観察できる顕微鏡)で観察した。
その結果、三相図(3種類の成分が混在する系において、それらの比率を表す図)(図1の左側)の水色の丸い図形で示した比率において液晶を形成することが明らかになった。黒い四角形および緑色の三角形で示した比率においては、それぞれ結晶、結晶と液晶が混在した状態となった。
また、結晶ができる比率では偏光顕微鏡で暗い画像しか得られないのに対し、液晶の場合はその構造に由来する微細な十文字に光る視野が認められた(図1の右側)。この結果から、特定の比率においてセラミドを含む液晶構造が形成されることが明らかになった。

次にナノカプセルの一種であるニオソームを作るため、非イオン界面活性剤を保湿剤に溶解させ、水を加えた。非イオン界面活性剤には、親水基と親油基があり、水中で親油基が水を避けるように集まって向かい合うことで、ニオソームの膜が形成される。このニオソーム膜の作製時にセラミドを含む液晶組成物を加えると、膜中に取り込まれて「液晶ニオソーム」が形成される(図2)。

作製した「液晶ニオソーム」の粒子径測定とともに、透過型電子顕微鏡(TEM)による形態観察を行い、「液晶ニオソーム」は約150ナノメートルほどの大きさで、球状の形態をとることを確認した。
「液晶ニオソーム」と、従来のセラミドのみを配合した「セラミドニオソーム」との膜の性質の違いを調べるために、蛍光測定(物質に光〈励起光〉を照射し、その光によって励起された分子が放出する蛍光〈発光〉を検出することで試料の成分、構造、または状態を分析する手法)を用いてさまざまな温度帯でニオソームの膜流動性(柔軟性)を評価した。温度帯は、室温および体温を想定して20~40度の条件とした。この試験において、ニオソームの膜流動性が高いほど、蛍光異方性(蛍光を放射する分子の励起光と放射光の偏光方向の関係を解析する方法。分子の動き、形状、結合状態などを調べることができる)は低い値を示すことが知られている。
その結果、20~40度のいずれの温度帯においても、「液晶ニオソーム」は「セラミドニオソーム」よりも高い膜流動性を有していることが分かった(図3)。つまり、セラミドを含む液晶組成物を配合することで、ニオソームの膜が柔らかくなっていることが明らかになった。

さらに、「液晶ニオソーム」と「セラミドニオソーム」を10倍に濃縮した際の微細構造をTEMにより観察した。ここでの10倍濃縮は、スキンケア製品として肌に塗布した際、配合されている水分が蒸発して肌に残った状態を模倣したものである。
「セラミドニオソーム」は濃縮した後においても、ナノサイズの球状または棒状の構造を維持しているのに対し、「液晶ニオソーム」は巨大な繊維状の構造に変化していることが明らかになった(図4)。

この構造変化について、現状で詳細なメカニズムは明らかになっていないが、柔らかい膜を持つ「液晶ニオソーム」が濃縮された際に、ニオソームの膜が融合して巨大な繊維状の構造に変化したことが推察される。
「液晶ニオソーム」の機能を確認するため、ニオソームを塗布したメンブレンフィルター(特定のサイズの粒子を効率的に分離する薄い膜上のフィルター)の水分透過抑制効果の検証を行った。この試験では、「セラミドニオソーム」「液晶ニオソーム」、そして水でそれぞれ処理した3種のメンブレンフィルターを用い、密閉した容器からの水分蒸発過程を観察した。

図5は、縦軸が容器の重量変化、横軸が時間経過を表しており、時間経過による重量減少が大きいほど水分がメンブレンフィルターを透過して蒸発していることを示している。
まず、水で処理したメンブレンフィルターでは、重量が直線的に減少し、水分透過を抑制する効果は無いことが分かった。「セラミドニオソーム」で処理したものも水とほとんど同程度の結果だった。一方で、「液晶ニオソーム」で処理したメンブレンフィルターは容器からの水分の蒸発を顕著に抑制した。この結果から、「液晶ニオソーム」が濃縮される際に形成された巨大な繊維状の構造(図4)が、からみあってメンブレンフィルターを閉塞し、水分蒸発を防いだと考えられる。
以上の結果から、「液晶ニオソーム」は、肌に塗布した場合においても、保湿性の維持やバリア機能の向上に寄与することが期待できる。
これまで同社ではさまざまな成分を用いたナノカプセルを作製し、特定の成分で作製したニオソームを用いることで、配合が難しかったヒト型セラミドを安定に配合できることを明らかにしてきた。一方で、セラミドは結晶性が高いことからニオソームの構造を強固にするため、肌に塗布した際にセラミドが効果を発揮できる形に変化しづらい懸念があった。
そこで、同研究ではセラミドを他の成分と併せて液晶組成物(結晶性が低い状態)とし、それをニオソームと組み合わせることで、セラミドの保湿効果をより発揮できる、柔軟性の高い「液晶ニオソーム」の開発を目指した。
研究担当者であるファンケル 総合研究所 化粧品研究所 スキンケア開発第二グループ 寺西 諒真主任研究員は以下のようにコメントした。
「本研究は肌のバリア機能を高める目的で始まり、これまでにセラミドを安定配合する技術や、配合したセラミドをより効果的に作用させる技術へとつなげてきました。特に、荒れた肌や敏感肌ではバリア機能が低下しているため、肌に塗布した成分が過剰に浸透してしまうことが知られています。結果的に化粧品を使用した際に、肌に刺激を感じるケースが少なくありません。今後は本研究で見いだした知見を、化粧品成分の過剰な浸透を抑制するスキンケア製品へ応用していきたいと思っています」
























