日本の香り市場は難しい。新規ユーザーの獲得に成功している香水(フレグランス)市場は392億円の規模(富士経済・2022年見込み)で前年比2.6%増の成長だが、一度売り上げが伸びたルームフレグランスカテゴリーは既に前年比減となっている。日本の生活者に新習慣の「香り」を定着させることの難しさを物語っている。

そうした中、昨今注目の「パーソナライズ」を切り口として新たな香り文化を創り出そうとしているサービスがある。

ファブリックケアで新たな習慣づくりに挑戦

一つ目は、大手日用消費財メーカー・ライオンが2023年1月30日にスタートする「By me(バイミー)」だ。柔軟剤や衣類ミストのファブリックケアで展開、無香性のベースに自らの好みに合わせた「香りのエッセンス」をブレンドすることで、自分に合った香りを自由にカスタマイズできる新ブランドである。

ライオンBy me

無香性のベースと香りのエッセンスを組み合わせることによって、柔軟剤、衣類ミストの香りを自由にカスタマイズできる

ベースと組み合わせる「香りのエッセンス」は現在全20種類。使用者自身が香りをつくることを想定したシンプルなエッセンス「My Blend」9種と、ライオンが使用者のさまざまな好み、気分などを想定してつくり上げた香り「Select Blend」11種、仕様の異なるラインアップを展開しているのがポイントだ。

使用のハードルを下げるため、My Blendについては、ライオンがいくつかの組み合わせ例をレシピとして公開。アロマのように、自分の気持ちや使用シーンに合わせて香りを組み合わせることができる一方、香りに対する専門的な知識がなくても楽しめるように設計した。Select Blendにおいては、AIによる診断機能を実装。質問は香りの好みに限らず、生まれ育ったふるさとの情景やチョコレートの味の好みなど、その人の情緒に触れるような抽象的なものを織り交ぜながら進んでいく。診断結果として、好みの香り、今のあなたにおすすめしたい香り、新たなにチャレンジしてもらいたい香りといった観点から、それぞれ「ルーツ」「モーメント」「フューチャー」として三つの香りを提案。いずれも使用者の香り体験をより良いものにする手助けとなるコンテンツだ。

By meのように、世界観の発信やお客との協創を目的とした直販ブランドはライオンとしても初の試み。商品やコンテンツの設計から販路の構築まで、さまざまな試行錯誤を繰り返しながら推し進めてきた。これは「より良い習慣づくりで、人々の毎日に貢献する(ReDesign)」をパーパスに掲げる同社の成長戦略の一つ「スマートハウスワーク」における新規事業へのチャレンジだ。同社ヘルス&ホームケア事業本部ファブリックケア事業部新規事業・SHWグループ副主任部員の伊東良子氏は、開発の背景を次のように語る。

「企業パーパスとして〝習慣づくり〟を掲げる以上、既存商品はもちろん、新たな切り口を模索する必要があると考えました。そのためには、誰かが挑戦しなくてはいけない。臆せず一歩踏み出すことで得るノウハウは、全社で共有できる財産になりますから」

そうした中、リモートワークの浸透など、日常でのオン・オフの切り替えがより難しくなっている状況を踏まえ、毎日の暮らしをより前向きなものにする習慣づくりの一つとして〝香り〟に着目したのだ。

その中でも、あえて〝パーソナライズ〟にサービスの軸足を置いたのは、マスで展開する既存事業から生活者のニーズを捉えていたからだ。同グループマネジャーの敷波久美子氏は、「お客さまからは柔軟剤『アロマリッチ』を混ぜて使っているというお声をいただいて『アロマミックス』というコンテンツを提供した経験もあり、カスタマイズ、パーソナライズと香りを楽しむことは、非常に密接に関係していると考えました」と語る。

D2Cサービスである強みを生かし、コミュニケーションも活発に行っていく。ECサイトに設置しているレビューや、お客同士のMy Blendレシピの情報交換といったオンラインの交流に留まらず、ファンミーティングやポップアップストアによるイベントなど、「リアルでお客さまとお会いして、香りを体験していただきながら深くお話する場を、これからたくさん設けていきたい」(伊東氏)と意気込む。

「推し香水」をキーワードに唯一無二の体験価値を提供

「推し(キャラクター)」と絡めた新訴求で、これまで香水を使ったことのない新規ユーザーの獲得に成功しているのが、大手企業向け新規事業支援、小売ECサイトの運営を行うユージュアルの提供するパーソナライズ香水サービス「Scently(セントリー)」だ。「当社で日用品の定期便サービスをする中で、香りに対するこだわりを持っているユーザーが多いと感じたのが、Scentlyの最初のきっかけです。香りとは、人間の五感の一つ。今の日本にある〝人から嫌われない香り〟という消極的な発想から一歩脱け出すことで、もっと幅広い可能性がある領域だと考えました」。ユージュアルの緒方征弘代表取締役は、サービス開発のきっかけをそう語る。

ユージュアル「Scently」

オリジナル香水の選出と解説レターを組み合わせることで、唯一無二の香り体験を提供する

そうした着想から生まれた同サービスは、まさに香りを使ったエンターテインメント。キャラクターの「概念(キャラクターをさまざまな形で表現した事物)」を手にしたいユーザーの求めるものが多く詰まったサービスだ。

内容は、ユーザーが記入するオーダーシートから、キャラクターに対する香りのイメージを読み取り、その解釈に合う同社オリジナルのフレグランスを提供するというもの。そのサービスの要となるのは、オーダーごとに1通ずつつくられる、香りとキャラクターについて記載した「香りの解説レター」だ。

「推し」であるキャラクターを知るためのオーダーシートでは、そのキャラクターの性別から年齢、誕生月などのパーソナル情報以外に、ユーザー自身のキャラクター解釈を回答できる設問を多数用意。自由記述形式のテキストボックスには、999文字の上限ぎりぎりまで入力するユーザーも多いという。

Scentlyでは、オーダーシートからキャラクターの要素をくみ取り、最適な香水を選出。その香水がキャラクターのどういった部分を表現しているのか、丁寧に解説したレターを添えて届けることで、満足度の高いパーソナライズ香水体験を実現しているのだ。

Scently事業の責任者である伊藤翔哉取締役は、以下のように語る。「お客さまには、非常に熱量の高い人も多く、そうした人たちのニーズに応えられるサービスにすることが大前提。誰かを表現した香水は、積極的に香りを楽しむきっかけになります。そこにレターを添えることによって、より深い体験価値を生むことができるのです。例えばそのキャラクターとライブで出会った時に覚えるような高揚を、私たちは香りを通してお客さまに届けたい」。

こうした熱意をかなえる一方で、コンプライアンスを順守するため、はっきりとしたガイドラインを示しているのもScentlyの特徴だ。日本トップクラスの規模の香料メーカーや、高い専門知識を持つ調香師と連携しながらサービスを運営。オーダーシートの記載方法にも制限を設けながら、複数の自社オリジナルの香水から選択・提供することで、著作権法、薬機法や商標法のもと、安心・安全のサービスづくりを徹底している。

直近では、従来のScentlyに加え、Vtuberなどのクリエイターに向けた「Scentlyコラボ」サービスを新たに展開。クリエイターとファンをつなぐ新たなツールとして、多くの受注につながっている。

「特定のキャラクターに限らず、シーンや作品など、香りを使った『概念』の表現、そしてそれをお客さまに届ける上での体験の創出に関して、ユーザーとのコミュニケーションを通して、われわれは多くの知見を持っていると自負しています。業界問わず、こうしたノウハウを活用したコラボレーションや協働は、今後積極的に行っていきたいと考えています」と伊藤取締役は力強く語る。

月刊『国際商業』2023年03月号掲載

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