栗田路子、冨久岡ナヲ、プラド夏樹、田口理穂、片瀬ケイ、齊藤淳子、伊藤順子 著
『夫婦別姓―家族と多様性の各国事情』ちくま新書
「家族の姓」で巡る世界
『国際商業』『激流』に執筆する海外ライター陣が書きつづった本

各国では結婚後の姓はどうなっているの? 夫婦別姓ってどんな感じ? こうした素朴な問いに世界7カ国のジャーナリストが答えた『夫婦別姓―家族と多様性の各国事情』が11月初め、筑摩書房から出版された。

姓名は誰もが使う身近なものだが、そのルールは結婚後の姓が、別姓か同姓かという議論にとどまらず、実は奥深く驚くほど多様だ。例えば、英国では、姓名は「個人の事情」なので、人生いつでも好きなように変えられる。しかるに、結婚後も同姓、別姓、連結姓から創造姓まで何でもありだ。米国では、英国と同じ出発点から始まりさらに多様化しながらも、昨今特に保守層の揺り戻しが根深い。日本同様、「婚姻後は夫婦どちらかの姓で同姓」とされてきたドイツでは、別姓も可能にした後で、子どもとのひも付けの必要性から連結姓も取り入れた。一方フランスは、出生時の姓名があくまで唯一の正式なものとしながらも、「多様な通称使用」を制度化したが、そうしなかったベルギーの方がかえって夫婦別姓がデファクトとなっている。欧米とは全く異なる歴史社会的理由から、夫婦は結婚してもそれぞれの姓を維持するようになった中国と韓国……。

それにしても、文化的土壌がまるで違う欧米(キリスト教社会)と東洋(儒教社会)の双方で、「幼いうちは父に従い、嫁しては夫に従え」という封建的家父長制がうり二つで存在し、それが割と近年まで一世を風靡していたことには驚かされたし、「夫婦同姓」が日本の固有の伝統なわけでもなく、明治時代に西洋の影響を受けて法制化したにすぎないということも目からうろこの再認識だった。

女性が経済社会的にばかりでなく、家の中でも父や夫から自立し始めると、欧米でさえも「家庭の絆」や「社会秩序」が崩れるなどという憂慮が巻き上がったという。さらに近年では、LGBTQの方々の人権や婚姻を含めた多様な家族の在り方も加わって、一つずつ考え、アップデートしてきた結果が今日の多様な家族の在り方と姓の選択肢につながってきたのだと考えさせられた。

本書は、世界各国の「家族の姓」に関する制度や歴史・文化資料としてばかりでなく、第2部での日本の立法・司法・経済各界をまたぐ議論が、日本の現状を整理し未来を展望させてくれる。

さらに本書の隠れた魅力は現地社会を内側から伝える濃厚な現場感にある。7人の筆者はいずれも20年以上現地社会の一員として各国に根を張り、肌で感じ、考え、発信してきた蓄積を持つ。3〜4年仮住まいするだけの特派員にはまねできない現地理解の深さがある。古今東西の「家族の姓」を手掛かりに、7カ国を地元目線で旅するエッセイ集としても楽しめる。
刊行:2021年11月
価格:940円+税

月刊『国際商業』2022年01月号掲載