ツジカワ(http://www.tsujikawa.co.jp/)の彫刻技術は、唯一無二の存在だ。ここに異論をはさむ企業は、世界中を探しても、おそらくない。創業は1921年で、本社は大阪市阿倍野区にある。いわゆる金型の製作を生業としているのだが、その品質は他社の追随を許さない。図面に起こせない複雑なデザインを精緻に表現する職人技とスピーディに高品質な彫刻版を作る最先端技術。それぞれの特徴を組み合わせたツジカワの表現力は、工業用品というより、アートに近いのである。

その一例は、日本が世界に誇る高級化粧品ブランド「クレ・ド・ポー ボーテ(CPB)」が2019年10月21日に数量限定発売したホリデーコレクション2019だろう。コレクションのテーマは「KIMONO DREAM ~KIMONOの夢で、あなたが目覚める。~」で、1色ずつ重ねながら染め上げられる絹布、幾重にも色を重ねることで美を表現する着物の魅力をメイクアップに落とし込んだ。パッケージ加飾やアイシャドウ中味成形の金型を作ったのがツジカワで、改めて彫刻技術の高さを世の中に知らしめた(写真)。2020年、CPBのホリデーコレクション2019は、パッケージデザインに特化した世界的なコンペティション「Pentawards」、ドイツの団体が主催する国際的デザイン賞「iF Design Award」で表彰されたほか、日本パッケージデザイン大賞(化粧品・香水部門)を獲得。国内外で高く評価されたのである。

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化粧品カテゴリー以外でも、ツジカワの存在感は高い。日用消費財の容器、カレールーやお菓子の外箱、洋酒や日本酒のラベルなど、お店の店頭に並ぶ多くの商品がツジカワの肉付箔押や彩光仕様などの技術を用いている。

また、ツジカワには、精緻な表現を買われて、エンブレムやワッペンの金型の制作依頼が世界中から舞い込む。その際たるものは、東京2020オリンピック・パラリンピックのエンブレムだ。そのほか、サッカー、ラグビーなどのプロチームや国際大会のエンブレム、ワッペンも手掛けている。ツジカワの本社に世界有数のクラブチームのユニフォームが飾られているのは、そのためだ。ファンにとって誇りになるエンブレムに仕立てるには、チームの哲学を表現できる高い技術力が必要なのが一目でわかる。

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このツジカワの彫刻技術を見て、触れられるのが、化粧品業界の展示会だ。10年以上前から化粧品開発展に出展を続けており、21年は5月19~21日までパシフィコ横浜で開かれる「第10回 化粧品産業技術展(CITE JAPAN)」にも初参加する( https://www.citejapan.info/ ツジカワ展示ブースNo:N4-17〈ノース1階〉)。ツジカワの狙いは、高度な彫刻技術を用いた豊かな表現力の価値を広く知ってもらうことだ。前述のCPBのホリデーコレクションはもちろん、容器メーカーの紀伊産業、吉田プラ工業、OEMメーカーの日本色材工業研究所などのビジネスパートナーと協業し、金型とモックアップを並べて展示する。ツジカワの精緻な彫刻技術がどのように商品に反映されるかを確認できる貴重な場になるだろう。

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とはいえ、ツジカワは、ブランド・商品の魅力を高める黒子の存在だ。21年はコロナ禍にもかかわらず、化粧品開発展とCITE JAPANのダブル出展になる。積極果敢に自社の技術をPRするのはなぜだろうか。その真意をツジカワの3代目・辻川豊社長に率直に聞いた。

インタビュー ツジカワ株式会社 辻川豊 社長

デザイナーの頭に浮かんだアイデアをかたちにしたい

--そもそもツジカワはどのような企業でしょうか。

辻川 金型屋と言えばわかりやすいでしょうが、我々は彫刻屋だと思っています。ツジカワのミッションは、彫刻技術を使って世の中をもっと美しくしたり、もっと快適にすることです。日本には、とても精密に金型を作る企業はたくさんありますが、ツジカワの真骨頂は図面に描けないものを表現すること。つまり、モノづくりに携わる方々の頭に浮かんだイメージを表現できることが、ツジカワの最大の強みなんです。例えば、モックアップを見たデザイナーが「全体的にふわっとさせたい」「側面だけシュッとさせたい」とおっしゃることがある。ツジカワは、このモノづくりに携わる方々の感性を余すことなく具現化してきました。特に、化粧品は、生活者の感性に訴えることが必要ですから、ツジカワがお役立ちできる場面はもっとあると考えています。

ツジカワ株式会社 辻川豊 社長

ツジカワ株式会社 辻川豊 社長

--ツジカワは、中国や東南アジア諸国、インド計5ヵ国に現地法人を立ち上げ、日本のみならず、世界中の企業とビジネスを行っています。なぜ化粧品分野の展示会に継続的に参加しているのでしょうか。

辻川 いくつかの理由がありますが、一つはツジカワの技術力だからこそ表現できる加飾の価値を知っていただきたいからです。高度な彫刻技術は、ブランドの差別化に間違いなく貢献できます。欧米の高級化粧品ブランドが外箱やパッケージのデザインに力を入れるのは、そのためでしょう。ツジカワの競合は欧米にいるのですが、日本を含むアジア圏ではリーディングカンパニーです。成熟している国内市場を活性化させるのはもちろん、新型コロナの感染拡大が鎮静化した後、インバウンド需要の復活、各国市場の開拓は避けては通れません。その時、ツジカワの表現力を活用していただければ、欧米ブランド、ローカルブランドとの明確な違いを生み、日本の競争力を底上げすることができると考えています。ただ、残念なことに、職人が培ってきた彫刻技術を知る機会が減っていることは間違いありません。これが展示会に参加し続ける、もう一つの理由なんです。

--どういうことでしょうか。

辻川 DTP(DeskTop Publishing)などの普及によって、パッケージデザインはPC上で行えるようになりました。とても生産性が向上した半面、デザインソフトでは表現できない職人技を知る人が少なくなり、それはデザインの幅を狭めていると思うのです。職人技はコスト増を招くと誤解されがちですが、限りある予算のなかで創意工夫を凝らせば、独特な表現を実現することはできます。創意工夫の余地は、職人の中に眠っているんです。だからこそ、化粧品分野の展示会に積極的に出展し、ツジカワが作った金型を触っていただき、精緻な加飾の価値、多様な技術について知っていただこうと思ったんです。

--成果は出ていますか

辻川 多くのメーカーの商品開発部門の方々がツジカワの現場を訪れるようになり、彫刻に使用するタガネやキサゲなどを自作する職人の仕事を見ていただきました。このような視察は以前にはなかったことで、メーカーの皆さんには、職人の技術に感動し、ブランドの世界観を表現する選択肢が増えた、と喜んでいただいています。また、精緻な彫刻技術で培ったノウハウを生かし、高い寸法精度で複雑な三次元形状を加工できるCNC彫刻や最新式の3D CADによるモデリングなども知っていただく機会が増えています。08年のリーマンショックを機に、パッケージの簡素化がトレンドになりかけたのですが、おかげさまで、彫刻技術を用いた加飾の需要は減っていません。長い間地道に展示会に参加し続けた成果だと思っています。

--新型コロナで世界中の経済活動に影響が出ています。創業100周年の節目の年とはいえ、化粧品開発展とCITE JAPANへのダブル出展は、ツジカワの攻めの姿勢を表しているのでしょうか。

辻川 社員には「殿のご乱心」と言われてますよ(笑)。しかし、新型コロナ禍で化粧品開発展の来場者も伸び悩み、せっかく準備してきた作品の数々を多くの人に見せられないのは残念と考え、次回から出展を予定していたCITE JAPANへの参加を今年度から行うことに決めました。どちらかというと、化粧品開発展は多様な業種の方々が集う場で、CITE JAPANは化粧品業界の方々に出会える場だと思っています。より化粧品に絞り込んだ濃密なコミュニケーションを図ることができるのではないか。それがツジカワの技術力を維持し、発展することに結び付くことを期待しています。

--と言いますと。

辻川 職人技の伝承は簡単なことではありません。昔の技術を脈々と受け継ぐこと、常に新しい技術を取り入れること。この両輪を回しつつ、それぞれの技術を重ね合わせたり、切り離してみたり、と試行錯誤を繰り返すことが必要です。というのも、約200人の国内社員の7割は職人で、自らの技術を高めるために日々鍛錬しています。一日中、顕微鏡を覗き込み、彫刻と向き合う日々が続くと、技術が深堀りできる一方で、サイロ化が進んでしまいます。だからこそ、「こんなことはできないか」と新しいアイデアを投げかけ、彫刻一筋で生きてきた社員たちに刺激を与え続けることが大事なんです。例えば、少し前の話になりますが、ドイツのデュッセルドルフで開かれていた展示会で、巨大な3Dプリンターを見ました。当時は代理店がない日本に未上陸の装置で、感性を具現化できる職人とCADなどで培った3Dの知見を持つ社員がいるツジカワなら、誰にも真似できない巨大な3D造形物を作れるのではないかと直感し、その場で仮契約を交わしました。すぐに日本に電話し、社員にドイツ出張を頼み、巨大な3Dプリンターを日本に導入したんです。私の父である先代も、世界から最新鋭の機器を積極的に導入したのですが、それはツジカワの職人技と最新技術を融合すると、新しい価値が生まれると信じているからです。実際、いまはいくつかの日本企業も同じプリンターを導入していますが、ツジカワほど使いこなせる会社はないでしょう。化粧品業界では、ビルや室内の壁面に巨大な立体のリップスティックを取り付けたり、香水の瓶を人が入れるサイズで再現するなど、海外での事例が参考になると思います。

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--社外とコミュニケーションできる展示会も、オープンイノベーションを進めるきっかけになりますね。

辻川 ツジカワはモノづくりの会社で、これからの100年も高度な彫刻技術を使って生き残りたい。新型コロナ禍でデジタル活用が進みましたが、地球上からリアルのモノがなくなるわけではありません。むしろ、人と人の交わりが制限されることで、リアルの価値を意識する人は増え、モノづくりへの期待は高まっているのではないでしょうか。ツジカワは化粧品だけでなく、食品、医薬品、自動車、電器、文具、印刷、衛生材、ファッション、玩具など、多様なカテゴリーで仕事をしていますが、どの時代になっても、どのカテゴリーにおいても、モノづくりに欠かせない存在であり続けたい。とはいえ、彫刻技術の提供が役割のツジカワだけでは、人々の生活を美しく、快適にはできません。だからこそ、多くの方々と出会い、言葉を交わし、新しいモノづくりを創出していきたいと考えているんです。

3Dカラープリンターで作成したネイルエナメルのモックアップ

3Dカラープリンターで作成したネイルエナメルのモックアップ

--化粧品市場は新型コロナで大きなダメージを負いました。生活者のニーズも様変わりしており、化粧品メーカーは打開策を模索しています。

辻川 ツジカワは先進、伝統、情熱を融合した「協奏力」を大事にしています。先進とは次代を見据えた最先端のテクノロジー、伝統とは正確さと緻密さを支える職人技、情熱とはモノづくりに対するクラフトマンの想いのことです。これらを一つにした「協奏力」があるからこそ、有形、無形のアイデアを形にすることができるのです。ただ、それぞれのクライアントに適した技術は何か、それはツジカワではわからないことが多い。ですから、新しいモノづくりに挑戦する方々から「こんなことはできないか」「こんなことを実現してみたい」というアイデアをツジカワにぶつけていただきたい。それが新型コロナで変わった生活者のニーズを満たすブランド、商品を生むきっかけになるかもしれません。確かに、新型コロナは化粧品市場に大きな爪痕を残しましたが、多くの企業がピンチをチャンスに変えようと動き出していると思います。そこでツジカワの彫刻技術を活用していただきたい。まずは、CITE JAPANで、自慢の職人技に触れていただき、率直な感想を聞かせてください。

(取材協力:ツジカワ)