次世代のデジタル消費者の関心事
動画クリエイターの中には、リラクゼーション効果という名目で「化粧品を壊す」動画を作っている人たちがいます。ここで利用されるのがASMR(Autonomous Sensory Meridian Response:自律感覚絶頂反応)という手法です。これはオンライン動画の中の一つのジャンルであり、アテンション・エコノミー*における現代を象徴する現象の一つでもあります。
*アテンション・エコノミー:たくさんの情報、選択肢が溢れる世の中で、より注目されることに価値を置く考え方
ミンテルでは、ASMR動画が美容マーケティング担当者にとって、効果的なマーケティング戦略の一つになれるのではないかと期待を寄せています。ASMR動画は、美容製品の特徴である香り、テクスチャー、色などを上手に表現し効果的なストーリーテリングを可能にしてくれます。
二層タイプのオイルウォーターや、美容液ファンデーション、これまで以上にライトなローションやクリームなど、今後、美容業界がよりハイブリッドなテクスチャーを追求していくことになると、ASMR動画の存在はますます欠かせないものとなるでしょう。
ASMRとは、人が動画を見ている時に感じる身体的な反応の一つで、多くの場合、頭や背筋にゾクゾクとした感覚をもたらします。コロナ禍においては、多くの消費者がリラックスしたい時の手段としてASMR動画を利用し、今ではデジタルエンターテインメントとして確固たる地位を確立しつつあります。
ほとんどの視聴者は就寝時やリラックスタイムにASMR動画を視聴します。視聴者は化粧品が砕かれる様子や液体ファンデーションがナイフでブレンドされる動画を見ながら、その化粧品のテクスチャーや色を評価するという、化粧品をデジタルで試しているかのような体験をすることができるのです。このような、誰も予想していなかった効果をASMR動画は視聴者にもたらすことができます。
次世代のデジタル消費者にとって、テクスチャーはもはや文字で表現できるものではありません。化粧品の原型をとどめず、砕いたりブレンドしたりする様子を視聴覚的に提供することで、文字だけでは伝わらない多くの情報を伝えることができます。こうした動きは、今後美容に関する新たな知識や発見が生まれる際の、一つのきっかけとなっていくでしょう。
メイクで遊ぶ、アモーレの試み
「遊び」が人間の本能を刺激するものであることから、ミンテルが2年前に発表した2030年ビューティートレンドの中で、消費者にとって「遊び」がより強力なモチベーションになると予測しました。
ASMR動画の分野では「化粧品を壊す」という言葉が使われています。そして、化粧品を壊し、分解する様子を撮影するためだけに、アイシャドウや口紅を粉々に砕きます。つまり、これこそが「遊び」なのです。
アモーレパシフィックのYouTubeチャンネル「Beauty Point」では、製品のパッケージで水槽を作ったり、さまざまな粘度のローションを入れたワイングラスで音を奏でて楽しんだりと、美容が持つファンタジーと独創的な要素を融合させた遊びを繰り返し紹介しています。Beauty Pointの最も人気のある動画の再生回数は1600万回(執筆時)に上ります。
美とは本来、修正が加えられた広告や完璧にスタイリングされた製品写真などからも分かるように、そのイメージが非常に重要な要素となっています。しかし、ASMR動画においては、美容ブランドはこうした完璧主義的な性質から脱却して、本来の目的ではない用途で化粧品を使用するなど、ASMR動画ならではのルールを受け入れていく必要があります。
「喜び」が得られる現実逃避の手段をクリエイトする
コロナ禍において、消費者は生活と仕事空間を区別する難しさに直面しています。これを踏まえミンテルが推奨するのは、消費者の隙間時間をターゲットにして、現在の生活で向き合わざるを得ない問題から逃避できる手段を消費者に提供することです。こうした取り組みは、ASMRでは #oddlysatisfying のようなタグを使って展開されています。
メイクアップは通常、イメージアップのツールとして位置づけられており、アメリカでは、消費者の23%が、自分の個性を表現するためにメイクをすると回答しています。しかし、この考え方は、SNSなどのデジタル生活習慣によってさらに変化していきます。
ASMR動画の普及で予想される展開としては、消費者にとって自分自身のためにメイクを再現する必要性は低くなります。メイクのチュートリアル動画とは異なり、他人がメイクする姿を見ること自体がメイク体験であり、満足感も得ることが出来ます。
また、メイクは「毎日身に着ける」ありふれたものではないのです。NYX(ニックス)は、Tiktokのフォロワーたちにコスプレ姿や、 #liftandsnatchbrow や #showandtell などのハッシュタグを付けた投稿を呼びかけるなど、現実逃避にまつわるチャレンジを提示する先駆者的存在であります。消費者が自分の顔を使ってアート作品を作り上げる「私の顔はキャンバスだ」は、何度も登場しているハッシュタグチャレンジの一つです。
これと似たような動きが中国の化粧品ユーザーの間でも見られ、その44%が、メイクをするプロセスは楽しいと強く感じています。若年層の消費者のうち、18~24歳の46%が、メイクの仕上がりを写真に撮って共有することで満足感を得ることができると答えています。
化粧品に求めるメリットは何かとアメリカの消費者に尋ねたところ、回答者の32%以上が「メイクは喜びを与えてくれるものだ」と答えるという興味深い結果が出ています。つまり、喜びを得ることこそがメイクをする根本的な意義ということです。もはや毎日メイクをする必要がないと消費者が認識し、メイクを楽しむきっかけとなる新たな手段を模索している今の時代においては、この喜びを与えるという根本的な要素の意味合いが増しているのです。
メイクの存在意義が変化しても、それが美容業界の考え方を簡単に変えるわけではありませんし、ミンテルは役に立つ存在であること、そして価値を生み出すことにこだわります。ただし、消費者の価値に対する考え方は劇的に変化しています。ASMR動画という新感覚の表現方法を活用することで、美容ブランドは消費者と同じくらい流暢に、美に関する新しい価値観を表現していくことが出来るのです。(ミンテル APAC ビューティパーソナルケア部門のアンジェリア・テオ コンテンツディレクター)
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