経営方針に垣間見える「揺らぎ」

RIZAPグループ(以下、RIZAP)の経営方針に“揺らぎ”がみえる。既定の経営方針が変更されたのか。あるいは、既定方針に遅れが生じているのか。このあたりは適時にディスクローズすべきだが、明らかにされていない。

RIZAPの既定方針とは、新規のM&Aはすべて凍結したうえで、巨額赤字を計上しているワンダーコーポレーション、ぱど、サンケイリビングなどを前19年3月期中に売却撤収するというものであった。しかし、これらの主要な赤字会社の売却撤収はすべてといってよいのだが、少なくとも今20年3月期に持ち越されることになった。

売却撤収方針そのものが変更されたのかは不明だが、それがないと限定すれば、売却撤収は先送りされたと評するのが適当に違いない。

――前19年3月期は売却撤収断行で大幅な赤字が避けられない。だが、今20年3月期はウミを出し切ったことから収益はV字型回復をたどるとディスクローズされていた。瀬戸健社長、松本晃取締役構造改革担当の発言の経過から、大方はそうした構図でRIZAPの再構築をイメージしていた。しかし、これらのアウトラインは変更修正されたというしかない。

RIZAPグループの瀬戸健社長

結局、RIZAPが前19年3月期に売却撤収したのは、ほぼジャパンゲートウェイ1社にとどまることになった。ジャパンゲートウェイの買い手は美容・ヘルスケア関連の通販を睨んでいる萬楽庵だった。

仮にRIZAPが通販事業をグループ内に持っていれば、ジャパンゲートウェイのヘアケア化粧品とのシナジー効果を発現する可能性があったとみられる。RIZAPはM&Aをした企業が“孤立”し、グループ内のシナジーが希薄という特徴がある。M&Aをしても、そのポテンシャルを活かしきれていない。17年12月にM&Aで手に入れたばかりのジャパンゲートウェイの売却撤収にはグループ内のシナジー欠如がみてとれる。

前19年3月期末に、タツミプラニングが分割され、同社の戸建住宅事業・リフォーム事業を高松建設に売却することが発表された。この分割売却撤収は今20年3月期第1四半期に計上される。ただ、タツミプラニングのメガソーラー事業・不動産開発事業はRIZAPに引き続き残ることになる。赤字要因は解消されたわけではない。

RIZAPの構造改革、すなわち巨額赤字を出しているグループ企業の売却撤収という既定方針は、松本構造改革担当が主導したものである。瀬戸社長は最終的にそれに同意して、前19年3月期に大半のメドをつける決意を表明していた。

M&Aマーケットでは、「RIZAPがグループ企業を投げ売りしている」(M&A業界筋)と買い手サイドがRIZAPの足下を見るような動きも伝えられていた。

それでも瀬戸社長、松本構造改革担当のこれまでの言動から売却撤収は確実に断行されるとみられていた。だが、結局は先送りが明らかになった。赤字要因は依然として残ることになり、経営に“揺らぎ”が生じているといった見方すら取りざたされるにいたっている。

既定方針は、赤字に向き合い黒字転換を目指すだったが

RIZAPが語っていた構造改革の既定方針を振り返ってみたい。瀬戸社長は、前19年3月期第3四半期発表時に売却撤収について決意を以下のように話している(19年2月14日)。

「売却する会社を具体的にいうことはできない。(ワンダーコーポレーションなどの具体的な社名について)個別のところは控えさせていただきたい。第4四半期にどのぐらい(売却による)損失が出るのかは答えられない。ゆっくり時間をかけて、一年かけて売却をやれば金額(赤字)は抑えられるが、いとわず踏み込んでいこう、と。損切りは来期(20年3月期)に持ち越すべきではない。来期の黒字転換、持続的な黒字に向けて、今期(19年3月期)踏み込んでやる。赤字が大きい会社は優先順位をつけて、すみやかに改善しなければならない。マイナス、赤字には短期で向き合って、しっかりと来期の黒字転換を果たしていきたい」

瀬戸社長は「損切り」という株式用語を使って売却撤収の決意を示していた。松本構造改革担当は、瀬戸社長の発言を受けてRIZAPの構造改革のドメインを含めてこう補足している。

「曖昧な表現だが、構造改革のスピードはまあまあかな、と。グループ会社はなにせ沢山あり・・・。(売却撤収について)具体的な社名はいえない。構造改革については撤退などのロードマップを決めて、(最終的にはRIZAPを)どんな会社にするのかドメインを決めましょう。グループAは、ボディメイクなど成長する企業グループ。グループBは,キャッシュをいまはそれほど多くはないにしても生んでいる、キャッシュを生み出せる企業。これらは残していく。グル-プCは問題のある会社、瀬戸さんのフィロソフィーとちょっと違うのではないかという企業。撤退というのもひとつ、売却というのもひとつ(と判断している)」

サバイバル(生き残り)がクライシスマネジメントの使命

つまり、いまから2カ月前の2月14日時点では、瀬戸社長、松本構造改革担当とも前19年3月期にワンダーコーポレーション、ぱど、サンケイリビング、タツミプラニングなどの売却撤収を行うのは揺るぎない既定方針だった。瀬戸社長、松本構造改革担当とも「具体的な社名はいえない」としている。ただ、瀬戸社長、松本構造改革担当とも「赤字の大きい会社から売却撤収する」という趣旨の発言をしていたのも事実である。

そうした経過から巨額赤字を出している企業が知られており、ほとんど売却撤収候補会社は明らかだった。ともあれ問題は、何故いまそれが変わったのかである

瀬戸社長は、「損切り」もやむなしという強い決意を表明したが、さすがに足下を見られて企業価値は徹底して買い叩かれる。それで売却撤収の決意に“揺るぎ”が生まれたのか。ひとりの人間としてはわからないではないが、グループ7000人超の従業員を抱える上場企業のトップである。主要赤字会社の売却撤収という世間や株主、金融機関に対するコミットメントの後退・先送りは疑問を呈せざるをえない。

瀬戸社長は、「買い手企業に売却の条件として、リストラ(人員整理)はしないでほしい」という要請をしたという話がある。売却撤収が遅れているのは、そうした背景があるという見方だ。しかし、売却に条件をつけられるのは売るサイドが相当に優位に立っていなければ、どだい無理である。「売り手市場」どころか、現状は圧倒的な「買い手市場」、条件をつけるのは一般的には無理がある。仮に条件をつければ売値がさらに切り下げられることになりかねない。

企業経営のクライシスマネジメントでは、本体が生き残る、すなわちサバイバルが最大の優先事項だ。感情・心情は捨ててかからなければならない。美談めいた話も必要ではない。見てくれが悪くてもかまうことはない。本体のサバイバルのためには多少の犠牲や打撃には目をつぶるのが鉄則にほかならない。

本体(元)が生き残りを果たせれば、いずれ必要があれば非本体(子)は買い戻せる。本体の生き残りに集中するのがクライシスマネジメントである。「Do or Die」、是非を問う思いなどは捨てなければならない。

RIZAPの経営与件は変わったのか

あるいは、RIZAPを取り囲む経営与件が微妙に変わったという見方もある。グループ全体の構造改革の浸透で前19年3月期第3四半期は単期ベースでは黒字化した。瀬戸社長は、なにも売却撤収を急がなくても、低位な水準であっても黒字を計上できると踏んでいるのではないかということになる。つまり、瀬戸社長は、クライシスマネジメントの状況を脱しているという認識に変わっているとみられなくもない。いわば、「損切り」から「塩漬け」への経営方針の転換——、それがなし崩しでなされているのではないか。

瀬戸社長は、もともと売却撤収には前向きではなかった。しかし、自ら三顧して招聘した松本構造改革担当から売却撤収など構造改革を突き付けられて最終的に同意した面がある。

2月14日、前19年3月期第3四半期決算発表時の主要赤字会社の売却撤収という決意表明が行われたわけだが、その数日後に瀬戸社長の発言による「M&A早期再開宣言」「M&A早期再開に意欲」という記事コンテンツが報道されている。なんとM&A凍結を早期(20年3月期以降)に解除し、「次の成長にチャレンジしたい」というのである(2月19日)。

それは少なくとも赤字会社の売却撤収が完了してから発言すべきことだが、唐突に語られ記事コンテンツ化されている。唐突な発言だけにむしろそれが“一方の本音”なのかと驚かされたものである(「M&A早期再開」の記事コンテンツの大半は、その後ネットから抹消されている)。

「M&A早期再開宣言」が真実であれば、瀬戸社長は徹底して「持つ経営」、あるいは「持つ経営」が好きであるというしかない。

仮に、四半期決算の単期黒字化などでRIZAPの根本的改革の機を逸するとすれば、世間から瀬戸社長は懲りていないとみられかねない。瀬戸社長は、M&Aをした企業の管理が甘かったことなどの反省を語っている。ただ、それが本質的な反省なのかどうかはなんとも判断がつかない。

ここは松本構造改革担当の構造改革という「直言」を受け入れた原点に立ち返って、既定方針の主要赤字会社の売却撤収を継続して断行すべきではないか。

松本構造改革担当の提案主導によるコーポ-レートガバナンス改革でRIZAP経営陣は、瀬戸社長と松本構造改革担当の社内役員2人、それと社外役員(監査等委員)3人で構成されている。監査等委員の社外役員3人は、もともと瀬戸社長から任命されていた経過がある。

この役員会がRIZAPの構造改革の現状についてどのような経営判断を下しているのか。あるいは下すのか。確かなのは、RIZAPの経営が正念場にあることが、現時点でなんら変わらないという現実だけである。

ジャーナリスト 小倉正男