RIZAPグループの新体制が明らかになった。新役員人事の注目点は、取締役(社外)・取締役会議長に就く中井戸信英氏だ。住友商事代表取締役副社長、住商情報システム(現・SCSK)代表取締役会長および社長などを務めた経験を活かし、持続的な成長基盤構築に向けてRIZAPグループ全体の経営・執行を監督するという。この人事の結果、社内役員は瀬戸健社長1人、社外役員5人の体制になる。「1対5」が新しい試みであるのは間違いない。その舵取りを任された中井戸議長は、文字通り、新体制のキーマンといえる。
ただ、これまで構造改革、ガバナンス改革を牽引・主導してきた取締役・構造改革担当の松本晃氏は役員を退任し、特別顧問に転じる。RIZAPグループの構造改革、ガバナンス改革はどのようなフェーズにあるのか。松本氏の退任が意味するものとは。瀬戸社長、中井戸議長に率直に聞いた(取材は2019年4月25日)。
退任、松本晃構造改革担当の事情とは・・・
――社内役員は瀬戸健社長1人であるのに対して社外役員5人という新役員人事を発表されました。一方、松本取締役がRIZAPに入ったのは18年6月24日。任期満了とはいえ、わずか1年で役員を退任し、特別顧問に就くことには驚かされました。退任の背景は何だったのでしょうか。
瀬戸健社長(以下、瀬戸) 松本さん自身に新しくチャレンジされることがあるんです。それは職責として、かなり主体的に関与されるものらしく、社外取締役などで月1回とか、会社に来られるといったことではないらしいということなので。今後(松本さんが)たぶん発表されるのでないか、と思います。
――松本さんからの申し入れで退任ということですか。
瀬戸 (構造改革の)メドが立ったというのがかなり大きいですし、松本さんは特別顧問になるといっても、いいたいことは常にいう人です。昨日の取締役会でも松本さんはずっと発言されていた。(松本さんとは)毎日メールをやり取りしているが、メールで松本さんは、今後はもうちょっとやさしいおじさんになろうか、といわれたんですが、いえ、やさしくなくて結構です。いままで通り厳しくしてくださいと。そんなやり取りをしているんですよ。松本さんは良い意味で非常にパワフルな方なので。力強く色々なものを止めていただきましたし(笑)。時間にかかわらず、会う頻度はそう変わらないのではないか。そこはたぶん変わらないです。
――松本さんに役員として残ってもらうという選択はなかったのですか。
瀬戸 役員で残ってくれといっても、松本さん自身が、そこの時間が取れなくなる可能性があるのではないですか、それは。
――日本には、画一的な経営風土を求める傾向があります。瀬戸さんと松本さんは、それぞれ個性豊か。松本さんのドラスティックな提案を瀬戸さんが受け止め、消化して、実行するという、緊張感ある関係は興味深かった。二人の関係はそう変わらないとはいえ、1年で終わってしまうのは少し残念かなと。
瀬戸 ただ、たぶん実体的には変わらないという感覚ですね。昨日の役員会でも松本さんは松本さんでいいたいことをいう。お互い時間がない、次の予定が入っているのに、話が長くなるのだが、それでも話は続ける(笑)。例えば、松本さんは、これは瀬戸さんのフィロソフィーに合わないのではないか、といいます。でも、僕は、それはフィロソフィーですよ、と(笑)。(二人の議論が)どういうものであれ、決定は瀬戸さんがやれ、決定は任せるということだったのです。
――松本さんは、RIZAPグループの選択と集中を進める上で、瀬戸さんのフィロソフィーに合わない事業から売却すると発言されています。フィロソフィーを巡って、二人に齟齬があったのでしょうか。
瀬戸 齟齬というのは夫婦でもあるじゃないですか(笑)。夫婦だともっとあると思いますよ。でも(私と松本さんは)齟齬じゃないですよね。それって戦略に近いところがある。これをやろうという決定をした場合、どういう考えがあってやろうとしているのか。何故やるのか、こういう目的で、こういう背景があってやるのだというコミュニケーションの絶対量が要るじゃないですか。松本さんは松本さんの見立てで話しているじゃないですか。情報が限定されている面もある。議論を摺り合わせれば、ああ、そうなのだということも沢山ある。つまり、価値観ではなく、戦略上の問題でした。それは大きな問題ではなく、話せばわかる。大変な問題ということではなかった。克服できる問題で、だから話しているわけですよね。
構造改革はそもそも売却ありきではなかった
――構造改革にメドがついたと発言しましたが、どう捉えたらよいのですか。
瀬戸 それは嫌なことからやっていったということなのです。止めるべきものを止めていった。(構造改革では)店舗の閉鎖など100店近くやっている。ただ、けっこう誤解されているのですが、会社の売却ありきみたいにいわれているじゃないですか。どうもならない会社とか精算とか事業撤退という会社だったら最終的に売却しかない。売却もありえるが、売却はあくまで最終手段だと。精算に近い形で、撤退もすでに決めている事業もあります。
――松本さんはどちらかというと売却撤収ありきで、19年3月期に赤字会社の大半を売却撤収すると発言されていた。このスピードをダウンさせて売却撤収が20年3月期に期ズレしたのか、売却撤収ありきという経営方針そのものを見直すのでしょうか。
瀬戸 まず売却ありきではそもそもなかった。
――しかし、松本さんがこれは残す事業、これは売却撤収する事業と決算で発言されたとき、真横に座っていた瀬戸さんは否定されなかった。
瀬戸 それはなかなか松本さんを止められなかった(笑)。(議論の)完全な擦り合わせがなくて、けっこうおっしゃられる時があるので、それは統一しなければいけないなというのはあったのですが。僕は個人的にそうは発言していなかったと思うのですが。
――松本さんがRIZAPの事業ドメインを決めようということで、本業として伸ばす事業、収益はまだ小さいが残す事業、これは売却撤収する事業と分けて、19年3月期中に一気に売却撤収するものはすると。それは松本さん流の事業ドメインの分け方ということでしょうか。
瀬戸 松本さんは売却撤収、といったでしょうか。
――売却、撤収を強く示唆する発言は度々されています。
瀬戸 ですから、それはいま分けてやっています。非継続事業として店舗の閉鎖、事業の精算、停止までやっています。あとは精算なので売り掛けの回収までやっている会社もあります。そういったフェーズに入っている会社もあります。
18年3月期に買収した企業の見立てが甘かった
――危機的状況を脱したというのは、瀬戸さん、松本さん共通の評価ですか。
瀬戸 それはそうなのですが、危機的というよりは、今回はBS(バランスシート)の観点の処理で、この事業は縮小するから、資産として価値がないとして計上してしまおうという観点。ランニングのところでPL(損益計算書)で赤字が出るような事業は売却したり、止めたりするわけだが、今回はBSの観点の処理。BSの処理で、キャッシュアウトを伴わないマイナスです。このあたりの処理をするメドはついたということなのです。
――強い意志で見直して売却するものはする、止めるものは止めるという決意は変わらないと受け止めてよいわけですね。
瀬戸 精算も同じようなことで、損切りする、売却する、損失は出る。ハード面で売却はわかりやすい。売却したかどうかはわかりやすいが、それは手段にすぎない。そうではなくても実際は痛みを伴いながらやっている。しかし、それなりに作用、副作用はある。中身は慌ただしくというか、非常に痛みを伴っている。けっこう痛いんですよ。すべて顕在化させる。風向きもあるじゃないですか。決算上もかなり踏み込んで、赤字を確定させる。やり過ぎではないかと思われるぐらいやっています。
――構造改革の方向性は変わっていない。
瀬戸 変わっていない。すべて顕在化させる。いままさにそれをやっている最中です。期ズレということではない。
――19年3月期第2四半期決算で、松本さん主導でM&A凍結、構造改革に踏み込むという決断を発表された。瀬戸さんとしては自信と確信を持って経営を進めてきたわけですが、一転して構造改革を決断された。これは通常なかなかできないことですが、その背景には何があったのですか。
瀬戸 松本さんが止めるべきだと強くいわれた。はじめは、そんなことをいっても、という面があったが、提言をいただいたのは有り難い話だった。見立てが甘かった。足下が甘かった。18年3月期にM&Aをした企業数が多かったのですが、それ以前のものはコントロールできる範囲だったし、うまくいっていた。(18年3月期に買収した企業の)見立てが甘くて、足下が揺らいでいる面があった。足下の基盤がしっかりしていれば次に行けるが、足下が揺らいでいる現状がみえた。全体が変わってきた。僕自身も買収しても絶対うまくいきますよ、といえる状況ではなくなっていた。それが18年11月15日の19年3月期第2四半期決算だった。
必ず新しい価値創造で成果を示すと覚悟
――19年3月期第3四半期では、単期ベースで30億円の営業利益が出ている。単純にいうと赤字会社を抱え込んでもやっていける、現状のままでも営業黒字は計上できる。松本さんは売却撤収、損切り路線を提案されていたが、構造改革は先々に延ばすとか、緩やかな回復を目指すという経営判断と捉えることもできます。
瀬戸 それはないです。構造改革が進んで、急激に改善している会社もある。すべての会社が悪いようにレッテルが貼られて、全部が悪いように思われているが、そんなことはない。MRKホールディングス、イデアインターナショナル、HAPiNS、ジーンズメイトなども全部黒字になっている。株価も全部上がっている。18年3月期以前に買った企業は改革などが進んで改善されていただけに緩やかな収益向上を見込んでいた。(18年3月期に買った企業の損益が悪くて)それが甘かった。それで18年11月15日(19年3月期第2四半期決算)の下方修正を迎えることになった。
――瀬戸さんのいわれた「見立ての甘さ」は、なぜ生まれたのでしょうか。反省点、問題点がはっきりすれば改善点もみえると思うのですが。
瀬戸 M&Aも慎重にデューデリジェンスを行ってきた。失敗するためにM&Aを行ってきたわけではない。より良くするため、成功するためのものだったが、精査などプロセスが欠けていたのかな、と。新しい取締役会がつくられ、中井戸信英さんが入られるが、M&Aはより成功するための手段ですから、そこは(中井戸さんにも)厳しくみていただきたいと思っています。
――膨大な企業を抱えているわけですが、シナジー効果を生むようなグループ企業の布陣にしておくことが理想ではないか。
瀬戸 私も価値創造を自分たちでやって、社会がもっとよくなるような新しい価値提案ができないかとやってきた。ボディメイクのRIZAP事業がまさにそれで、そこは事業家として自信を持ってやってきたところです。M&Aでも1プラス1が2ではなくて、3以上というか、シナジーを生むような新しい事業を生み出すのが大好きなわけです。新しい価値を創造するというよりかはM&Aが先に来てしまったことは反省すべきです。まさにそこはいま(改革を)やっているところで、急速にシナジーを生むようしています。そこは実績でみせるしかない。そこは進んでいる。必ず成果でみせようと。
――ヘアケア化粧品のジャパンゲートウェイは、ボディメイク事業とシナジーを生み出せるように思えたが、短期間で売却撤収されました。もう少し我慢して成長を探ることはできなかったのでしょうか。
瀬戸 そうですね。(損益の)幅としても難しい面があった。シナジー自体だけ目的にしてはいけないし、けっこうな赤字が出た。個別の収益性というものもあるなかで判断した。
会社に刺さらないと監督、サポートはできない
――中井戸さんは取締役会議長、松本さんは特別顧問ということで、二人のアドバイザーとなるが、二人の役割分担はどうなるのですか。
中井戸信英取締役会議長(以下、中井戸) それは「I don’t care」だと(笑)。構造改革が一段落して松本さんが役員を辞められるということなので形は入れ替わりになる。松本さんは松本さんで瀬戸さんとのお付き合いのなかで、色んな意見をいってもらったら瀬戸さんが参考にされる。僕のほうは僕のほうで瀬戸さんを密にサポートをするわけで、役割といってもそんなに複雑なものではないですよ(笑)。
瀬戸 松本さんは放っておいても色々と意見はいわれます。同感のところはいっぱいある。ごもっともな意見が多い。逆にいってもらわないといけない。遠慮されたのでは価値がないというか、自分の役割をやってくれた。
――取締役会議長である中井戸さんの使命は。
中井戸 夢にも思っていなかったが、間に立ってくれた人がいて、今後のRIZAPの成長プロセスに関与してくれないかという話があった。アメリカのシリコンバレーなどのベンチャー企業は、その成長過程で、企業の器の変化に応じて経営者がどんどん変わっていく。ベンチャー企業の時、IPO(新規公開株)を目指す時、上場後に大企業に成長する時と変化していくが、アメリカ社会には、それをサポートする経営システムがある。しかし、日本にはそんなものはない(笑)。もし、創造性があるが、成長過程で苦難などがあるようなら、経営の経験、知見を得た者がサポートするのは責務。もし、自分が50歳なら「よしトップでやったるぜ」というところだが、そういうフェーズではない(笑)。やるのは僕ではない。やるのはあくまで瀬戸さん。僕は良きメンター、サポーターになろうと。松本さんは特別顧問になりますから、僕が瀬戸さんの密なるサポーターという役割になる。
――瀬戸さんをどのようにサポートしますか。
中井戸 課題は山のようにある。RIZAPは大企業に成長する過渡期にあるが、ガバナンス、組織、人事、事業拡大、人材教育と問題はある。ただ僕がやるのと違うよ。この会社は寄り添うというのが好きなようだが、瀬戸さんに密にまさに寄り添って、瀬戸社長をサポートして、結果にコミットしていきたい。社外取締役というのは、月1回会社に来てくれということだったが、僕は週3回は会社に来て、仕事(組織)に刺さる。世間からは、それでは社外ではないじゃないかといわれそうだが、社外取締役であるのは変わらない。だって会社の仕事の中身がわからないでは、監督やサポートなどできないじゃないか。
――新取締役会は社内役員が瀬戸社長1人で、社外役員が中井戸さん(取締役・取締役会議長)、望月愛子取締役、そしてやはり社外の監査等委員3名の構成となる。社内1、社外5の取締役会になりますが、取締役会議長の職責とは。
中井戸 仮に会長とか何とかならば、瀬戸さんの上位になりますしね。取締役会議長なら、商法的には権限は大きくないが、取締役会の議事を仕切るわけですからかなり牽制も効く。この会社はオーナー社長で、これまで社内役員が瀬戸さんと松本さんの2人で、社外役員(監査等委員)3人の計5人の取締役会だった。前取締役会に松本さんと入れ替わりで僕が入れば、瀬戸さん1人に対して社外取締役4名になる。社外取締役が多いとガバナンスが効くといわれているが、そんなもの効くかと(笑)。そんなものは、ほとんど体裁だ。今度は社内役員が瀬戸さん1人のみで社外役員が5人、それでもガバナンスなんてできない。いまの新しい取締役会の体制もファイナルではない。社内から何人かは役員が入ったほうがいいのですよ。その上で取締役会の決を取る時は、社外が多数という形がいい。その形はガバナンスが効いているといえば効いている。
――いまの新しい取締役会の体制は、中井戸さんが提案したのですか。
中井戸 提案、相談した。瀬戸さんは、独走というのはいけないと思います、いままでもそれを気にしてやってきた、と。この取締役会は、新しいモデルともいえる。瀬戸さんもガバナンスについて考えていて、それではこういう体制でということになった。
RIZAPグループの2019年3月期通期決算発表は5月15日。意外なことに、取締役、構造改革担当を降りる松本晃氏が同席する、といわれている。新体制の経営方針はもちろんだが、松本氏は特別顧問としてRIZAPにどのような影響を与えるのか。その発言が次の注目点といえる。
聞き手:長谷川隆(化粧品・日用品業界の専門誌「国際商業」編集長)
構成・小倉正男(ジャーナリスト)