確執説が流れていた二人が決算説明会に登壇
11月14日、東京都内で行われたRIZAPグループの決算説明会は異例なものになった。
その決算説明会の直前に瀬戸健社長と松本晃構造改革担当の二人の代表取締役に“確執説”が報道されていた。「プロ経営者を生かし切れない」というのがそのコンテンツのキーフレーズで、RIZAPグループ社内に経営方針をめぐる深刻な対立があるという指摘がなされていたのである。
やはりそうか、と思わせるものはないではなかった。二人の代表取締役という試行は悲劇に終わるのか。そうした思いがよぎったことは否定できない。
決算説明会に登壇したのは、案に相違して、その二人、すなわち瀬戸社長と松本構造改革担当だった。確執があるとすれば、このふたりが顔を揃えて登壇すること自体が難しい。ふたり揃っての登場で、ともあれそうした予断や想定は崩れた・・・。
配布された2019年3月期第2四半期決算短信も事前に下方修正告知があったわけだが、それにしても驚くべきものだった。
RIZAPグループの第2四半期は、売上げ1091億円(前年同期比74.3%増)と大幅増収となったが、営業利益で88億円、四半期利益で99億円の巨額の赤字に転落した。通期でも巨額赤字が避けられない見込みに陥り、ついには無配転落を表明している。
前期までは少なくとも表面的には驚くような急成長をみせてきたが、急転直下しての業績急悪化、まさに異常事態といえる悪化ぶりである。
180度の転換、瀬戸社長のM&Aストップ宣言
瀬戸社長は、ほとんど泣き出しそうな顔だったがこう発言した。
「大幅な下方修正をした。RIZAPを信じてきた株主を大きく裏切ってしまった。本業に加えて、成長の手段としてM&A(合併・買収)をしてきた。1社1社再生してからM&Aをすべきだった。しかし、昨年、一昨年とM&Aをしてきたが見通しが甘くて・・・。1社1社見直しをして構造改革を実施すると決定した。構造改革が終わるまで新たなM&Aは行わない」
経営方針の大転換である。RIZAPグループは、現状85社の企業集団に急膨張をとげてきた。M&Aのスピードは、「1カ月に1社」のペースと揶揄されてきたが、このところは「1カ月に2~3社」のペースに加速されていた面がある。「1~2週間に1社」といわれかねないM&Aラッシュだった。
しかも、それはつい直前まで行われてきたことである。それが急転直下、なんと180度の転換がなされた。猛スピードで前進してきたクルマが急ブレーキでクラッシュしたような状況といえる。
「RIZAPの再生、構造改革が終了するまで、新しいM&Aはやならい。M&Aはストップする」
「成長事業への経営資源の集中、選択と集中をやる。見込みがない事業は撤退、売却も行う」
瀬戸社長は、自分に言い聞かせるようにM&Aストップ宣言を繰り返して強調した。さらには、グループ企業の撤退、売却にも踏み込んでいる。これは確実に痛みが伴うことになる。それどころか酷い出血すらも避けられない。
瀬戸社長としては、それは昨日まで自信をみなぎらせてやってきたことの全面否定である。いわば、自己の全面否定にほかならない。
これは・・・、瀬戸社長にはほとんど悪夢と思いたいような作業でしかなかったのではないか。
松本構造改革担当のRIZAPへの愛情と説得
瀬戸社長には、一生に一度あるか二度あるかの大きな経営決断に違いない。しかも苦くて辛い決断で、世間的にいえば格好も悪い。
M&Aの連続で“増収増益”と前に進むのは勢いもあり、楽しいものというか、少なくとも酷い辛さなどは伴わない。前に進むのは楽である。
しかし「選択と集中」、その裏にある撤退や売却は、後ろに引く作戦であり辛さや痛みは凄まじいものになる。しかも簡単ではない。道筋を一歩誤れば、会社が奈落の底にということにもなりかねない。
この突然の大きな転換には、瀬戸社長と松本構造改革担当の経営方針に対する意見の対立と議論を重ねての一種の融合があったのは間違いない。
松本晃構造改革担当の思いと結論は、「(いまのM&Aによる経営路線は)止めるべきだ」というものだった。
しかし、これは瀬戸社長を全面否定するものになりかねない。深刻な葛藤や確執になりかねないきわめて危険なものだった。
しかし、瀬戸社長は、松本構造改革担当の意見を受け入れた
「松本さんは、愛情を持って接してくれて、変わっていかなければならない、と。今回の決断は、松本さんがいなければできなかった。見通しが非常に甘かった。覚悟を決めて減損に出した。悪くするために減損に踏み込んだわけではない」
今回のRIZAPグループの経営決断の舞台裏には、瀬戸社長と松本構造改革担当の二人の代表取締役のコラボレーションがあったことになる。
面白そうなオモチャだが、壊れているところがある
松本構造改革担当がRIZAPグループに入社したのは、この18年6月のことである。
カルビーの代表取締役会長兼CEOからの転身で、「プロ経営者」としての世評が高い。それだけではなく、経営者たちからのリスペクトや人気・評判も高い人物にほかならない。
松本構造改革担当は、RIZAPグループに入社した動機と会社のファースト・インプレッションについてこう語っている。
「瀬戸さんにほれた。会社の中身はわからず入った。RIZAPグループはオモチャ箱のような会社だな、と。面白そうであると思った。(入社してからだが、)1社1社廻ってみよう、と。15社ぐらい廻ったが、面白そうなオモチャだが、壊れているところがある」
そうした印象、批評を持ったが、経営者であるから、批評にはとどまれない。
「たくさん買ったなかには不況産業もある。優秀な人(経営者)がやっても簡単ではない。ヘルス&ビューティ、自己への投資というRIZAPグループのビジョンや理念にそぐわない会社もある。ちょっと違うぞ、と。第1四半期、数字(バランスシートなど)をみるとよくない。第2四半期に入っても数字はよくない」
松本構造改革担当が持った結論は、M&A凍結=体質改善というものだった。
「M&Aはいったんフリーズしてくれ。M&Aを止めて凍結する。いまの会社に集中したほうがよい。資産も見直す。会社のエクスペンスもだらしなくなっている。これも見直す。成長戦略をつくり直す。構造改善で体質を変える。優先順位を決めて、マイナスの大きい会社に向き合うしかない。“ワンダー体質”を変えれば、やっていける。瀬戸さんとは8月後半からずいぶん話した。瀬戸さんは私の意見をずいぶん聞いてくれた」
対立は必要だが、二人の間にミゾはない
松本構造改革担当は、瀬戸社長とほとんどの点で一致し合意していると語っている。では、対立はなかったのか。このあたりは微妙な言い回しをしている。
「(確執説めいた)オンライン記事があったが、健全な対立や議論は必要。しかし、瀬戸さんとの対立はない。構造改革、痛みが伴う。痛みを覚悟して再生を図らなければならない。二人の間にはミゾはない。コーポレートガバナンス、もっと社外重役を入れるというのはアグリーしていない。ただ、ほとんどの点で(二人の意見は)一致している」
松本構造改革担当は、コーポレートガバナンス以外では、一致し合意していることを強調している。
しかし、今回のRIZAPグループのM&A凍結という経営路線の180度の転換は、松本構造改革担当が瀬戸社長を説得して行ったことを大筋で認めている。リーダーシップは、松本構造改革担当が執ったということになる。これは一瞬のことかもしれないのだが、RIZAPグループの経営としては異例のことにほかならない。
瀬戸社長には苦い、さらには辛い決断だったが、「現状に向き合い、経営判断をする」という方向を選ぶことになった。
「(松本さんとの)健全な議論はできている。今回の決断は松本さんがいなければできなかった」
瀬戸社長のこの言葉に尽きるのだが、瀬戸社長は松本構造改革担当の話を聞いた。それだけでなく、助言を聞き入れた。これは案外できるようでできないことである。
「(会社の)成長するという路線は、自信と確信を持ってやってきた。(松本さんの話を聞いて)困ったな、覚悟が必要。松本さんは愛情を持って接してくれて、話を聞かせていただいた。(松本さんは)変わっていかなければならない。(松本さんはM&Aを)止めるべきだ、と助言。(松本さんに会社に来てもらって)私自身もいまやるべきと決断した」
瀬戸社長が「自信と確信を持ってやってきた」というのだから、問題は先送りされるのが普通である。しかし、結果的に瀬戸社長は松本構造改革担当の直言を受け入れた。
瀬戸と松本のコラボは最終的に機能した
松本構造改革担当にとって大きな幸運だったのは、瀬戸社長が柔軟な思考を持ち合わせた経営者だったことである。話ができる、これは得がたいことだった。
話をしてもわからない経営者だったら、話すだけ大きなリスクになる。御身ご大切でスルーして、経営方針などに口を挟んでもまったく仕方がないということになる。
瀬戸社長は、そうした消極的姿勢をとる必要のない経営者だったということになる。これは二人の代表取締役、すなわち瀬戸社長、松本構造改革担当にとっても、RIZAPループにとっても、小さくないファクターである。
瀬戸社長と松本構造改革担当のコラボレーションは最終的に機能したといえる。
瀬戸社長は「構造改革をやるべきだったが、やっていなかった」ことを自ら認めている。その事実から歩を進めて、問題を先送りはせず構造改革に向き合うという方向に踏み出した。
「収益が出ている会社、出ていない会社・・・。(残すべき)事業に集中し、売却も行う。金山、銀山、銅山があるとすれば、どれを止めるべきか。収益を上げられない会社を止める」
RIZAPグループの危機、いまはまぎれもなく深刻な危機であることは間違いない。だが、仮に何事もなかったようにこれまでの経営路線を継続していたら、それこそ後戻りできない“本当の危機”に突入していたに違いない。
瀬戸社長の土壇場での決断といえば語弊もあるが、“本当の危機”はギリギリで避けられたかもしれない。株価の大幅な低落にみられるようにRIZAPグループは地の底に落ちた。“成長痛”というにはあまりに手酷い、辛い頓挫であるが、天が与えた厳しい試練と思うべきである。
ジャーナリスト・小倉正男