中国の研究開発投資は拡大の一途。それはさまざまなデータが示している。例えば、中国の国家統計局、科学技術部、財政部が2018年10月9日に共同発表した「2017年全国科学技術経費支出統計公報」によると、中国の研究開発支出額は、前年比12・3%増の1兆7606億1000万元(約28兆円)である。また、日本の文科省科学技術・学術政策研究所の「科学技術指標2018」を見ると、16年の日本の研究開発費総額は18兆4000億円で、対前年比マイナス2.7%。世界一は米国の51兆1000億円で、中国は45兆2000億円の第2位。いずれにしても中国は、次の時代を見据え、研究開発に力を入れている。これは製造業の高度化を目指す「中国製造2025」に基づく流れだが、化粧品分野の状況はどうなのか。日中化粧品国際交流協会(楊建中理事長)主催の国際交流イベントに出席した中国の化粧品研究者3人に語ってもらった。

一番左がOEMメーカー「诺斯贝尔(Nox Bellcow)」 邱晓峰 副总裁(副社長)、一番右が原料メーカー「南京华狮新材料有限公司(Sino Lion)」 汪昌国 技术总监(研究部長)、右から2番目が化粧品メーカー「广州巧美化妆品有限公司」张健 总工程师(研究部長)。真ん中は、日中化粧品国際交流協会の楊建中理事長。

近い将来、中国製品の品質は日本に追いつく

张健(化粧品メーカー研究部長) 化粧品の技術において、日本は世界をリードする存在だ。特に人の皮膚などの基礎研究は素晴らしい。それから基礎研究をベースにした新原理の開発、原料の応用なども中国の技術レベルは足元にも及ばない。化粧品研究の歴史が長い日本は、中国をはるかにリードしていると思う。しかし、中国のキャッチアップは速い。現に中国企業は研究開発投資を積極的に拡大している。我が社は売上比3~10%の範囲で投資するのが基本だが、最近は10%に近い水準が続いている。私は、中国の基礎研究はあと5~10年ぐらいで日本に追いつけるのではないか、と期待しています。

邱晓峰(OEMメーカー副社長) いや私は追いつけないと思っていますよ。日本の基礎研究に並ぶには20年、30年ぐらいはかかるのでは。それだけ日本の技術は最先端を走っています。というのは、化粧品は総合化学だからです。多彩な技術、皮膚のメカニズム、サイエンスの追求、処方開発における原料の選択など、いろいろなカテゴリーに気を配らなければいけません。基礎研究における日本と中国の差は、一朝一夕には埋まらないと思います。でも、製品づくりについては別。中国は、とても得意です。世界中のいろいろな企業、研究機関から知見を学び、それらを組み合わせて品質の良い最終商品をつくることは、短期間で日本のレベルに近づくことができる。中国は基礎は弱いが、応用は強いということです。

汪昌国(原料メーカー研究部長) 原料メーカーの視点でいうと、近年、中国企業の原料製造技術は高くなっていますが、高付加価値なものを生む力はまだまだ弱いと感じています。とはいえ、新しい分野なら中国は存在感を発揮できるかもしれない。携帯電話で例えると、世界を席巻したノキアは、スマホの登場による市場の変化、消費者ニーズの変化に対応できず、キャッチアップされた。化粧品市場でいうと、フェイスマスクがわかりやすい。中国市場では、日本と違って一つの重要なカテゴリーとして成り立っていますから、フェイスマスクに関する技術に絞れば、中国は日本と遜色がない。このような特定の分野ではリードしている部分が出てきたと感じています。

邱晓峰  確かに、中国のフェイスマスク市場において、日本ブランドの人気は高いが、売上上位には国産ブランドが並ぶ。フェイスマスクを毎日使う中国人とスペシャルケアの日本人では要求水準が違うからでしょう。中国人は、フェイスマスクに対する使用感をどんどん重視するようになっている。使用感とは、使いやすさ、心地よさ、そして即効性を感じられるかどうかなど多岐にわたる。それらを消費者が瞬時に理解しなければ、愛用者になってもらえない。この点の技術は中国の研究者に一日の長があるかもしれませんね。

中国の若手研究者は成長意欲が高い

张健 中国の化粧品技術を高めるのは、人材育成が鍵を握る。まず企業の話ではなく、中国の業界全体の教育の話をしますが、実は、中国の大学には、化粧品専門の研究者、皮膚専門の研究者などは数多くいます。また、化粧品業界での学術的な交流会、技術的な交流会は、日本よりも盛んに行われています。当然のことでしょうが、日本の場合、コンペティターと本音で語り合うことは難しいでしょう。しかし、中国の交流会では、とにかく盛んに率直な意見交換が行われているんです。それは企業の成長をスピードアップさせるために、政府が誘導しているから。例えば、広州市は、政府主催の交流促進会も開かれています。また大学と企業の共同研究も盛んで、日本以上の数があります。共同研究は政府主導ではありませんが、ほとんどの大学が公立なので、間接的に政府がサポートしていると言えるかもしれません。つまり、中国は日本に比べて研究者の数も多く、情報交換の場も多い。だから、中国の人材育成の仕組みは、日本よりも整っているかもしれません。

邱晓峰 政府のサポートがあるとはいえ、化粧品技術の発展を牽引しているのは企業です。中国企業は、欧米や日本の企業からトップレベルの技術者を顧問として迎え、技術指導を強化しています。中国の若者は、成長意欲がとても強い。最先端の情報を貪欲に吸収しようとする姿勢は、日本と違うところでは。

张健 我が社も外資系企業の経験者だけでなく、中国最高レベルの科学技術学術機関及び自然科学・ハイテク総合研究センター「中国科学院」の先生を顧問を迎え入れてから、研究者の成長が加速しています。でも、中国の化粧品業界は、次のステップに進まないといけません。他国、社外から人材を招き、研究者自身も国内外の学会、展示会に足を運び、先進的なやり方や考え方をつかめるようになってきましたが、これからは、それらを消化して、応用する力を身に付けなければいけない。これまでは、外で何が起きているんかさっぱりわからなかったのですが、最近の学会では中国人の姿を見かけるようになったでしょう?でも、そこで満足していたらダメということです。

邱晓峰 いま中国の若い技術者は、勉強の機会が多い。新しい知識を得て、自らのプロジェクトに応用し、新しい製品を開発する可能性は高まっています。実際、最近、中国で流行している化粧品は、若い人の発想から生まれている。だから、中国の化粧品業界は若い人重視でイノベーションを起こす方向に力を入れていますよね。

张健 中国の化粧品産業は、歴史が浅いから、若い人材が活躍できる場がたくさんある。我が社の若手社員も、日夜、文献を調べるなど、一生懸命働いています。でも、私が感じるのは、ゼロから1のイノベーションに挑む姿勢が足りないところ。これは中国の教育制度に関わるかもしれませんが、柔軟な思考を持つ新しい世代、もっと絞り込めば10代の若者が未来を切り開くのではないかと思っています。

邱晓峰 昔の人材は、上司の指示を待つだけだった。上司のいうことを素直に聞くことが当たり前だった。でも、今の若者は自分の意見を率直にいう。上司に対しても、チャレンジする姿勢が強くて頼もしい。交流会や学会でも、質問する若者が増えている。彼らは間違えることを恐れないし、コミュニケーション能力も長けているから、研究部門の枠から飛び出て、事業部門との連携もスムーズ。研究成果をビジネスに落とし込むのも上手い。今後、中国の若い研究者がイノベーションを起こすと、希望を持っています。

张健 若者にも弱点はある。例えば、経験が不足しているから、非効率に陥りがち。自分の考えに固執して、仕事の結論を出すのに3倍以上の時間をかける場合がある。そこは経験豊かなシニア層がサポートしなければいけないと思います。

日本の情報発信は欧米に負けている

张健 中国市場のグレードアップを考え、特に新しい原料、有効成分は、基礎研究・安全性確認などで豊富な経験を持つ日本の企業、団体との協力関係を築いていきたいし、築かなければいけないと思う。日本が持つバイオの知見などにも興味がある。中国の化粧品市場は拡大するから、日本企業にはどんどん入ってきてほしい。

汪昌国 技術面ばかりではなく、化粧品研究のあり方についても、日本はアジアをリードできる存在では。

张健 例えば、動物実験への対応について、中国の取り組みは世界から一歩も二歩も遅れている。代替法の研究などは、これまで欧州などからたくさんの学びを得てきたが、日本の研究開発も進んでいる。近い将来、中国の特殊化粧品の規制緩和が進み、動物実験が不要になるはずだから、一般論としての研究方法、評価方法などの学びを得たい。

汪昌国 課題は、日本と中国のスピード感、仕事の進め方を調和させることでしょう。

张健 中国は、安全性などの基準づくりが遅れていたから、欧州をベースに構築してきたが、依然として不十分な点があります。例えば、中国では8700種類しか新原料に使えない。しかも新原料の審査がなかなか通らず、市場活性化の妨げになっている。だからこそ、日本の安全の考え方、評価方法などの情報をシェアしてもらいたい。中国側の理解が深まれば、化粧品の基準づくりに新しい風が吹くはずだ。

邱晓峰 欧米は、成分分析会社の営業担当者などが中国に足を運び、積極的に宣伝しているんです。欧米の事例を中国でスタンダードにすれば、欧米企業のビジネスチャンスが増えますからね。残念ながら、日本企業は、このような活動を行っていません。だから、中国の化粧品研究者は、欧米の情報に触れる機会が多い半面、日本の情報に疎くなりがちで、改善すべき点だと思います。

张健 日本企業が国内向けに技術発表しているところを見ると、もっと日本の化粧品業界全体がアジアの化粧品市場で影響力を発揮することを強く意識することが必要だと思います。せめて、情報は、日本語だけでなく、中国語や英語でも情報発信してほしい。それは日本の新原料や製品の登録などに有利に働くと思う。

汪昌国 それもあるのか、我々がベンチマークしている日本メーカーは資生堂のみ。日本の化粧品は中国人にとって身近な存在になっているので、より多くの企業を参考にしたいのですが、やはりグローバルの影響力を考えると、フランスのロレアルなどが外せないからです。

(協力:日中化粧品国際交流協会)