「同じ過ちは繰り返さない」とコーセー幹部が呟いたのは、2018年11月29日に行われた中国進出30周年記念式典「China KOSÉ 30th Anniversary Ceremony 2018 in Beijing」を終えた直後。その眼差しには、成長著しい中国ビジネスに慢心しない決意が宿っていた。

記念式典の模様:https://wp.me/pacadT-3IJ

中国進出30周年記念式典

コーセーの中国ビジネスは成長期を入っている。そのけん引役は、ハイプレステージブランド「コスメデコルテ」。19年3月期の売上高は600億円超で、海外売上比率は35%になると発表しているが、上振れしても不思議ではない勢いを見せている。

海外市場でのターゲットは、世界中を飛び回る中国人。中国市場でブランドの認知拡大を進めると、トラベルリテールや日本国内のインバウンド需要など、世界中の顧客接点が連動。それが全体の業績を引き上げている。コーセー中国の堀田昌宏総経理は「中国を2倍、3倍と急激に伸ばさなくとも、トラベルリテールやインバウンドが成長し、全体で業績が高まれば問題ない」と話す。国単位で戦略を練るのではなく、世界を俯瞰した戦略を策定。それが順調に回っていることが、堀田総経理の言葉からうかがえる。

18年11月にフランス・パリでグランドオープンした欧州初のコンセプトショップ「Maison KOSÉ」

当然、中国内の「コスメデコルテ」も好調だ。店舗数は18年12月現在で18店舗。そのほとんどは百貨店カウンターだが、サロン併設型にこだわっている。コーセーが重視するのは、化粧品の特徴、使い方を伝えるカウンセリング販売と、日本で磨き抜いた手による施術。それが中国の富裕層を虜にし、ラグジュアリーコスメブランドの一つとして認知が拡大している。

コスメデコルテのカウンター①(北京)

コスメデコルテのカウンター②(北京)

実際、中国の売上げは、最高級ライン「AQ」の構成比が高い。堀田総経理は「中国における中核ブランドは『コスメデコルテ』と『雪肌精』の高付加価値シリーズ『雪肌精MYV』。それぞれの認知度を10倍にしたら、トラベルリテール、インバウンドを含むと、とんでもない数字になる」と成長加速を狙う。

最高級ライン「コスメデコルテ AQ」の高機能化粧品「クリーム アブソリュート X」

とはいえ、19年中の店舗展開は30店舗までの予定。コーセーによると、中国の都市は人口100万人以上が230を超え、500万人以上が90前後といわれている。500万人以上の都市が東京のみの日本に比べ、出店余地は多い。「コスメデコルテ」の出店を抑制しすぎているように感じるが、コーセーはブランド価値の毀損を招かないよう、厳しすぎるほどの選択と集中を自らに課している。そこには過去の経験からの学びがある。ラグジュアリーブランドの育成を急ぐと、落とし穴にはまることをよく理解しているのだ。

コーセーの中国進出は1988年にさかのぼる。中国政府の外資規制が敷かれるなか、杭州の国営化粧品企業と合弁で起業し、中国専用ブランドを展開。95年以降、中間所得者層の増加による化粧品市場の拡大と規制緩和に伴い輸入販売を開始し、「雪肌精」を導入、2003年からコーセー化粧品として活動スタートし、富裕層の増加を受けて09年に「コスメデコルテ」導入したが、コーセーは売り場の拡大を急ぎすぎた。巨大消費市場の潜在成長力を目の当たりにし、目先の売上げを重視。様々なブランドの商品が並ぶコーセーカウンターが増え、ブランド訴求が頭打ちに。さらに1店舗あたり採算性が著しく低下。ピーク時の店舗数は250超で、オーバーストア状態に陥った。

転機は11年に訪れる。小林一俊社長の号令で、コーセーの活動理念「良い商品を、良いお店で、きちんと売る」に立ち戻る構造改革に着手。中国の迎賓館にアジア各国からKOLを招き、盛大な発表会を開催。「コスメデコルテ」のリブランディングを印象付けた。

中国進出30周年記念式典で挨拶する小林一俊社長

それを皮切りに、中国の売り場のスクラップ&ビルドを加速し、現在のコーセーカウンター数は100店規模に集約。その一方で、ブランドの世界観が際立つ「コスメデコルテ」の専用カウンターを展開。いまや欧米、アジア、トラベルリテール、どこに足を運んでも、「コスメデコルテ」のカウンターは同じ世界観だ。グローバルに動く中国人へのブランド訴求力は年々高まっている。

そして日本の高級ブランドならではのカウンセリングサービスを提供するために、百貨店カウンターは30平米以上を基準に展開しているのも特徴の一つ。ブランドの存在感が高まり、百貨店側との交渉力が高まっていることを示している。同時に、カウンセリング販売の質を強化し、ターゲットの富裕層の来店を促し、信頼関係を深めている。各地の有力百貨店にカウンターがあること。そして質の高い接客・カウンセリングサービスが相乗効果を発揮し、「お客様からの信頼を生んでいる」(堀田総経理)という。アジア事業の責任者・仁尾智行執行役員が続ける。

「ブランド価値を磨き、それをお客様に伝える。その取り組みを着実に積み重ねることで、売上げはついてくる。今後も戦略がぶれることはない」

この自信の源は、現地美容部員のレベルアップに手応えがあるからだろう。「China as NO.1  Counseling Service」を合言葉に、コーセー中国は、日本からの美容教育を強化。メイクアップ技術の成長は著しく、コーセーが毎年行う「EMBコンテスト」において中国人スタッフの入賞が続いている。そして昨今はスキンケア技術も向上。「美容部員のレベルはかなり高い」と堀田総経理は胸を張る。

もう一つ、デジタル化がもたらす中国生活者の二極化への対応にも余念がない。次の消費の主役である1985以降生まれの若者は、生粋のスマホ世代。クイックで購入できるEコマースを好む世代の争奪戦が高級ブランド間で巻き起こっている。そこで「コスメデコルテ」は、18年にTmallに旗艦店を設置。高価格帯の「AQ」は販売せず、エントリーラインを軸に展開。Eコマースを若年層にアプローチするツールとして活用している。

コスメデコルテのTmall旗艦店(19年1月10日現在)

さらにコト体験重視の若年層を呼び込むため、18年9月~11月に広州・上海・成都で「KOSÉ BEAUTY EXPO(CHINA)」を実施。ブランドの世界観を体感できるブースやデジタル機器によるメイクシミュレーションの試用コーナーを設置した。来場者数は、広州(9月6日~9日)、上海(10月12日~25日)、成都(11月8日~11日)の3エリアで4万人を超し、大盛況だった。このうち70%が1985年以降生まれのミレニアル世代、Z世代だったという。会場では売り場に足を運ぶとサンプルがもらえるチケットを配布。上海では大丸と伊勢丹のカウンターに約5000人が訪れた。

「ブランドコミュニケーションは、オンラインとオフラインをバランスよく融合することが大事。18年11月11日の『独身節』では、百貨店カウンターも、Eコマースも売上目標を突破。ブランドの認知拡大に伴い、月商1億円超の百貨店カウンターが複数生まれてきた」(堀田総経理)

とはいえ、中国における「コスメデコルテ」の認知度を地域別に見ると、課題が浮き彫りになる。トップは北京だ。北京SKP、北京双案、北京汉光と有力百貨店にカウンターを展開しているから。逆に、認知度が低いのは華南地域で、今後の最重要エリアになる。

北京市内での広告①

北京市内での広告②

というのは、18年9月23日に中国本土と香港を結ぶ「広深港高速鉄道」が全線開業し、10月24日に中国広東省、香港、マカオを結ぶ海上橋(自動車専用道路)が開通した。中国政府は、広東省、香港、マカオを巨大な経済圏とする「粤港澳大湾区(グレーターベイエリア)」構想を推進。三菱UFJ銀行の中国月報によると、広東省珠江デルタ地域の九つの都市(深圳、東莞、恵州、広州、肇慶、仏山、中山、珠海、江門)と香港、マカオから構成される都市圏で、中国全体のGDPの8分の1を占める。今後の目標は、30年までにGDP規模でニューヨークを追い越し、世界一のベイエリアになることだという。

当然、「粤港澳大湾区」の化粧品市場も活性化するため、コーセーは「コスメデコルテ」中心で攻める考えだが、そのポイントは同社初の海外進出地である香港との連動。コーセー香港の「コスメデコルテ」の業績は右肩上がりで、大半が香港人以外による購買だからだ。「19年は広州EXPOも継続開催。地下鉄から街中まで広告をジャックする。これまで学んできた中国国内で話題を喚起するノウハウを活かしていく」と堀田総経理は意気込む。

コーセーのブランド戦略の大転換を支えたのは、10年に国際事業部長に就いた小林正典常務取締役。現在はマーケティング本部担当で、国内外のブランド戦略を指揮している。コーセーの戦略が崩れないのは、経営層から現場まで同じコンセプトで考え、動くから。18年に迎えた中国上陸30周年は単なる通過点で、日本発の高級化粧品ブランドとして地位を固める動きを強めている。