(連載記事は18年8月7日〜8月14日に配信)

社員の意識を変えた「三つの悔しさ」

「うちは危機感も、スピード感も全然足りない」。コーセーの小林一俊社長が幹部社員に檄を飛ばしたのは、シワ改善美容液市場への対応に遅れたからに他ならない。先行するポーラ、資生堂の背中を追えない状況に、トップが危機感を募らせたといえる。

長らく日本でシワ改善に対処できたのは医療のみ。化粧品での表現は「乾燥による小ジワを目立たなくする」に限定されていた。医薬部外品でも、美白、肌あれ、ニキビなどへの効能表現はあったものの、「シワを改善する」は認められていなかった。

ここに風穴を開けたのがポーラ。2016年11月17日、日本で初めてシワを改善する薬用化粧品「リンクルショット メディカル セラム」(医薬部外品)を発売すると発表。翌17年1月1日に販売が始まると、17年12月期第1四半期だけで売上高は約60億円に到達。早くも年間売上目標を上方修正した。

突如、現れた成長市場。業界トップ、資生堂の対応は驚くほど速かった。17年4月20日、シワを改善する薬用クリーム「エリクシール シュペリエル エンリッチド リンクルクリーム S」(医薬部外品)を発表。しかも発売日は6月21日と異例の速さ。「化粧品業界の常識として、ポーラの次は秋冬商戦だと思い込んでいた」(コーセー幹部)ことからコーセー社内に動揺が広がった。

コーセー初のシワ改善美容液「iP.Shot アドバンスト」(医薬部外品・発売は9月16日)が発表されたのは18年6月6日。同年7月3日に薬用シワ改善クリーム「ONE BY KOSÉ ザ リンクレス」(医薬部外品・発売は10月16日)を発表し、価格帯・ターゲット層が異なる商品を矢継ぎ早に打ち出した。しかし、ポーラに遅れること、1年半以上。「これほど後手に回ったことは記憶にない」とコーセー幹部は明かす。

未知の領域を切り開いたポーラのチャレンジ精神、資生堂のスピード対応を見て、小林社長の胸中は穏やかではなかったはずだ。コーセーが17年5月に開いた17年3月期の決算会見で、記者の質問がポーラ、資生堂への対抗策に集中するのは火を見るよりも明らかだった。会見で小林社長は「シワの悩みにはハイプレステージブランド『コスメデコルテ』、特に『iP.Shot』(ハリとツヤを与える高機能エイジングケア美容液)の効能効果で十分に対応できる」と説明。これについてコーセー幹部は次のように振り返る。

「ポーラと資生堂に先手を打たれたのは事実。記者会見で苦しい言い訳をさせてしまったのは、悔しいとしかいいようがない」

ポーラ、資生堂に先行されたこと。社長に叱咤激励されたこと。社長に苦しい説明をさせたこと。これらの悔しさはコーセー社内の雰囲気を変えた。後発だからこそ、先行2社を上回る商品価値をつくらなければいけない。佐々木一郎商品開発部部長は「組織が一致団結して高いハードルに挑んだ」と説明する。