常識から抜け出せず、落とし穴にはまる

「僕はポーラさんをリスペクトしています」。コーセー商品開発部の佐々木一郎部長の言葉の裏には悔しさが滲む。それだけシワ改善美容液市場の動きは、想定外の連続だった。

佐々木部長は研究所の出身。女性が日常生活で感じる不満、不便を捉え、それを解消するための研究が理想だと信じている。そのスタンスは4年前に現職に就いても変わらないが、ポーラのシワ改善美容液「リンクル ショット メディカル セラム」の登場で、自身が「常識の罠」に陥っていたことを痛感する。

ポーラは、シワの原因の一つが「好中球エラスターゼ」であることを発見。それを抑制する独自の有効成分「ニールワン」を真皮に届けることでシワを改善する仕組みを採用している。医薬品医療機器等法によると、化粧品は「人体に対する作用が緩和なもので、皮膚、髪、爪の手入れや保護、着色、賦香を目的として用いられるもの」である。佐々木部長は次のように話す。

「真皮に働きかけることは、化粧品業界にとって非常識。真皮でシワを改善するポーラさんの発想自体、僕たちには考えられないことだった」

数年前のことだ。コーセーの小林一俊社長は社員に「ベンチャー企業の斬新な取り組みは、亜流だと決め込んでいないか」と投げかけたことがある。コーセーの業績は右肩上がりで伸びているが、過去の延長線上の取り組みでは、どこかで行き詰まるのではないか。そこに小林社長の強い危機感があった。当然、佐々木部長も常識にとらわれず、未知の分野に挑戦しようと意識を新たにしたものの、それが実践できていなかったことをリンクルショットの登場で思い知った。

というのは、リンクルショットのテクスチャーも、コーセーにとって想定外だった。「化粧品を使用した直後に効果感を感じさせる品質設計を重要視する」(佐々木部長)コーセーからすると、リンクルショットは、肌の上で伸ばすというより、気になるシワに塗り込むイメージ。発売直後で「ニールワン」の効能効果は把握していなかったとはいえ、「初めて実物に触ったとき、(日本初という)話題性で新客はとれるが、どこかで伸びが鈍化するのではないかと思った」と佐々木部長は話すが、結果は真逆。17年12月期のリンクルショットの売上高は約130億円と好調に推移したのだ。

一方、資生堂のプロモーション戦略も、佐々木部長にとって想定外だった。「エリクシール シュペリエル  エンリッチド リンクルクリームS」の発売と同時に始めた「表情プロジェクト」は、シワ改善の技術を使って、女性が持つ豊かな表情を引き出すのが目的。これにより商品価値は、エイジングケアの範疇を超えた。佐々木部長は次にように振り返る。

「当時、資生堂さんの取り組みには、素直に『やられた!』と思いました。だから、僕らは、豊かな表情の先には幸せがあると考え、コーセーらしいシワ改善を提案しようと試行錯誤を繰り返した。文字通り、背水の陣を敷きました」