ロート製薬は、統合経営ビジョン「Connect for Well-being」のもと、植物がもつ多様な機能や生命維持の仕組みに科学的にアプローチする「フィトサイエンス構想」を推進している。自然界に存在する多様な資源の可能性を科学的に解明し、人々のウェルビーイング向上に役立てる研究開発を進めている。
三重大学との共同研究(研究代表者:大学院地域イノベーション学研究科 西村訓弘教授、研究担当者:大学院医学系研究科・ゼブラフィッシュリサーチセンター 島田康人講師ら)にて、伝統的薬用素材である冬虫夏草(Hirsutella sinensis菌糸体〈ヒルステラ シネンシス菌糸体〉)に神経突起の伸長促進、抗不安作用、学習機能向上作用があることを明らかにした。
神経は、中枢神経系における情報の伝達・処理を行う重要な細胞であり、加齢や酸化ストレスなどにより神経突起が退縮すると、認知機能の低下、感覚器の機能低下、不安やうつなど、精神的健康の悪化を引き起こすことが知られている。また、中医学で伝統的に滋養強壮、疲労回復などで食養生から医療まで広く知られている冬虫夏草は、免疫調整や抗酸化作用など多様な生理活性が報告されているが、中枢神経系への影響については十分な科学的エビデンスがなかった。そこでロート製薬は、三重大学西村教授、ゼブラフィッシュリサーチセンター島田講師らと共に、冬虫夏草の機能性を多角的に検証した。
インド原産のゼブラフィッシュは、哺乳類と共通する神経伝達経路を有し、行動特性の解析に適したモデル動物として、近年その有用性が世界的に注目されている。「新規水槽試験」は不安行動を評価し、「能動回避試験」は学習・記憶を簡便かつ高精度に評価できる方法であり、創薬や機能性素材の研究において重要なツールとなっている。
同研究では、冬虫夏草エタノール抽出物を、神経細胞への分化で使われるPC12細胞に添加して評価したところ、神経突起伸長が促進されることを確認した(図1)。また、冬虫夏草をゼブラフィッシュに4週間投与し、その後の新規水槽試験により行動変化を評価したところ、上層への移動頻度の増加や行動開始までの時間短縮が確認され、不安様行動の軽減が示された(図2)。同様に、冬虫夏草をゼブラフィッシュに4週間投与し、学習・記憶の評価法で確立されている能動的回避試験で評価したところ、学習させた刺激を受ける前に回避した回数および刺激を受けた後に回避した回数を合算させた総合スコアの改善が確認され、学習機能の亢進が認められた(図3)。これらの結果より、冬虫夏草が中枢神経系機能をサポートする可能性が示唆された。

図1:PC12細胞に対する神経突起進展への影響
PC12細胞に対する神経突起進展への影響を調査した試験ではラット副腎褐色細胞腫由来PC12細胞に神経成長因子(NGF)と冬虫夏草のエタノール抽出物(0、10、100ミリグラム/ミリリットル)を作用させ、神経突起伸長を誘導した。分化誘導5日目の分化した細胞数の割合(左グラフ)と神経突起の長さ(右グラフ)を定量化した。冬虫夏草(CS)抽出物100ナノグラム/ミリリットル投与群では分化細胞数と神経突起長が有意に(p<0.0001)増加しており、冬虫夏草による神経分化促進作用が示された(三重大学実施)。

図2:不安行動指標の評価結果
不安行動指標の評価を調査した試験ではゼブラフィッシュの成魚を2群(投与なし、冬虫夏草含有餌投与)に分け、各乾燥試料粉末を体重1キログラム当たり400ミリグラム相当量を4週間経口投与させた(ヒトでは1グラム/日、マウスへのHED換算では400ミリグラム/キログラム体重であり、ゼブラフィッシュにも同量とした)。その後、飼育水槽から新規水槽に移したのち5分間の水泳パターンを動画撮影し、水槽上部に到達するまでの時間、水槽上部に移動した回数、水槽上部に滞在した時間を測定した。実験に使用した個体数は各群8匹、統計解析はスチューデントのt検定を用いて有意差(*p<0.05,**p<0.01)を算出した(三重大学実施)。

図3:学習機能(能動的回避試験)の評価結果
学習機能(能動的回避試験)の評価を調査した試験ではゼブラフィッシュの成魚を2群(投与なし、冬虫夏草含有餌投与)に分け、各乾燥試料粉末を体重1キログラム当たり400ミリグラム相当量を4週間経口投与させた(ヒトでは1グラム/日、マウスへのHED換算では400ミリグラム/キログラム体重であり、ゼブラフィッシュにも同量とした)。その後、二室式水槽を用い、試験魚が不在の区画に緑色光を照射し、所定時間内にその区画へ移動しない場合に刺激を与える。光のみで回避できた場合を「完全回避」として2点、光照射後に刺激を受けてから回避した場合を「刺激後回避」として1点とし、これを連続50試行実施して学習能力を評価した。実験に使用した個体数は各群8匹、統計解析はスチューデントのt検定を用いて有意差(*p<0.05,**p<0.01)を算出した(三重大学実施)。
同研究は、加齢やストレスなど様々な要因により神経突起が退縮し、情動や認知のバランスが乱れることが心身の健康を損なう一因であることに着目し、伝統的薬用素材である冬虫夏草の神経機能サポート効果を科学的に検証したものである。その結果、冬虫夏草に神経突起伸長、抗不安、学習機能向上という複合的な作用があることが確認され、「こころ」と「からだ」の健康を支える中枢神経系の維持に寄与する可能性が示された。また、古くから伝承されてきた天然素材の知恵を、現代科学により再評価することで、加齢による神経変化やストレスに起因するメンタル不調といった社会的課題に対して、新しいエビデンスに基づくアプローチを提示することができた。
同成果は、神経の健康を軸としたウェルビーイングの実現に向けて、科学的根拠に基づく素材開発や製品設計、さらには予防・未病ケアの発展に貢献することが期待される。
今回の研究は、三重大学とロート製薬が2018年に締結した共同研究の成果の一つである。同研究は、地域との協働による社会課題の解決と資源活用の取り組みから派生したものであり、科学的根拠に基づく素材価値を創出し、人々のウェルビーイングの実現へ貢献することを目指す。






















