ポーラ・オルビスグループの研究・開発・生産を担うポーラ化成工業は、2025年9月15~18日にフランス・カンヌで開催される第35回IFSCC世界大会のポスター発表部門において、汗に強く心地よい理想の日焼け止め剤開発に成功した研究成果を発表する。
日焼け止めは、シミ・シワなどの光老化や皮膚ガン予防の観点からも重要視され、感触と機能を両立した製品・技術は、世界的にも関心を集めている。
発表論文は「ファイバー乳化で進化した究極のO/W日焼け止め 〜先端OCT技術で可視化する他に類を見ない性能〜」。英文名は “The ultimate O/W sunscreen by means of “fiber emulsification”~Visualization of its unsurpassed performance through advanced OCT technologies ~”。
IFSCC世界大会は、世界中の化粧品技術者・研究者にとって最も権威のある学会で、最先端の化粧品技術が披露される。応募論文はIFSCCの厳正な審査を受け、選ばれたものだけに発表が許される。
日焼け止めに対する代表的なニーズは、みずみずしい使用感と、汗や水に強い耐久性の両立だが、これらを真にかなえる技術はまだ確立されていない。例えば、オイルベースの日焼け止めは、撥水性に優れる一方で、使い心地に難があり、ウォーターベースでは、一般的に使用感が良くなるほど、汗に弱いという欠点があった。
この課題に対し、ポーラ化成工業では、OCT技術を活用して日焼け止め膜の剥がれを可視化する技術を開発するとともに、剥がれメカニズムの解明に取り組んできた。OCT(Optical Coherence Tomography:光干渉断層撮影)とは、光の干渉を利用して、ものの表面や内部を断面画像で見る技術だ。目や血管、肌などの微細な構造を高い解像度で観察でき、病気の早期発見や診断に役立てられている。超音波を使うエコー検査のようなイメージで、内部の様子を痛みなく詳細に知ることができる点が特徴だ。
ポーラ化成工業では横浜国立大学と共同でOCT技術を独自に改良し、肌表面の日焼け止め膜の断面観察に適用した(図3)。
ウォーターベースが汗に弱いのには二つの理由がある。
① 水にふやけやすく、汗に溶け出す(溶解型)、あるいは膜がちぎれ浮き上がる(分裂型)
② 肌への密着不足により、膜ごと剥がれる(脱離型)
同研究では、新たな素材の特性を活用することでこれらの課題を克服する技術革新に成功した。
対策①:膜のふやけを抑制
従来の界面活性剤に代わり、微小サイズに加工された竹由来のセルロースファイバーを用いた「ファイバー乳化」技術を確立(図1)。この技術により、みずみずしい塗り心地でありながら、塗布後は汗でふやけない撥水膜へと変わる(図2)。
対策②:肌への密着性を強化
ファイバー乳化のみでは、肌への密着性は不十分だった。そこで化粧品に一般的に用いられる成分の一つを密着補助として活用。これにより、膜が肌にしっかりと密着し、汗でも剝がれにくくなった。
完成した日焼け止めは、高い耐久性と紫外線カット効果の持続性を兼ね備えている。さらに、実使用テストでも心地よい使用感が得られることを確認した。
竹由来のセルロースファイバーは、製紙メーカー中越パルプ工業が生み出した、地域共生型の未来素材だ。鹿児島県を中心とする九州圏内の企業・公共団体との連携により集めた竹材をもとに作られており、放置竹林問題の解決と地域産業の活性化を両立している。 このファイバー素材は、強靭さとしなやかさを併せ持つことが特徴で、農業資材をはじめ、樹脂やゴムなどの産業資材から電子機器や日用品までの幅広い分野において、さまざまな用途で活用が広がっていた。
ポーラ化成工業のテクニカルディベロップセンターでは、異分野融合のものづくりを志向する中で、この竹由来セルロースファイバーに着目。その特性をうまく化粧品開発に応用し、安定かつ高い機能を持たせることのできる乳化方法を突き止めた。
竹は成長が早いことから、放置竹林の生態系への影響や、農業・林業への被害が問題視される一方で、持続可能な原料としても期待されている。今後、竹由来のセルロースファイバーの化粧品での活用がさらに進むことで、放置竹林問題の解決や、地域産業の活性化など、環境と経済が調和した新しい循環モデルに貢献できると考えている(図4)。
ファイバー乳化により、みずみずしさと撥水性を獲得したが、肌への密着性は弱く、塗った日焼け止めが汗で剥がれて浮いてしまうことが分かった。そこで、日焼け止め成分の一つである”脂肪酸”の種類と配合率を細かく調整し、密着性への影響を検証。最適な配合率を見いだした。これにより、ついに疑似汗で剥がれない日焼け止めを作ることに成功した(図5)。
新たに開発した日焼け止めは、当然ながら紫外線カット効果が一定時間維持されることが確認(水に80分間漬ける条件)できているとともに、石鹸で簡単に落とせることも大きな特徴だ。
また他にも、こうした高い密着性を持つことのメリットとして、学校現場で、日焼け止めによるプールの水質悪化を防ぐことが期待されたり、日焼け止め成分の海洋流出によるサンゴ礁の被害を防ぎ、サンゴ保護の有効な手段となりうる可能性も考えられる。
専門評価者50名により、使用感を評価するテストを行った。その結果、98%の評価者がファイバー乳化の日焼け止めの方が、界面活性剤乳化の一般的な日焼け止めと比べ、良い使用感であると評価した(図6)。
みずみずしさが圧倒的に高評価である理由として、水ベースの処方であることに加え、従来型の日焼け止めでべたつきの原因になっている成分(例えば、界面活性剤やウォータープルーフ処方で用いられるポリマー〈被膜剤〉など)の配合を、大幅に削減できたことが考えられる。
ポーラ化成工業では、ユニークな性質を持つファイバー乳化技術を今後もさらに進化させ、新たな技術開発に取り組む。