ポーラ・オルビスグループの研究・開発・生産を担うポーラ化成工業は、毛の根元周辺では歳を重ねても真皮が再生されていたことに着目し、二つの知見を見出した。
①毛の根元の細胞から分泌される因子「プレイオトロフィン」が、周辺の細胞群に働きかけ、真皮を再生に導く
②植物と海藻の複合エキスが、プレイオトロフィンの働きを高める
本研究により、プレイオトロフィンが、ヒトの皮膚内で起こる日常的な皮膚再生の鍵因子であることが明らかになった。これは、これまで研究が進んでいなかった、人の手による皮膚再生の実現につながりうる知見だ。成果の一部は、2025年5月7日~10日に開催される米国研究皮膚科学会で発表する(「Pleiotrophin-mediated improvement of collagen fibrous structure leads to dermal regeneration」 Society for Investigative Dermatology 2025)。
ヒトの再生能力は非常に限定的で、皮膚を傷跡なく作り直すことは困難だ。またヒト真皮のコラーゲン線維は、加齢に伴い量・質ともに低下していく。
一方、毛の生え変わりに応じ、皮膚の中の毛包(毛の根元を包む皮膚内部の構造)はダイナミックに伸び縮みを繰り返している。その過程で毛包が短く縮んでいく期間でも、毛包があった場所に傷や空洞ができてしまうことはなく、新しい真皮で埋められていくように見える。このことから、毛包が縮む退行期の毛の根元周辺では、毛包のない領域と比較して、真皮の再生が盛んであるという仮説を立てた。
実際に毛の根元周辺を観察してみると、高齢のヒトの真皮でもきめ細かいコラーゲン線維が詰まっており、若いヒトの真皮と似た状態であることが認められた(図1)。
つまり、毛包があった場所には新しい真皮が盛んに作られている可能性があると考えられる。そこでポーラ化成工業は、そのメカニズムには真皮再生のヒントが隠されていると考え、理化学研究所と共同で、毛の根元周辺で起こる真皮再生の仕組みを解き明かす研究を進めてきた。
共同研究では、毛包の周りの細胞一つ一つがどのような遺伝子を発現しているかを集めたデータベースを構築し、発生(受精後に組織や器官ができていく過程)や再生との関与が報告されている分泌因子「プレイオトロフィン」が発現していることを見出した(「Single-cell transcriptome atlas of adult human skin tissue regeneration during the hair cycle」 International Symposium on Skin Stem Cell Dynamics 2023。プレプリント論文公開中:http://dx.doi.org/10.2139/ssrn.4690956)。ポーラ化成工業はこれに着想を得て独自に研究を発展させ、プレイオトロフィンが毛の根元の細胞から分泌されることや、真皮再生につながる現象を促していることを見いだした。プレイオトロフィンは、毛の根元周辺で起こる真皮再生において中心的役割を果たす可能性がある。
この仕組みを真皮全域に波及させると、真皮構造を根本的に作り替える方策につなげられる可能性がある(図2)。そこでプレイオトロフィンの働きを高めるエキスを探索し、シストセイラタマリシホリアエキスとナギイカダ根エキスの混合物にその効果を見いだした。
本研究の知見は、組織再生の理解に新たな視点を提供できると期待している。
毛が成長し、抜け落ちるまでの一連のサイクルを毛周期と呼ぶ。このサイクルは主に、休止期、成長期、退行期という三つの段階に分かれている。毛の根元に存在する毛包は、成長期に真皮深部まで伸長し、退行期には短く縮む(図3)。
毛の根元周辺では、なぜ盛んに真皮を再生できるのか。その理由として、毛の根元周辺では、真皮の再生能力を高める指令役を担う因子が分泌されているのではないかと考えた。
そこで、理化学研究所と共同で構築したデータベースから、指令役を担う因子の候補を探した。このデータベースは、毛包周囲に存在する細胞一つ一つの遺伝子発現情報を集めたものだ。そこから、発生や再生との関与が報告されている分泌因子プレイオトロフィンに着目し、毛の根元での発現を確認した。
皮膚組織でプレイオトロフィンを染色してみると、毛の根元に存在する毛包角化細胞において、退行期になると発現することが分かった(図4)。
これを受けて、次に、毛包角化細胞から放出されたプレイオトロフィンが、周囲の細胞群へ届き、真皮再生に向けて指令を与えている可能性を検証することにした。
真皮再生のためには、主な構成成分であるコラーゲンなどの細胞外マトリックスの再構築が必要だ。そこで再構築の役割を担う線維芽細胞に対してプレイオトロフィンを添加し、影響を調べた。
培養実験の結果、プレイオトロフィンの添加により、細胞間の情報伝達を担う分泌因子群の産生が高まることが分かった。細胞外マトリックスの分解や構築を担う遺伝子群の発現も高まっていた(図5)。
このことから、プレイオトロフィンは線維芽細胞に働きかけ、線維構造の作り替えに働き、さらに、分泌因子を介して周囲の細胞種にまで働きかけていると推測できる。
真皮再生のためには、栄養の供給も必要だ。そのためには血管を張り巡らす必要があることから、プレイオトロフィンが血管の新生に及ぼす影響を検証した。血管内皮細胞にプレイオトロフィンを添加すると、形成された管の長さの総和と、分岐点の総数が増加した(図6)。これによりプレイオトロフィンが血管新生を促すことが示された。
また真皮再生のためには、細胞が正常な機能を発揮する組織環境を整えることも重要だ。そのためには、不要な細胞や物質を組織から取り除かなくてはいけない。そこで活躍するのが、白血球の一種であるマクロファージだ。マクロファージは自らの内側に異物を取り込み、除去する(貪食)。そこで、マクロファージの貪食能に対するプレイオトロフィンの影響を検証した。マクロファージに、異物としてビーズを与える実験を行ったところ、プレイオトロフィン存在下では、マクロファージに取り込まれたビーズの数が有意に増加し、貪食能が高まっていることが示された(図7)。
プレイオトロフィンを調べたことにより、プレイオトロフィンが真皮再生に紐付くさまざまな現象を誘導することが分かってきた。そこで次に、プレイオトロフィンが多い真皮では、コラーゲン線維構造の状態が良くなるのか検証した。
検証には、組織内の細胞が反応性を維持している新鮮な皮膚片を用いた。皮膚片をプレイオトロフィン存在下で7日間培養すると、縮れて質の低下した線維構造が減り、代わりにきめ細かい線維の新生が認められ線維密度も高くなっていた(図8)。
真皮構造が顕著に改善していたことから、老化に伴う真皮コラーゲン線維の構造的な劣化に対し、プレイオトロフィンが改善に寄与する可能性が示された。
プレイオトロフィンの働きを真皮全域に波及させると、真皮構造を根本的に作り替える方策につなげられる可能性がある。そこで、毛包角化細胞に性質が近く、毛包以外にも広く分布する表皮角化細胞(表皮細胞)を用いて、プレイオトロフィンの分泌を促す成分、そして線維芽細胞におけるプレイオトロフィン受容体の発現を高める成分を探索した。
その結果、シストセイラタマリシホリアエキスとナギイカダ根エキスの混合物が有効であることが分かった(図9)。