いま世界のビューティー業界では、「ハイパーパーソナライゼーション」という言葉がキーワードになっている。画一的に生産された製品を大量販売するのではなく、顧客個人のニーズや好みに合わせてカスタマイズされた製品を提供するというものだ。背景にあるのは、診断技術の向上と、AIなどの発展によって膨大なデータを分析し、各人に最適な成分の配合を判断するのが容易になったことがある。最適な製品によって顧客の悩みをすぐに解決できれば、その満足度は一気に高まる。

英市場調査会社ユーロモニター・インターナショナルの2021年の調査では、全世界の回答者の約半数が「自分のニーズに特別に合った製品を好む」と答えている。この傾向が特に強く見られるのはミレニアル世代とZ世代だ。各人に最適な製品を提供することで、顧客層を拡大できる可能性がある。そのため、多くの化粧品メーカーが、各顧客に合った製品を判断するためのAI診断ツールの導入を急ぐ。美容・化粧品におけるAI市場は23年に35億3700万米ドルにまで達し、31年まで毎年平均約20%で成長すると見込まれている。

なかでも、データを活用した化粧品メーカーとして最も進んでいるといわれるのが、米国のプルーブン(PROVEN)社だ。同社は17年の創業当初からビッグデータ、AI、学術研究結果を組み合わせ、顧客個人に最適なスキンケア製品を提供することを目指してきた。ハーバード大でMBAを取得した元投資銀行家と、スタンフォード大卒のデータサイエンティストの中国系女性二人が共同で起業した先進的な企業である。

プルーブンのウェブサイト上の「スキンクイズ」で肌の悩みについて順番に答え、製品を購入すると、その悩みを解決できるスキンケア製品が送られてくる

同社がまず取り組んだのは、スキンケアに関する「スキンゲノムプロジェクト」というデータベースの構築だ。皮膚科医や科学者と協力し、4000以上の皮膚関連研究論文、2万以上のスキンケア有効成分、10万以上の製品情報、2000万件以上の化粧品ユーザーレビューを取り込んだ。これらの膨大なデータがAIによって解析され、多様な条件に応じて個人に最適な有効成分の組み合わせを判断する。このデータベースは、18年に「MIT AIテクノロジー オブ ザ イヤー アワード」を受賞している。

顧客はその先進的な分析を受けるのに、オンラインで肌の悩みに関する3分間のクイズに答えるだけでいい。回答に基づき、地域、遺伝、ライフスタイルなど47のカテゴリーのある個別のプロフィールが自動的に作成されるのだ。製品を購入すると、肌に合わせて美容成分が最適に配合されたスキンケア製品が、顧客のもとに届く。はじめから最適な製品を手に入れられれば、肌の悩みに対処するのに試行錯誤をする必要がない。

アルゴリズムとAIを使いこなすプルーブンは、「破壊的イノベーター」として順調に資金調達に成功し、成長してきた。初期からの投資家には、米オープンAI最高経営者のサム・アルトマンが以前代表を務めていたテックベンチャー向けの投資企業「Yコンビネーター」もいる。北米で発展した同社は、現在欧州進出の準備中だ。

このような革新的な企業の出現に際し、大企業も変革を迫られている。ビッグデータを集め、それを使って個別の顧客に最適な製品づくりをできるよう各社が多様な取り組みを始めている。

そんななかで興味深いのが、ニベアブランドを擁するドイツのバイヤスドルフが20年に始めたスキンリー(SKINLY)という研究プロジェクトだ。具体的には、多様な条件における肌と同社製品の効果に関する莫大なデータを世界中から独自に集める大規模調査だ。同社は世界50カ国において、幅広い年齢層の男女2万人以上にIoT測定デバイスと同社製品を無料で配布し、各部位の肌の状態を定点測定するよう求めている。

バイヤスドルフは「スキンリープロジェクト」で、肌の状態を測定するためのIoTデバイスを特別に開発した
©Beiersdorf

同プロジェクトへの参加者は、季節ごとにフェイス・ボディ用のスキンケア製品一式を受け取る。そして送られてきた製品を説明通りに使いながら、頬、目尻、額、前腕の肌の状態を毎日2回測る。デバイスには水分センサーと、三つの異なる光源を備えた特殊なカメラが付いており、肌年齢、皺の深さ、色調、シミなどの状態を判断できるのだ。その分析結果を参加者は即時にアプリで確認でき、睡眠、栄養、肌の特徴、月経周期、環境条件なども合わせて記録できるようになっている。参加者はスキンケア製品と自らの肌診断を無料で受けられ、同社は肌の状態に関するデータを集められる。

プロジェクト参加者はドイツだけでなく中国や韓国、タイ、米国など、気候がまったく異なる地域にも多い。これまでに多様な人種・年齢層から10億人近くのデータ、1億2000万枚以上の高品質な肌の画像が収集された。これらがAIによって分析され、異なる湿度、都市・農村部などの環境差など、多様な条件が肌に与える影響もそれぞれ解析されている。同社は製品の詳細な効果やそれに対する消費者の反応を集めることで、今後、補完的な製品の開発に取り組み、新たな組み合わせを提案していくという。

ハイパーパーソナライゼーションの時代には、顧客個人に最適な製品をどれだけスムーズに提供できるかが重要になるだろう。そうなると、どれだけ膨大なデータを集め、それを適切に解析するか、さらにそれをベースにした製品を提供する開発力とマーケティング力が鍵を握りそうだ。

駒林歩美
ドイツ在住リサーチャー・ライター。東京で外資系企業やベンチャー企業に勤務後、東南アジアで国際協力の仕事に従事し、現在はドイツから欧州事情を日本に向けて発信している。

月刊『国際商業』2025年02月号掲載

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