ここ数年、欧州で、ステップを追ったスキンケアルーティン(またはリチュアル=儀式)を重視するスキンケア製品が急増している。なぜ今更、と思うかもしれないが、欧州の女性たちの間では、「化粧落とし→洗顔→化粧水→乳液」といった日本ではごく当たり前な手順を朝晩に踏襲する習慣がなく、従ってそれに沿った商品群も少なかった。日本人女性の中ではそのことに驚きの声をあげる者も多かったのだ。だが、気が付くと、昨今では欧州でも細分化したステップで、それに沿ったスキンケアの品ぞろえを充実させたブランドが増えている。ロレアルのセラヴィ(CeraVie)、バイヤスドルフのユーセリン(Eucerin)などの大手ブランドもこぞってルーティン重視のスキンケアに力を注ぎ出した。この変化はいったいどこからきたのかと探ってみた。
欧米発ではDECIEM社のオーディナリー(The Ordinary)などが、成分主義ブランドの元祖スキンケアブランドらしい。それは、全世界的な「セルフケア」や「ウェルネス」への傾倒の動きに沿ったものとされる。だが、業界誌などによれば、欧州で最大の引き金になったのは、2010年代半ばに始まった「韓国コスメ(Kビューティー)」ブームだという。Kビューティーは、スキンケアのルーティンを、「仕方なくやるお手入れ」から、「自分をいたわり癒すための儀式」に押し上げたのだという。従来、欧州の成熟した女性は、メーキャップやフレグランスを多用する美を好んだ。だが、00年に入って急速に広まった自然志向が、その興味をスキンケアへ、特に紫外線防護や老化予防へとシフトさせた。この変化はSNSを駆使するZ世代から猛烈な勢いで加速。特に、コロナ禍では、外出が不自由になり、ネットでの情報収集とセルフケアにたっぷり時間をかけられるようになったことで拍車がかかった。いくつものステップに沿った手入れを推奨し、レチノール、ヒアルロン酸、ナイアシンアミドなどの有効成分を配合し、保湿効果や老化予防などの機能性を持つセラム、エッセンス、モイスチャライザー、BBクリームなどのアイテムを打ち出すアジアのブランドは欧州市場には極めて新鮮だった。韓国コスメばかりでなく、日本の化粧品ブランドも欧州におけるスキンケアルーティン重視へのシフトに大きく影響を与えてきたという。
欧州に10年頃からスキンケア重視のブームをもたらした韓国コスメといえば、コスアールエックス、ミシャを皮切りに、イニスフリーやエチュード、ソルファス(雪花秀)、ラネージュ、Dr.Jart+などがあげられる。ミシャは、00年頃から欧州市場に入り、高品質でリーズナブルな韓国コスメブランドとしてのポジションを獲得した。コスメティックと「Rx(処方)」を組み合わせたブランド名のコスアールエックスや、今ではエスティ ローダー傘下に入ったDr.Jart+は肌と科学と芸術的なインスピレーション=Art(アート)を融合する命名で、先端科学を応用し、欧州に初めて「BBクリーム(ブレミッシュバーム)」を導入し脚光を浴びた。
一方、日本ブランドの老舗SHISEIDOも、欧州では1970代以来、高品質で技術力ある確固たるポジションを築いてきた(※)が、80年代に入りSK-Ⅱがスキンケアを前面に押し出して成功。最近では、ロート製薬の「肌ラボ」がヒアルロン酸配合の手頃な価格帯スキンケアとして、欧州でも人気を博している。中には、日本の哲学とフランスのエレガンスの結晶として、「作法」を中心に据える異色のブランド「エヴィドンス・デゥ・ボーテ(EviDenS De Beauté)」もある。
※:日本国内でグローバルブランド「SHISEIDO」確立するのに先駆け、欧米では当時から企業名を冠としたブランド認知が広がっていた
このブランドは、実業家のシャルル・エドゥアール・バルト氏が元フジテレビアナウンサーの中村江里子さんと2000年に結婚し、パリで立ち上げたもの。きっかけは、妻の美容ルーティンを注意深く観察するうちに、美肌を保つスキンケアの秘訣を知ったことだとか。この発見をもとに、日本の応用バイオテクノロジーに裏打ちされた初のエイジングケアラインを開発した。こうして完璧を求める日本の改善哲学と、フランスが誇るオートクチュールの優美さを合わせもつブランド「エヴィドンス・デゥ・ボーテ(EviDenS De Beauté)」が誕生したのだという。同ブランドでは、秘訣のスキンケアルーティンを、日本語の「作法」を基に「Les Sahos(レ・サホ)」と呼び、真の美しさを再生し高めるには、それぞれのアイテムを正確な順序とやり方で重ねていく「レイヤリング」が不可欠と説く。それはまさに、日本文化、例えば茶道や華道の作法に通じるものだ、と。
ルーティンを重視するスキンケアの隆盛は果たして一過的なブームなのだろうか。欧州では、アジア発祥の「今日的なハイテク美白」よりも、有機原料を用いた持続可能でミニマリスト的なスキンケアの方がより広い層に求められているのではないかとみる向きもある。一方、前述のエヴィドンスのマーケティング担当者は、「欧州、特にフランスの消費者の間でも、ルーティンやレイヤリング重視はすでにかなり定着している。この分野での日本への信頼は強く、わがブランドの強みは作法や美のためのルーティンを重視してフランス人が求めるものと組み合わせていること」と語り、クレ・ド・ポー ボーテなどとともに、韓国コスメとは一線を画すプレミアムブランドとしての位置づけだ。
アジア発のスキンケアが欧州の消費者を啓発してルーティンを定着させたのは確かなようだ。それは新たな消費者ニーズを呼び起こしたのであり、欧州の消費者の間にも「いつまでも透明でみずみずしい素肌」に対する欲求を高めることに成功。今後は、欧州でもルーティン重視のスキンケア分野で競争が激化し、科学や技術を駆使して、欧州人の肌タイプにも合う品ぞろえ、欧州人の心をつかむSNSを駆使したマーケティング活動、実店舗とEコマースの連携などが鍵を握りそうだ。★
■栗田路子
上智大学卒。米国およびベルギーにてMBA取得。EU(欧州連合)主要機関が集まるベルギー在住30年。欧州の政治・社会事情(環境、医療、教育、福祉など)を中心に発信。Podcast「ちょっと深掘りヨーロッパ」も。
月刊『国際商業』2025年02月号掲載