世界有数の彫刻技術は何を見せてくれるのか――。大阪の100年企業「ツジカワ(https://www.tsujikawa.co.jp/)」は、2023年5月17日~19日までパシフィコ横浜で開催される「第11回化粧品産業技術展 CITE JAPAN 2023」に出展する。ツジカワが1921年の創業時から培ってきた彫刻技術は、日本が世界に誇るべきものだ。ホットスタンプ(箔押し)用金属版、エンボス(浮き出し)版、5軸レーザー彫刻、5軸切削彫刻などに加え、昨今は高度な彫刻技術を応用し、繊細かつ大型の3Dプリンター造形、3Dモデルデータ作成、モックアップなどでも第一線を走っている。
新宿上落合にある東京デザインセンターには、1台約数千万円の巨大3Dプリンターを2台も導入。さらに大小さまざまな3Dプリンターが並ぶ。これらを駆使して、化粧品や自動車、家電など、ありとあらゆる産業の金型づくりなどをサポートしている。仕事の依頼は世界中から届くのは、ツジカワの技術力が世界有数であることの証だろう。また最近は、著名なアーティストがツジカワの技術に目をつけ、作品づくりに活用することも増加。これによりツジカワの認知拡大は加速している。
ツジカワは次の100年で何を目指すのか。「CITE JAPAN 2023」出展の狙いや今後の戦略について、辻川豊社長に話を聞いた。
環境重視の時代だからこそ紙の表現の可能性を提示
――ツジカワが掲げる次の100年構想は、どのようなものですか。
辻川 コロナを機に、日本を含む世界中の生活スタイル、ビジネスのあり方が様変わりしましたが、その変化は止まることなく、加速しています。ツジカワは、これまでの100年も決して同じことを続けてきたのではなく、時代の要請に合わせて変わってきました。しかし、これからの100年は、世の中が大きくシフトチェンジしますから、ツジカワも覚悟をもって変化に対応しなければいけません。しかし、大切なのは、ツジカワの技術は、お客さまがいるから光り輝き、磨きがかかるということです。例えば、SDGs(持続可能な開発目標)は、2030年がターゲットですが、そこで取り組みが終わるわけではない。その先も環境との共生は、さらに人類にとって重要なテーマになるでしょう。ですから、お客さまがチャレンジしたいことに耳を傾け、実現できる具体的なボールを投げ返す。これを続けることが次の100年を切り開くと思っています。
――依頼主(クライアント)の挑戦に応えた事例はありますか。
辻川 例えば、化粧品ブランドでは、資生堂さんのプレステージブランドであるクレ·ド·ポー ボーテ(Clé de Peau Beauté)スキンケアシリーズがあります。外箱には凹凸ある側面と細かい絹目の側面の二つがあるのですが、それぞれ同じ紙を使って大きく異なる表現をしているんです。機械彫刻とレーザー彫刻をハイブリッドすることで実現したのですが、ランダム感のある凹凸、非常にきめ細かい絹目などは、何度も試作品をつくって、誰もが納得する美しい品質に仕上がりました。そのうえ、大量生産にも対応しなければいけませんから、印刷会社さんとも綿密に打ち合わせをして実現したわけです。これだけ芸術的な外箱は、一生忘れられない仕事の一つになりました。
――「CITE JAPAN 2023」では、ツジカワが持つ技術力をどのように伝えますか。
辻川 昨今、脱プラスチックによる紙パッケージへの移行、華美な印刷を避けるなど、環境に配慮する方向に進んでいます。ですから、化粧品の展示会でもリサイクル、脱プラスチック、シンプルなどが重視されると考え、ツジカワは、環境に配慮しながら、消費者の心を動かす美しいパッケージづくりを提案します。それはツジカワとして、お客さまに技術、切り口、きっかけ、アイデアを提供するということです。
――ツジカワのブースでは、多様な紙の表現を楽しめる、と。
辻川 紙の可能性を追求しようと思って、白基調のブースにしたんです。あえて印刷せず、様々な紙に箔押しまたはエンボスをかけ、ブースの壁一面に並べて展示します。新作サンプルがアイキャッチとなり、説明資料も兼ねるという仕掛けです。壁は185 角の紙を300枚以上貼り付けて作成します。ホワイト系の紙は約50種類を選び、例えば、真っ白もあれば、青に近いホワイトなどもある。エンボスの模様は具象でなく、抽象的なイメージをメインとしたのは、お客さまに発想をより広げてもらいやすくするためです。世の中で活躍するデザイナーの方々は、予算に上限がなければ、色々な紙を試したいでしょう。だったら、ツジカワが厳選した紙にツジカワの彫刻技術を施し、紙の表現や味わいに直に触れてもらい、ワクワクしてもらおうと思ったわけです。
――圧巻の壁面が出来上がりそうですね。
辻川 神は細部に宿るといいますから、随所にこだわりがあります。例えば、わずかに波打つ曲壁面にしたのは、アイキャッチ効果を高めるためです。壁面全体のデザインは枯山水からヒントを得たもので、循環型社会の重要性を訴えます。遠くから見ても、近くから見ても、美しい壁面に仕上がると思いますよ。
また、曲壁面にはT 字型の棚を取り付け、ボトルなどを展示するとともに、曲壁面の隙間に照明を取り付け、間接照明のように演出します。「CITE JAPAN 2023」の会期は3日間ですから、ライトや文様の配置を日によって変えることも考えています。来場者の方々には、美しい曲壁面の微妙な変化も楽しんでいただきたいですね。
豊かな社会の実現に向け社内外で人材育成を強化
――ツジカワの方向性を芸術的に表現し、来場者に伝えるアイデアは、どのように生まれたのでしょうか。
辻川 社内のデザインチームが中心に議論しつつ、営業部門が「CITE JAPAN 2023」後の戦略を踏まえた要望を出し、全社の意見を集約しながら形にしていきました。私は「CITE JAPAN 2023」への具体的な要望は一切話しておらず、日頃から意識するように、と全社員に話していることを議論の出発点にしてくれました。それは脱プラスチック、多様性、持続可能性、SDGsなどの「世界の変化」に目を向けること、技術の伝統性、継続、技術回帰、技術の変遷などの「循環」を意識することの二つ。それらをもとに、次の100年に向けた「挑戦(チャレンジ)」が必要だと社員に語り続けています。「CITE JAPAN 2023」に向けて社員の議論は熱が入り、想像以上に幅広い思考にたどり着き、頼りになる社員が増えていることに手応えがあります。
――例えば、どういう思考でしょうか。
辻川 お客さまがツジカワに求めることは何か。彫刻技術で表現する素材の質感、シンプル、抽象、美しさ、付加価値、特別感などは手段に過ぎません。お客さまには、新しい触り心地や素材の探求などの可能性を提供し、お客さまのチャレンジしたい気持ちを高めるサポートをしなければいけない。そのためには、常に変化に対応するツジカワであり続けることが必要ですから、「世界の変化」と「循環」が重要だと思うのです。そこから社員たちは、白の探求を導き出した。ブースを白に統一するということは、一つ間違えると、特徴のない、ただの白い空間になりかねない。そこに繊細な表現を施すことで独自性を出すというのは、自社の彫刻技術に自信がなければ決断できません。彫刻自体は毎日仕事でやっていることですが、その延長線上に依然として美しさを表現する可能性があることを社員は気が付き、自信をもってお客さまに伝えようとしているんです。また、「循環」というテーマから禅的思想を思い浮かべ、枯山水からヒントを得て曲壁面のデザインを興したことも、社員の思考の広がりを感じましたね。
――文字通り「企業は人なり」ですね。
辻川 まさにその通りで、多くの方々に彫刻技術を知ってもらうことで、デザインの幅を広げていただきたい。それを願って、23年から公益社団法人日本パッケージデザイン協会の「日本パッケージデザイン学生賞(https://student.jpda.or.jp/)」に協賛することにしました。デザイナーの道を志す学生の方々のレベルアップを応援することで、ツジカワの使命である「彫刻技術で人々の心と暮らしを豊かにする」を実現したいと思っています。副賞として、ツジカワの技術を使って実際にパッケージを作っていただこうと計画しています。例えば、3Dプリンターで容器のモックアップを作ったり、版を作って実際にホットスタンプ·エンボスして箱を作ることもできます。当社の東京デザインセンターと協働で行うことで、我々も刺激を受けられると思います。
――社外との交流がツジカワの技術を高めていく、と。
辻川 仕事には遊びが必要なんですよ。例えば、先ほど申し上げたクレ·ド·ポー ボーテ(Clé de Peau Beauté)スキンケアシリーズの仕事では、こんな表現できないか?と展示会などで試験的に挑戦していた技術が活かされたんです。多くの芸術家と仕事をするのも、ツジカワにとって成長の機会です。例えば、コシノジュンコさんが2022年春から秋にかけて開催された「瀬戸内国際芸術祭」で展示した作品「対極の美 ‐無限に続く円‐(https://setouchi-artfest.jp/artworks-artists/artworks/shodoshima/122.html)」には、ツジカワの3Dプリンター造形を使っていただきました。ツジカワは、創業時から磨き続ける技術と最先端のテクノロジーを組み合わせて進化を続けてきました。これからの100年も挑戦を忘れることなく、彫刻技術で世の中を美しく快適にし、人々の心と暮らしを豊かにするという使命を果たしていきます。