新型コロナウイルス感染症は、社会的、経済的双方の視点から、依然として収束が見通せない状況が続いている。一方、国内の専門店流通においては減少傾向にあった来店客数が昨年後半から徐々に増加傾向に転じるなど、2021年は市場回復の兆しも見え始めた。直川紀夫社長が率いる資生堂ジャパンは、ビジョン「Quality of Beauty Life」を掲げ、「日本ローカルへの集中」のもと、資生堂ジャパンの未来をつくるための基盤構築と長期愛用者拡大に向けて取り組んできた。そして今年、資生堂は創業150周年という節目を迎える。次の100年を創る最初の一歩を踏み出す大切な年と位置付け、前年に掲げた基本方針からブレることなく「日本ローカル市場での長期愛用者拡大」を目指す。そこで今回のインタビューでは、21年の振り返りと22年の取り組みについて直川社長に聞いた。
化粧品専門店の強み「人と人の繋がり」を大切にする
――まずは昨年を振り返ってみて、どのような1年だったでしょうか。
直川 新年明けましておめでとうございます。お得意先さま、お取引先さまの皆さま方におかれましては健やかに新春をお迎えのことと心からお慶び申し上げます。また、旧年中は資生堂製品のご拡売にご尽力いただき重ねて御礼を申し上げますとともに、本年も引き続きより一層のご愛顧を賜りますよう宜しくお願い申し上げます。
また、昨年も20年に続き、新型コロナウイルス感染症が世界中で猛威を振るう中、日本経済も断続的な緊急事態宣言の影響を受け、先行き不透明な状況が続きました。国内では地震や豪雨による大きな自然災害もございました。困難な状況におられる皆さまに謹んでお見舞い申し上げますとともに、一日も早い回復を心よりお祈りいたします。
さて、昨年を振り返りますと、まず最初に思い浮かぶことは、とにかく「感謝」という言葉に尽きます。コロナ禍という環境下にも関わらず、常に「大切なお客さま」の笑顔を支え、お客さま一人ひとりへ寄り添い続けてくださった専門店さまには「感謝」しかありません。また、お客さまや専門店さまの想いに応えるため、今何ができるかを自分たちで考え、出来る限りの活動を続けてくれたBCや営業社員の存在が誇りであるとともに、感謝の気持ちでいっぱいです。一方、社会全体ではコロナ禍により多くの生活者のライフスタイルが変わり、私たちの事業環境も変わった、まさしく大きな変化が訪れた1年だったと思います。例えば、消費動向では中価格帯から低価格帯へシフトする傾向が見られたほか、一昨年から続くマスク着用の常態化で大きく落ち込んだ口紅やベースメイクアップの需要が回復しないなど、これまで経験したことのない様々な困難に直面し続けた日々だったように思います。
――昨年10月には、大都市圏で長く続いた緊急事態宣言がようやく解除されました。
直川 宣言は解除されましたが、自粛が長く続いたことによる消費意欲の落ち込み、また、今後も新たな感染拡大の波が来るのではないかといった不安もあり、日々刻々と変化する事態を慎重かつ正しく見極めていくことが必要と捉えています。
家族や知人と外出するなど人流の回復にともないマスクを外すシーンが増えれば、メイクアップへの意識は自然と高まります。そうした世の中の変化に合わせて変わるお客さまニーズを、いち早く捉え、お客さまの期待に応える情報や商品、サービスを提供すること、そのスピードが「長期愛用者の拡大」を実現するためには欠かせません。つまり、来店されたお客さまが求めるスキンケアやメイクアップなどの化粧体験を通して得られる楽しさや喜びを提供し続けるといった、これまでも専門店さまが大切にされてきたこの活動を軸にしていくということです。
チャネル別の市場回復のスピードでも、専門店さまの売上回復は特に早く、まさにこれは専門店さまが強みとする「人と人の繋がり」によるところであるということに尽きます。化粧品ビジネスにおいては、お客さまとの強い信頼関係がなければ成り立たないということを再認識しました。私たちもお客さまにどうお役立ちしていくか、BC、営業、マーケティング、スタッフ、社員全員が「お客さま起点」「お得意先さまとの協働」を軸に“一人称”で考え、全社員がイチガンとなって「長期愛用者の拡大」に向けて取り組んでいます。
――重点戦略の一つである「長期愛用者の拡大」について、その進捗を教えてください。
直川 インバウンド需要に陰りがみえてきた19年頃からローカルの愛用者数は減少傾向で、コロナ禍によりその勢いに拍車がかかった状態が続いていましたが、昨年後半にようやく下げ止まり、上昇に転じてきました。ただし、何か特別なことをした訳ではありません。例えば、化粧水をお使いのお客さまに3カ月間の来店がなければ連絡をする、また最適な使用量でのお手入れを徹底してご案内する、更にはお客さまのデータを分析して併売率の高い商品をご紹介するなどの基本活動を徹底して行いました。ある専門店さまでは、3日間分の化粧水のサンプルをお渡ししたお客さま全員に対して、使い終わる頃にコミュニケーションを図り、来店を促し、来店後はパーソナルなカウンセリングを通じて愛用者化に繋げられています。私たちのビジネスで最も重要なことは「ご愛用者がどれだけいるか」ということ。そのために、お客さまに最高の喜びを届けることに私たち資生堂が誰よりも貪欲になり、その強い思いを持ち続け、得意先さまと協働しながら、豊富な商品や化粧体験を通じて伝えていくことを大事にして取り組んでいます。
DX加速で専門店とお客のコミュニケーションを活発化
――昨今、化粧品業界でも各社がデジタルトランスフォーメーション(DX)を加速させています。資生堂ジャパンの取り組みについて教えてください。
直川 デジタルシフトという潮流の中、日本でもデジタルを活用してお買い物を楽しむ方が増えていますが、全国にあるリアルのお店が経済成長を支えてきたことや、比較的シニア層のお客さまの多くがデジタルに対して苦手意識を持っていると言われていることを考えると、日本でのDXの浸透にはもう少し時間が必要だと思っています。一方で、40~50代のお客さまの中で、デジタルツールを通じて情報と接する方が増加傾向にあることも分かっています。これらを踏まえると、リアルとデジタルの両方でお客さまとコミュニケーションを図ることが大切だと考えています。
お客さまから見た時に、リアルとデジタルの両方の利点を考え、上手く融合して活用していくことに対して、化粧品業界では資生堂が先陣を切って取り組んできたと思っています。まだ誰も挑戦していない領域へのチャレンジであったからこそ、ラーニングもたくさんありましたし、そこから新しいスキルの習得やケイパビリティの向上に繋がりました。DXを進めていく上では、まさに「トライアンドエラーアンドトライ」で、継続して積極的にチャレンジしていくことが大切だと捉えています。
――では、DXの加速によって専門店にもたらされるメリットとは何なのでしょうか。
直川 基本的に、お店を経営していく上で、つまり商売の中心にお客さまや生活者を置いた時に、お客さまが望む方法で専門店さまとお客さまがコミュニケーション出来る環境を提供することが重要だと考えています。もちろん、お店に直接来店し、奥さまやスタッフさまに直接相談して化粧品を購入することも一つの方法ですし、日中は来店する時間を確保することが難しい場合はデジタルを活用されるのも一つの選択肢です。要は、お客さまが専門店さまとコンタクト出来る手段が多いほど、お客さまにとって専門店さまの魅力が増すわけです。どの方法を選ぶかはお客さま次第ですが、コミュニケーションの量や質を高める上でもデジタルを活用した環境を整えることは重要で、最終的にそれは専門店さまの売上にも繋がることと思います。そして、専門店さまはこれまでのリアルの店頭活動を通じて、既にこの基盤を強みとしてお持ちになっています。今後も日本はリアルを中心に進むものと予測していますが、お客さまの利便性の向上や、コミュニケーションの量や質を高め、関係性を深めることにデジタルを活用することは、専門店さまの強みを更に強固なものにすると確信しています。
――リアルとデジタルの融合について象徴的な取り組みを教えてください。
直川 一つはビューティーを通じて生活者の日常に「楽しさ」を提供するライブ配信番組「FUN! FUN! BEAUTY」の取り組みです。全国6エリアで実施し、各エリア特性を踏まえた独自の美容情報を構築し、ゲストを招きながらBC自らが出演して情報発信をしました。また、店頭では得意先さまと連携してこのデジタルの情報発信と連動した買場を整えることで、番組内で紹介した商品をお求めになるお客さまが増えたり、店頭の告知から動画視聴者が増えるなどの相乗効果が生まれました。この取り組みは、特にパーソナルなカウンセリングを強みとする専門店さまとの親和性も高く、長期愛用者拡大に向けた専門店さまとの重要な取り組みの一つだと感じた次第です。
もう一つは、 SNSを活用し専門店さまと協働で取り組んだ統合型のコミュニケーション「フォロミー大作戦」です。SNS上で話題となる量やブランド露出の拡大を狙い、ブランド公式と専門店さまそれぞれのアカウントから同一期間に、同一テーマ、同一ハッシュタグでSNS投稿するといった取り組みです。
例えば8月にはベネフィークコアラインのヒーロープロダクト「リセットクリア」を取り上げ、「♯リセクリでこんなに浄化」を中心に関連情報を専門店さまに一斉投稿していただきました。「リセクリ」というワードで検索すると専門店さまが投稿した多くの情報がヒット、一回の投稿で総インプレッション数は6万回を超えるなど多くの生活者・お客さまに向けて情報をお届けすることができ、専門店さまとのデジタルコミュニケーション面での協働取り組みの好事例となりました。
――DXを加速させるために組織も強化しました。
直川 昨年7月に設立した資生堂インタラクティブビューティー(SIB)は日本のDX加速をリードし、デジタル基盤の強化とその活用により、お客さま一人ひとりのニーズや期待に応えるサービスの提供を目指しています。一方で、そのデジタルの基盤づくりを支えているのはリアル店舗での店頭活動にほかなりません。急速に変化・多様化するお客さまのニーズを正しく捉え、「長期愛用者の拡大」につなげるために、今後はSIBと一体となって、専門店の皆さまを支えていきます。
――着実な成果を示した21年を踏まえ、22年の取り組みの方向性について聞かせください。
直川 これまで進めてきた日本ローカル市場へ集中し、お客さま視点でリアルとデジタルの双方を活用した記憶に残る美容体験を通じて、長期愛用者の拡大を目指すことをベースに、それぞれの戦略を確実に実行していきます。そして、生活者やお客さまの意識変化を的確に捉えて、専門店さまの強みを活かすためにどのように協働していくか、また組織面では生活者・お客さま起点の迅速な対応を可能とし、組織内の連携を強化しながら、一人称でやり抜いて戦う集団を創り上げていくことを目指します。
重点取り組みとしては、スキンビューティーの領域にフォーカスし、お客さま起点の活動を進め、ブランドへの愛着や絆を深めて愛用者基盤を創り上げていくことにチャレンジします。肌は 健康のバロメーターとして、生活環境や食生活、睡眠など心身の健康や活力と密接なつながりがあり、ビューティーとウェルネスは、今後更に融合していくものと考えています。スキンケアを中核に、サンケアやメイクアップをはじめ、美容機器、更には食品などのインナービューティーなど、多面的な価値創出を目指し、当社の強みと市場のポテンシャルとを掛け合わせたスキンビューティー領域に注力してブランド育成やポートフォリオの拡充とともに、長期愛用者の拡大につなげていきます。
また、昨年に引き続き、SIBと一体となって独自のビューティーコンテンツの充実を図ること、ライブコマースやSNS対応を強化し、専門店さまと協働しながら、長期愛用者の拡大・育成にも取り組んでいきます。
このように、生活者やお客さま視点で魅力的な美容体験の提供を目指す上で、オンラインサービス「Omise+」の更なる強化も必要です。昨年3月にスタートし、お客さまとコミュニケーション出来る機能を追加しましたが、専門店さまへのお役立ちという意味ではまだまだ十分ではありません。「Omise+」自体の認知度を上げていくこと、そして「Omise+」を通じたトータルビューティー提案を実現するために 化粧品専門店専用ブランド「ベネフィーク」の育成も一層強化していきますので、ぜひご期待ください。
専門店への感謝の気持ちを込めて、様々な商品や企画を準備
――22年は、資生堂にとって創業150周年という大きな節目の年です。意気込みや抱負を聞かせください。
直川 22年は、お客さまの意識や嗜好の多様化に対応した一人ひとりのお客さまに寄り添った体験価値を提案するビジネスモデルを創り上げる、そのスタートの年と位置付けています。DXの推進や長期愛用者拡大の基盤づくりもそのためで、お客さまが求める商品やサービスを提供していく、化粧品ビジネス本来の醍醐味を感じてもらえるよう取り組んでまいります。
また、専門店の皆さまに支えられ創業150周年を迎えることが出来たと感じています。改めて心より感謝を申し上げます。これまで資生堂の化粧品をご愛用いただいたお客さま、資生堂と共に一緒に歩んでくださった専門店さまに感謝の気持ちを込めて、様々な商品や企画を準備しております。皆さまとのつながりをより深められる1年にしたいと思います。
そして、23年にはチェインストア制度が100周年を迎えます。私のビジネスの信条である「〝お客さま起点〟を原点にした化粧品商売の基本」は、資生堂入社時に担当させていただいた専門店さまに教えていただいたことであり、個人的にはこのチェインストア制度100周年に強い思い入れがあります。この先100年、専門店さまが更に輝き続けるために、ともに歩んでまいりたいと思います。
――それでは最後に専門店へのメッセージをお願いします。
直川 資生堂は、この数年間の経験を全社員がしっかり心に刻み、決してメーカー発想だけとならないよう、これからも従来のルールに捉われず全ての変化に対して挑んでいきます。資生堂のDNAは、日本発で常に新しい価値を創造し、お客さまや市場に提供していくこと。そして、その新しい価値づくりをリードしていくことが資生堂ジャパンの使命だと捉えています。
この2年間、専門店さまにとって重要な価値である実習活動が制限されてきました。今年こそ、新型コロナの収束を強く願うとともに、専門店さまの絶対的な強みである「人の力」を最大限に発揮していただきたいと思います。そのためにも専門店さまと力を合わせ、明るい未来に向けて共に前進してまいります。そして、全社員が想いを一つにして、しっかりとこの目的に向けて連携をすることがとても大切だと考えています。このことを確実に実現することをお約束させていただきますので、今年度も厚いご支援ご協力を賜りますようお願い申し上げます。