大正8(1919)年創業の老舗企業「北尾化粧品部」がアメリカ化粧品市場開拓に新手を打った。抹茶や国内外のスーパーフード成分を配合した自社ブランドのクリーンビューティシリーズ「KITAO MATCHA」は、大手コスメセレクトショップ「Ulta Beauty(アルタ ビューティ)」の店頭に並ぶなど、アメリカの生活者の間で支持が広がり始めている。次の一手として、2020年5月1日にアメリカ西海岸のロサンゼルスに現地法人「KITAO USA」を設立。いわゆる現地流通企業とのネットワークを生かした商社機能である。北尾化粧品部OEM事業の取引先ブランドを含めて、多くの日本ブランドを取り扱うことにより、アメリカ市場で火がつき始めた「J-Beauty」ブームを盛り上げる考えだ。
具体的には、まず北尾化粧品部が日本国内で商品を買い上げ、現地法人を通して、アメリカのアジア系マーケットとローカルマーケットそれぞれに強い流通企業と商談を重ねる。KITAO USAが生産物賠償責任保険(PL保険)に入っていることから、資金力が限られる中小企業も訴訟大国のアメリカで安心してブランドを展開することができる。北尾化粧品部の中長期目標は、コスメセレクトショップ、ドラッグストアなど、多くの流通にJ-Beautyコーナーを構えること。アフターコロナ時代を見据え、本格始動したアメリカ市場開拓プロジェクトについて、北尾化粧品部の川端一弘社長に話を聞いた。
J-Beautyブームの波を捉え、米国化粧品市場を本気で開拓する
インタビュー 北尾化粧品部 川端一弘社長
--創業100年の北尾化粧品部がアメリカに商社機能を持つ現地法人を設立したのはなぜでしょうか。
川端 一つ目の理由は、アメリカ化粧品市場の潜在成長力が強いことです。そもそも市場規模は、近年、拡大している中国よりも大きく、依然として世界一です。先進国で唯一、人口が増えていますから、ビューティやヘルスケアへのニーズは増えることはあっても減ることは考えられません。二つ目の理由は、日本の化粧品ブランドに興味を持つバイヤーが増えており、米国内でJ-Beautyブームに火をつける好機を迎えています。日本企業とスクラムを組んでチャレンジしたいと考えて現地法人を立ち上げたんです。
--日本ブランドへの注目が高まっている理由は。
川端 近年の米国市場では、K-Baeuty(韓国コスメ)が目立っていましたが、徐々にブームは下火になっています。その一因は、流通企業のバイヤーが韓国コスメはブランド育成が難しいということに気が付き始めたことです。韓国コスメの競争力は、トレンドを捉え、矢継ぎ早に商品を開発し、ブームを垂直立ち上げできることにあります。この意思決定のスピードと実行力は素晴らしいものがありますが、一つのトレンドに多くの韓国コスメが乗るため、低価格帯から高価格帯まで類似品が生まれます。流通企業のバイヤーの立場で考えると、K-Baeutyでは売り場の差別性を維持することが難しく、徐々にブランド育成にリソースを割けなくなっているわけです。
--K-Baeutyに代わる存在が、J-Beautyだと。
川端 中国市場の場合、生活者のニーズや仕組みの変化が速く、メーカーはブランドを育てることが難しい。その一方で、アメリカの場合、ブランドの認知度の有無ではなく、ストーリーや成分、効能効果などに生活者一人一人が向き合い、それぞれの価値観に適した商品を購入します。ですから、バイヤーも、確かな価値があるブランドを粘り強く売り場に並べ、製販一緒になって育成しようとします。あらゆる面の品質にこだわった商品を開発する日本企業と米国化粧品市場の親和性は高いと思います。また、米国発ラグジュアリースキンケアブランド「Tatcha(タッチャ)」は、クリーンビューティブームの波に乗って急成長し、J-Beautyの代名詞になっています。創業者のヴィクトリア・ツァイ(Victoria Tsai)は台湾人で、京都で学んだ芸者の美容法を取り入れ、芸者を使ったプロモーションを展開しているのです。日本製品の品質が高いこと、アメリカにはない長い歴史を持つ企業が多いことなどは、日本ブランドにとって武器になります。
--日本ブランドがアメリカ市場の進出に二の足を踏むのは、アジア系以外の生活者にブランドを浸透させることが難しい点にあります。
川端 その気持ちはよくわかります。北尾化粧品部も苦労の連続でした。15年ぐらい前に米国の化粧品展示会に初めて出展した時、特許技術を使った炭酸パックを並べても箸にも棒にもかからなかった。その後、日本で我慢強く商品開発、マーケティングのノウハウに磨きをかけて、ようやく米国で勝負できる体制が整い始めたのが7年ぐらい前のことです。その象徴がKITAO MATCHAですが、パッケージだけでも5回以上作り直しているんです。
あるドラッグストアのバイヤーからは、アメリカ人にとって漢字は中国のイメージが強い、茶畑を見たことがあるアメリカ人はいないなど、徹底的にダメ出しを受けました。その度に商品を見直した結果、Ulta Beautyのバイヤーに「面白い」と評価されるようになり、今でも棚落ちせずに販売を続けています。「KITAO USA」の仕事では、私たちが15年以上かけて積んできた経験を惜しみなく取引先に提供する考えです。最初の目標は10ブランドの取り扱いです。そうすれば、Ulta Beautyだけでなく、多くの小売店に日本ブランドが並ぶ売り場をつくれるからです。
--どのようにアメリカでのビジネスを広げていくのでしょうか。
川端 商品については、クリーンビューティを謳えること、アメリカ人にわかりやすい日本の素材を使っていることが重要なポイントです。そのような商品を現地で流通業のバイヤーに売り込み、良いところ、悪いところを指摘してもらい、改善を重ねて行きます。このトライ&エラーを取引先と一緒に続けることが大事だと考えています。流通戦略について、ファーストステップは、アジア系向けのスーパーマーケットやドン・キホーテなどの小売業で、その次に、Ulta Beautyなどのローカル小売業を狙います。この流れにすれば、日本語パッケージで挑戦し、ある程度の手応えを感じてから、ローカル向けの英語パッケージが準備できます。ダブル在庫を回避できますから、日本企業はトライしやすいと思います。ただ、アジア系の小売業よりもローカル小売業の方が利幅が薄く、実は後者から攻めた方が販売価格の設定を含めてアメリカでの戦略はスムーズに進みます。このような現地の状況は、取引先とシェアし、各ブランドに適した戦略を練っていこうと思っています。
--J-Beautyや取扱ブランドの認知拡大については。
川端 KITAO MATCHAでもSNSを中心にプロモーション活動をしています。例えば、米国でビジネスを行う以上、SDGsやblack lives matterなどへのメッセージを発することが必要ですが、誤解なく、ブランドの真意を生活者に届けるには細心の注意を払う必要があります。KITAO USAには、長年、米国に住み、マーケティング分野などで活躍しているスタッフが常駐しており、日々、柔軟に情報を発信しています。さらに、数社の現地マーケティング企業と契約を結び、インフルエンサーを巻き込んだプロモーション戦略にも取り組んでいます。このようなノウハウを取扱ブランドにも投入していきます。
--化粧品市場といえば、中国の台頭が著しく、ポストチャイナではASEANに興味を持つ企業が多い。川端さんがアメリカ市場に情熱を注ぐのはなぜでしょうか。
川端 市場性やJ-Beautyへの思いもありますが、根っこあるのは、アメリカの躍動感が大好きなことですよ。もともと私は家業の北尾化粧品部を継ぐ前、松下電器産業(現・パナソニック)に勤めていたんです。80年代、90年代のシリコンバレーで、コンピューターの部品を売っていたんですが、瞬く間にIBMとWindowsが成長する姿を目の当たりにしたんです。当時の日本はNECのPC-9800シリーズの寡占状態。Windowsが日本上陸したら市場が変わるぞ、と日本の同僚に話しても信じてもらえなかった。その後の歴史は、多くの人が知っていることだと思いますが、GAFA(Google、Amazon、Facebook、Apple)のような企業が生まれ、世界の最先端を走り続けるアメリカは、取り組み甲斐のある市場なんです。それは化粧品のビジネスでも変わらない。私は、本気で、J-Beautyを米国で広げようと心に誓ったんです。