独自技術で実現した100%天然由来の価値

最先端の漢方技術を使ったフェイスマスク。それが「采之汲(さいのくみ)」であることは、あまり日本人に知られていない。製造するのは、中国・雲南省にある雲南白薬社。この企業を知らない中国人は、ほとんどいない。

老舗の医薬品メーカーで、1902年発売の漢方の止血&抗炎症剤「雲南白薬」は、定番の治療薬。「中華の宝」「外傷の妙薬」と呼ばれ、中国人は幼少の頃から慣れ親しんでいる。その処方は秘中の秘。国家機密と位置付けられ、従業員は8000人以上もいるのに、誰一人その処方の全容を知らないという。

100年以上も漢方を研究してきた雲南白薬社が手がける「采之汲」は、高級フェイスマスクだが売れ行きは好調で、2018年の中国国内の売上高は約8億円。19年は一気に20億円になる見込みだ。グローバル展開の第一歩として、スキンケア大国・日本を選んだのも、その技術に自信があるからだろう。

フェイスマスク「采之汲」

「采之汲」の特徴は、100%天然由来成分であること。鉱物油、香料、合成色素、合成防腐剤などは不使用。全成分表示を見ると、水の次に多いのが植物エキスになっている。研究開発を始めたのは12年で、3年後の15年に製品化。ただ、その時は防腐剤フリーではなく、100%天然由来成分ではなかった。「かすかに刺激を感じる」という消費者の声を受け、雲南白薬社は改善を積み重ね、2代目「采之汲」で、100%天然由来を実現した。同社のパーソナルケア分野の研究責任者で、漢方医学の博士号(広州中医薬大学)をもつ安全氏は次のように話す。

「まず防腐剤を植物エキスで代替することを考えましたが、代替成分の量が多すぎて、フェイスマスクの性質に影響が出ることがわかった。だから、発想を転換し、製造プロセスのイノベーションを試みたんです。つまり、100%天然由来成分で作ったフェイスマスクをパッケージに封入したあと、加熱処理することで滅菌。防腐剤を入れなくても、製品の品質を保つことができます。これは雲南白薬社の特許技術なんですよ。他社が防腐剤不要を真似することはできません。お客様に『100%天然由来』と訴えられるのは、『采之汲』の独自価値なのです」

雲南白薬社パーソナルケア分野研究責任者・安全博士

「采之汲」のスキンケア効果にも自信があるという。それを支えるのも、特許を取得した抽出技術だ。通常、植物の細胞壁は固く、アルコールで抽出するのが主流だが、そうするとアルコールも製品に残留してしまい、刺激の元となりうる。そこで雲南白薬社は、植物由来の天然酵素を使用し、アルコールを使用せずに細胞壁を素早く溶かす技術を開発。植物に含まれている成分を小分子の状態で、抽出することに成功したという。

雲南省・昆明にある雲南白薬社の本社。豊かな自然に囲まれており、敷地内に漢方の植物園もある

例えば「采之汲」のデイリーケア「モイスチャー&トーンアップフェイシャルパック」に含まれているマツタケエキスには美白効果が期待できるが、雲南白薬社の抽出技術を使えば、それを最大限に引き出せると、安全氏は太鼓判を押す。

昆明市内にある直営店。パーソナルケア商品が一堂に会する

当然、化粧品に関する各国の法規制はまったく違う。「采之汲」の含有成分も、中国と日本の製品で異なる。とはいえ、それは、わずか2種類のみ。一つは、滋養強壮に役立つ鉄皮石斛(せっこく)で、日本では未登録の原料。代わりに、コウキセッコクという類似の漢方を用いている。効能効果に差異はない。もう一つは、消炎・解毒の効果がある「玄参(ゲンジン)」。中国では化粧品原料に認められているが、日本では医薬品原料となっている。つまり、中国と日本で商品に違いはほぼない。安全氏は、次のように話す。

「日本の化粧品メーカーは、研究を重視しています。基礎研究や乳化技術は、われわれよりも優れています。ただ、漢方の知識は、私たちは誰にも負けません。防腐剤などを敬遠するナチュラル志向は、日本を含む世界のトレンドです。私たちの長所を生かせば、日本で十分に勝機があると考えています」

世界有数の漢方研究機関がブランドの競争力を高める

中国発のグローバルブランドへ。雲南白薬社が「采之汲」に力を入れるのは、漢方の研究が新しいステージに突入し、さらなる製品のレベルアップが期待できるからだ。一言でいえば東洋医学と西洋医学の融合で、世界各地に広がっている「漢方は体に良い」というイメージを科学的に実証することで漢方の可能性を広げる試みだ。それを漢方大国・中国で最初に手がけ、いまでも研究の最先端を走るのが、雲南白薬社である。それは業績が物語る。17年の売上高は約4272億円。営業利益率は約15%で、漢方を扱う企業では、比類のない事業規模を誇る。

雲南白薬社の本社内にある植物園①

雲南白薬社の本社内にある植物園②

雲南白薬社の本社内にある植物園③

同社の競争力は、本社がある雲南省の豊かな自然が支えている。南はミャンマー、ベトナム、ラオスと国境を接し、北はヒマラヤ山脈に続く高山地帯。雪山、氷河、湖、温泉、原生林、熱帯雨林などの大自然に囲まれている。南部の低地は亜熱帯で、北部の高山地帯は亜寒帯。森林や草花、キノコ類が豊富で、まさに漢方の聖地と呼ぶにふさわしい土地だ。

雲南白薬社の本社は、省都・昆明の中心部から車で40分ほどの場所にある。敷地面積は86万平方メートル(東京ドーム約18個分)と広大で、本社機能や工場に加え、漢方の植物園やブラックスワンが住む大きな池もある。

また、昆明市街にほど近い湖「滇池(てんいけ)」のほとりには、雲南白薬社傘下の研究機関「雲南省薬物研究所」がある。雲南省の25の少数民族が受け継いできた漢方の知見を研究する唯一無二の機関で、その成果は5部25巻(755万文字)の書物に編纂されている。

漢方の知見は5部25巻(755万文字)の書物に編纂している。中国でも貴重な資料だ

さらに「雲南省薬物研究所」内には、数十年前から採取してきた漢方のサンプルが10万種以上も保存されている。調べようがないが、おそらく世界一のサンプル数ではないか。この価値が計り知れないのは、安全氏の話を聞けばよくわかる。

何十年前から漢方のサンプルを保存。その数は10万種以上で、世界有数の規模を誇る①

何十年前から漢方のサンプルを保存。その数は10万種以上で、世界有数の規模を誇る②

何十年前から漢方のサンプルを保存。その数は10万種以上で、世界有数の規模を誇る③

「植物を採取するために、パーソナルケア分野の研究責任者である私は年2〜3回、現場の研究者は年6〜7回は、雲南省の山々に足を運びます。新種を発見することもありますが、自然条件によって植物が変異することもあります。そうすると、効能効果に違いが出る可能性がある。過去の膨大なサンプルがあれば、比較し、正確に研究できるのです」

地道な研究活動を続けるのは、日本企業のビジネスモデルに近いものがある。そこから独自技術が生まれれば、グローバル市場に挑むのは自然の流れだ。雲南白薬社のパーソナルケア事業の責任者、秦皖民氏に「采之汲」の成長戦略について率直に聞いた。

インタビュー

生活者に信頼されるブランドにならなければ価値はない

秦皖民・雲南白薬社パーソナルケア事業責任者

――医薬品メーカーがパーソナルケアを手がける理由は何でしょうか。

 われわれは医薬品の力で生活者の健康をサポートすることが使命ですから、その自覚を持って健康な生活づくりを支援するために、パーソナルケア分野に参入しました。その第一歩は2005年に発売した歯磨き粉です。最初は試験的なスタートでしたが、非常に反響が良く、翌06年に事業化。13年かけて、いま中国国内でトップシェアになっています。この歯磨き粉の成功を機に、他のカテゴリーへの進出を検討。医薬品の研究で、「三七人参(サンシチニンジン)」の美容効果が高いことを発見し、フェイスマスクをつくったんです。

――中国国内で漢方化粧品市場は大きいのでしょうか。

 正確な統計データはありませんが、ポテンシャルは十分にあると思っています。そもそも漢方の概念は、植物だけではありません。動物やミネラルも含まれており、広い意味で漢方を捉えれば、市場規模は大きいと思います。化粧品分野では植物の漢方を使用するわけですが、ナチュラル・オーガニック思考が強くなっているのは、われわれにとって追い風です。競合品の漢方成分を見ると、微量しか入っていないケースがあります。その点、「采之汲」は、保湿でも、美白でも、実際の効果を感じていただけるように処方しています。使用していただければ、その品質に納得していただけると思います。

――19年の売上高は前年比2.5倍を見込んでいますが、急成長の背景は。

 これまで、ほとんどのリソースを研究開発に当ててきたからです。製造プロセス、抽出技術などは、すべて独自の新技術です。しっかりと研究し、機能や品質を高めることが最優先で、プロモーション活動はほとんど行っていませんでした。中国国内の販売チャネルをECに絞ったのも、そのためです。今年からマーケティング戦略が動き出し、販路もオフラインに拡大するため、売上高が一気に伸びると考えています。

――歯磨き粉も13年かけてシェアを拡大。過剰に成長を追わないのは、雲南白薬社の企業風土ですか。

 基礎を大切にする文化は確かにあります。遅くても良いと考えているわけではなく、しっかりと、生活者のためになるものづくりをやろうという思考が強いからです。そういう企業風土は昔からですね。医薬品は信頼されて初めて使っていただける。生活者の信頼を得ることの大切さは、組織に根付いているのだと思います。パーソナルケアの商品が生活の一部になるまで浸透するには、本当に良い商品でなければ難しい。一時的な広告で業績を伸ばしても長続きしません。

――「采之汲」の長期目標も高いのでしょうか。

 個人的に思うところはありますが、会社として数値目標は掲げていません。ただ、ナチュラル・オーガニック化粧品の世界的なトレンドを見ていると、環境意識の高い先進国の生活者を中心に、「采之汲」を受け入れていただけるのではないか、と思っています。

――海外進出を日本から始めた理由はなんでしょうか。

 先進国の中でも欧米は、言葉、文化、美意識、消費活動が東洋人と違うので、ハードルが高い。その点、同じ東洋人の日本は親和性が高いです。そして、日本の生活者は、冷静な判断力を持っている。豊かな知識をもとに、自分自身にふさわしい商品なのか、きちんと選ぶ。認知度が十分ではない「采之汲」についても、正しい判断をしてくれると期待しています。また、日本企業の品質を追求する姿勢には感銘を受けました。雲南白薬社も大事にしていることですが、日本に参入することで多くの学びがあると思っています。

――日本人の反応はいかがでしょうか。

 楽天と東急ハンズでの販売が始まったばかりですが、日本のお客様からのフィードバックは良いものが多く、リピート需要が増えることを期待しています。これから販路は広げていくものの、中国市場のような成長は求めていません。成熟市場である日本に適したスピードを意識しており、3年、5年かけてじっくりとブランドを育てる考えです。★