「松茸の香りが心地いいね」。2019年6月、二子玉川「蔦屋家電」で行われた美容イベントに集まった日本のKOLから歓声が上がった。主催者は美容雑誌「美ST」と中国企業「雲南白薬社」が展開する天然和漢植物スキンケアブランド「采之汲(さいのくみ)」である。いまやボーダレス・マーケティングは、日本企業の専売特許ではない。中国企業も中国女性の化粧品需要を取り込むために日本市場を活用。そのパターンは多様だが、「メイド・イン・チャイナ」を隠さない雲南白薬社は異色の存在である。
というのは、これまで中国企業のマーケティン戦略といえば、日本参入の既成事実をつくることが最優先だった。例えば、中国の某化粧品ブランドは日本の百貨店でポップアップイベントを一週間ほど開催。それを中国国内で「日本の百貨店に進出」と大々的に謳うことで、日本女性に支持されるブランドであることを演出した。
別の中国メーカーは、日本に研究所と現地法人を設立しているが、中国資本であることはひた隠し。日本企業と同じように日本市場で商品を販売するとともに、越境EC、一般貿易で中国市場にアプローチしている。この企業は韓国にも法人を設立。同じ手法で、韓流コスメを中国に売っている。つまり、中国女性の流行に合わせて産地を変えて「メイド・イン・◯◯」を名乗る手法と言える。中国人の旅先で一番人気のタイは、次のターゲットかもしれない。「19年5月の上海美容博覧会でタイは主賓国に選ばれた。中国女性は、メイド・イン・タイランドのナチュラル&オーガニック化粧品に好印象を持っている」と中国の業界関係者は指摘する。
もう一つ、古典的な手法は「メイド・イン・ジャパン」とまがえるブランド名をつけるもの。某中国ブランドは、都心に現地法人を構え、日本製へのこだわりをアピールしているるものの、その裏ではコスト重視のものづくりを徹底。「日本進出」という宣伝文句を武器に、中国国内で売り上げ、利益を稼いでいるという。
これらの企業の眼中にあるのは、中国女性のことだけ。成熟している日本市場への興味は薄く、あくまでもマーケティング戦略の一環として、化粧品大国のブランド力を使っているに過ぎない。その点、雲南白薬社が18年12月に発売した「采之汲」は、「メイド・イン・チャイナ」であることを前面に打ち出した美容雑誌とのコラボイベントを定期的に行うほか、日本のKOLを中国・雲南省の本社に招き、高水準の研究開発拠点、品質管理の仕組み、植物の育成環境などを評価してもらう考え。「技術力に自信があるから、時間をかけて認知を広げていく。日本でメイド・イン・チャイナのトップブランドになる。撤退は考えていない」。雲南白薬社の戦略は、これまでの中国ブランドとは一線を画している。
「采之汲」の特徴は、100%植物由来であること。全成分表示を見ると、水の次に多いのが植物エキス。日本の原料メーカー関係者は「日本ブランドの場合、水、グリセリン、乳化剤を混ぜることが多く、植物エキスの配合量は少ない。だから『采之汲』を真似するのは容易ではないと思う」と指摘する。また、真空滅菌を採用することで防腐剤フリーを実現。植物由来の天然酵素を使用する独自の抽出技術により、化学物質は残さず、植物エキスの分子を最小化しているのも「采之汲」の特徴と言える。「同じ技術で、化粧水、美容液をつくるのは難しいが、実現に向けて研究開発を強化している」(雲南白薬社)。
これらの技術は、医薬品で培ったものだ。じつは雲南白薬社は中国大手製薬メーカーの一つ。1902年に開発された漢方薬「雲南白薬」は止血剤として抜群の知名度をもち、18年のグループ営業収入は267億元(約4272億円)。この医薬品の技術を生かしてパーソナルケア市場に参入したのは04年の歯磨き粉が最初で、12年にヘアケア(シャンプー)、15年にフェイスマスクを投入。18年のパーソナルケアの営業収入は、44億6000万元(約713億6000万円)で、天猫(Tmall)旗艦店の売上高は10億元(約160億円)を超えている。ただし、歯磨き粉とヘアケアの販売は中国国内が中心。「フェイスマスクは、同社初のグローバルブランドに育成する」という。実際、日本だけでなく、欧州、ASEANへの展開も始めている。
日本の販路は楽天からスタートしたが、7月27日に東急ハンズ梅田店で販売開始。8月に東急ハンズ東京店、博多店、名古屋店でも順次販売を始め、徐々に取扱店舗を増やしていくという。価格は4200~7500円(5枚入り)と高めの設定だが、展示会や美容誌の反響をみてラインアップを決めた。「誠意をもって日本市場に向き合い、日本の女性に最適な商品を提案していく」(雲南白薬社)。現在、毛穴を収斂して肌の透明感を高める「モイスチャー&トーンアップフェイシャルパック」が一番人気だが、日本女性の声を聞きながら、ラインアップを入れ替える。「中国では、徹夜明けに使用するフェイスマスクの人気が高い」(雲南白薬社)。日本ブランドにはない商品コンセプトも、雲南白薬社の武器の一つと言えるかもしれない。