2018上期の純資産は約198億USドル(約2兆2588億円)。中国有数の投資会社「复星(FOSUN)」の化粧品戦略が動き出した。始まりは2016年にイスラエル発のブランド「AHAVA」を買収したこと。3年連続減収だった同ブランドは17年に21%増を達成。18年の計画は26%増と、瞬く間に成長性を回復した。この成功を受け、FOSUNは18年初頭に化粧品グループを新設。独自のブランドポートフォリオ構築に向け、活発に動き始めたのである。同社の化粧品グループが日本メディアの取材を受けるのは初めてのこと。化粧品戦略の責任者である郑涛(Tom Zheng)Chairman & General ManagerにFOSUN独自の「CtoM戦略」や日本市場について聞いた。

生活者とメーカーを結び付け産業全体を革新したい

--FOSUNとは、どのような企業ですか。

郑涛 1992年に復旦大学(中国・上海)の卒業生5人が設立した会社で、中心人物は、郭広昌代表です。投資カテゴリーは、Health、Happiness、Wealthの三つで、具体的にいうと、製薬、不動産、保険、金融、リテール、旅行などに投資しています。投資先に共通しているのは生活者視点を重視ていることです。

例えば、ハピネスには商業施設も含まれており、明代の庭園がある上海の観光スポット「豫園」にある商業施設「豫園商城」も所有しています。事業地域は、中国にとどまらず、全世界をカバー。英国、インド、アフリカなど、ありとあらゆる国・地域に拠点を設け、ビジネスを行っています。日本でのビジネスも多いのですが、象徴的なのは、「豫園商城」が株式100%を保有する星野リゾートトマム(北海道占冠村)ですね。

郑涛(Tom Zheng)Chairman & General Manager

--郭代表は、どのような経営者ですか。

郑涛 文系に強い北京大学、理系に強い清華大学に対して、復旦大学は商業に強い。哲学を専攻した郭代表は、豊富な知恵と経験をもち、意思決定がとても速い経営者だと思います。復旦大学時代の仲間と起業したことから、従業員同士がクラスメートと呼び合っているのも、独自の企業文化。そして従業員には、一人一人が意見をもつこと、起業家精神をもつことを推奨しています。その上で、FOSUNの独自戦略として、CtoM(Customer – to – Maker)を打ち出しています。

--それは、どういう戦略ですか。

郑涛 従来の産業構造は、生産者から流通を通して、消費者に商品やサービスを届けていました。生産者は、消費者視点を重視していたものの、流通を通すことから消費者の真のインサイトをつかむことに限界があったのは否めません。CtoM戦略の目的は、最新のテクノロジーを活用して、消費者と生産者を結び付けることで、生活をアップグレードすること。つまり、生活者に幸せをもたらすことです。ビッグデータなどを駆使して、消費者の潜在ニーズを把握し、それを生産者にフィードバックする。これまで実現できなった消費者起点を取り入れることで、産業に革新をもたらす。そのエンジン役をFOSUNが果たしていきます。

FOSUNの本社ビル(上海)

--化粧品産業への投資を強化する理由は何でしょうか。

郑涛 四つあります。一つは、中国の化粧品市場の成長が著しいこと。色々な統計があって全体像はつかみにくいですが、我々は少なくとも2000億元(3兆4000億円)、多くても4000億元(4兆8000億円)と分析しています。特にプレステージブランドは2桁成長を続けています。消費者ニーズが依然として高まっていることを考えると、成長の機会は十分にあります。二つ目は、海外ブランドが中国に進出する際のハードルは下がること。関税は優遇政策があり、CFDA(中国食品医薬品監督管理局)の審査時間も短縮されると見ています。

本社ビルの眼下に広がる上海の観光エリア「外灘(ワイタン)」

三つ目は、中国の消費者は、化粧品を見る目が肥えてきました。10年、20年前からナレッジを積み上げた結果です。消費者が成熟すればするほど、確かな価値をもつブランドはビジネスチャンスが拡大します。四つ目は、CtoM戦略との親和性が高いこと。消費者ニーズの多様化で、市場が細分化してく中で、「私のブランド」「私の商品」を強く意識する消費者が増えている。化粧品産業は、個性重視、成分重視、高級ブランド重視への対応が必要で、そこにFOSUNは十分に貢献できると考えています。

--投資の判断基準は。

郑涛 中国の消費者ニーズは多様で、たくさんの市場があります。でも、中国の化粧品企業は、まだチャンスをつかむ力が足りません。その点、日本は成分、処方に強い。欧米ブランドよりも、同じアジア人の中国消費者の肌に適している商品をつくれることが強みです。韓国企業はパッケージやマーケティングのスキルが秀でており、欧米企業は伝統と格式があり、豊かなストーリーをもっています。これらの特徴をもつ各国の企業に対して投資を行い、良い商品を消費者に届けるという目的を果たしていきます。

世界トップ10を目指し、ロレアルなどをベンチマーク

--化粧品グループは、どのような組織ですか。

郑涛 化粧品グループには、二つのチームがあります。一つは投資チーム。世界中で投資案件を探しており、私の権限で決められる投資額に上限はありません。もちろん、すべての投資案件は、投資委員会に諮らなければいけません。ただ、検討の初期段階から郭代表とコミュニケーションをとっているため、投資委員会で議論が紛糾することはないんですよ。

もう一つは、運営チームです。買収や投資をしたブランドをサポートします。どちらのチームも運転資金は豊富ですから、色々なことにチャレンジができる。化粧品グループの責任者である私は、投資と運営それぞれのKPIを立てています。

--敵対的買収を仕掛けることもあるのでしょうか。

郑涛 まったく興味がありません。明確に申し上げておくのは、投資のポリシーとしてバイアウトは考えていません。特に、日本市場については、長期的なパートナーを見つけたいと思っています。コラボレーションの方法は、ジョイントベンチャー(JV)でも、少数持ち株投資を含めた戦略的投資でも構いません。

それよりも大事なのは、FOSUNとパートナーがチームを組み、それぞれの強みを活かしてブランドの能力を高めていくこと。パートナーにも、CtoM戦略を理解していただき、中長期的な目標を共有。中国市場で大きく成長できるように商品開発、マーケティング戦略を進めていきたい。

--具体例はありますか。

郑涛 AHAVAは、中国に進出していませんでした。商品力はあったものの、マーケティング戦略やパッケージデザインなどは、中国の消費者の趣味嗜好に合うものではなかったんです。そこでFOSUNのチームがAHAVAのチームに対して、中国市場の状況や消費者の特徴など、成長に必要な戦略について説明。それをAHAVAのチームが理解し、ブランドに適した戦略を考えています。

例えば、中国国内では、まずブランド認知の拡大が不可欠ですから、北京の百貨店「Galeries Lafayette」、上海の新天地などの有名スポットに店舗やカウンターを設け、ブランドコミュニケーションを展開しています。若手のタレントやセレブリティなどのKOL(Key Opinion Leader)に商品を差し上げて、実際に試していただいてSNS上での話題も喚起。さらにオフラインではFOSUNの資産も最大限に活用しており、例えば、世界的に有名なデスティネーション・リゾートにある7つ星ホテル「アトランティス」のVIPルームなどに商品を置いて、お客様にブランドの世界観、商品力を体感していただいています。

--ブランド誕生30周年の限定キットも、両チームが議論して開発したのでしょうか。

郑涛 その通りです。ブランド誕生30周年のプロモーションでは、中国の消費者が好む限定商品が必要です。それをAHAVAのチームに伝え、ブランドコンセプトを知り尽くしている彼らの価値観、判断基準でパッケージデザインを描くアーティストを決めていきました。最終判断は両チームの議論で決めますが、ブランドのDNAは大事にしなければいけませんからね。

30周年限定キットのビジュアル

AHAVAチームにしてみると、これまでは限定キットなどへの投資予算が不足していた。そういった成長に向けた投資をFOSUNが支援することで、チームのモチベーションが高まり、お互いのチームの信頼関係が深まっていることが嬉しい。もちろん、買収直後、AHAVAの社員は不安を感じたと思いますから、業績が伸びたことよりも、買収後、AHAVAのマネジメント層が一人も離職していないことが私にとって誇りなんです。

限定キットの商品(PURIFYING MUD MASK)

--今後もブランドへの投資を増やしていく、と。

郑涛 すでに新工場の建設を決めました。また、AHAVAの弱点であるスピード感についても、手を打っています。AHAVAの商品開発サイクルは、多くの欧米企業と同じで、1~2年が必要。そこから中国のCFDAを通すのに1年弱。このように3年サイクルで新商品を出しても、常に新しいものを求める中国女性のニーズは満たせません。

限定キットの商品(MINERAL BODY LOTION)

FOSUNが8月30日に買収した韓国化粧品メーカー「NATURE & NATURE」は、韓国のテレビショピングなどで培ったノウハウを使って、4~6カ月で新商品を発売することができます。韓国にはスピーディに新商品を開発し、マーケティング戦略を実行できるサプライチェーンが整っているからです。

そこでFOSUNが中心になってAHAVAとNATURE & NATUREそれぞれの強みを結び付けることで、中国市場に適した商品サイクルを構築できると考えています。すでにAHAVAの知見を用いたフェイスマスクとクレンジングの開発を進めており、数カ月後にはローンチできます。

--日本企業にもスピードを提供するのでしょうか。

郑涛 いえ、そうではありません。日本企業の強みは、地道な研究による品質の高い処方です。これは日本の大事な特徴ですから、時間をかけて一緒に取り組んでいきたい。韓国のスピード感、欧米の歴史や伝統、日本の品質がシナジーを上手に起こして、東アジアの化粧品産業のレベルを高めるのが、我々の目標です。

--FOSUNの化粧品チームの目標は。

郑涛 私の夢は、中国ナンバーワン、世界トップ10になることです。ベンチマークしているのは、ロレアル、エスティローダーのように、たくさんの化粧品ブランドを保有する企業グループです。それを「投資&運営」というFOSUN流のやり方で実現したいんです。

中国の化粧品市場を見ると、プレステージブランドはすべて海外ブランドです。特に欧米が強く、その背中を韓国勢が追っている。もちろん、日本の資生堂、コーセー、ポーラも成長が著しい。でも、中国企業はピラミッドの一番下。まだまだプレステージ化粧品市場で戦えるブランドはありません。

とはいえ、中国の化粧品業界は、OEMなどを通じて製造のノウハウを磨いていますし、化粧品市場の拡大も止まらない。今後5年以内に、プレステージ化粧品市場に中国企業が1社入ると確信しています。その1社にFOSUNがなれるように頑張っていきます。