2025年、資生堂ジャパン社長に就任した中田幸治社長は、この1年、日本事業が持続的に成長し、グローバルをリードする存在になるための構造改革である「ミライシフトNIPPON 2025」の完遂を第一義として走り抜けた。持続的な成長に向けた改革の柱は「ブランド戦略」と「タッチポイント戦略」の強化。その中で、新たなヒット商品の誕生や新市場創造への貢献が奏功し、日本事業はローカルの生活者から高い支持を獲得するなど、資生堂グループ全体をけん引する力強さを見せた。26年は資生堂グループが掲げた「2030 中期経営戦略」スタートの年として、次の5年に向けた「攻めの成長戦略」へと舵を切っていく。今回の新春インタビューでは、中田社長に構造改革の振り返りと、30年に向けたビジョンについて語ってもらった。
日本事業が資生堂グループ全体をけん引
――「ミライシフトNIPPON 2025」完遂に力を入れた25年の振り返りから聞かせてください。
中田 25年、国内の化粧品市場を振り返りますと、ローカル市場を中心に安定成長をしつつも、価格帯の二極化が一層加速しました。単なる価格志向ではなく、価値を見極める傾向が高まっており、使う化粧品によって高価格帯と低価格帯を使い分ける生活者も増加しました。また、SNSをはじめとする情報発信および収集の拡大、体験活動の活発化など、生活者が得られる情報や体験は多様化が進み、トレンドや市場環境の変化も一段と早さを増した1年となりました。
このように、生活者を取り巻く環境が日々変化する時代において、資生堂ジャパンでは、持続的な成長を実現していくという強い信念のもと、新たなカテゴリーの創造、そして幅広く生活者から支持される商品の開発に注力してきました。クレ・ド・ポー ボーテやエリクシールなどグローバル・コアブランドでは続々とヒット商品が誕生。そしてベネフィークでは、「ホットクレンジングジェル」が新たなお客さまとの出会いにつながるなど、成長のフックとして貢献した結果、国内ローカルのお客さまから高い支持を獲得。日本事業全体では第3四半期累計で10%台前半の高い利益率を確保するまでに成長することができました。
これは一過性のものではなく、事業基盤がしっかりと整ってきた証であり、国内の化粧品市場において、当社のブランドが高いプレゼンスを発揮し、安定した成長を遂げることで、日本事業が資生堂グループ全体をけん引した一年となりました。
――各流通の動きはいかがでしたか。
中田 25年1~10月時点で、百貨店はクレ・ド・ポー ボーテ、SHISEIDOがけん引し、前年を上回りました。クレ・ド・ポー ボーテでは、化粧下地「ヴォワールコレクチュールn」が不動の人気アイテムとして安定した動きを見せたことに加え、ル・セラムと、昨年7月にリニューアルしたローション・モイスチャライザーの3ステップである「新キーラディアンスケア」がお客さまから高い支持を集め、新規愛用者を増やし、アクティブメンバー数の拡大にもつながりました。
そして昨年特に象徴的だったのは、スキンケアの新時代を切り拓く次世代美容液「SHISEIDO アルティミューン™ パワライジング セラム」が美容誌最高賞5冠を含む、16冠のベストコスメを受賞する(25年6月30日時点)など、多くのお客さまに支持され、力強く成長したことです。一昨年、「ファンデ美容液」で新たなカテゴリーを創出した同ブランドですが、クレ・ド・ポー ボーテとともに、長期愛用者育成に欠かせないスキンケア領域で成果が出せたことは、将来に向けた持続的な成長を実感しています。
ドラッグストアにおいては、25年1~10月時点で+1桁後半%と好調に推移しており、その背景にはエリクシールが大きく貢献しました。24年秋に発売した高機能エイジングケア美容液「エリクシール ザ セラムaa」は、25年7月までに累計出荷個数100万個を超えました。また昨年8月にリニューアルした「高機能エイジングケア(年齢に応じたうるおいケアのこと)化粧水・乳液」が、発売から約2カ月で累計出荷本数177万本を突破。また、日本で唯一、医薬部外品のシワ改善有効成分として認可されているレチノールである「純粋レチノール」を配合している「エリクシール レチノパワー リンクルクリーム ba」は多くのお客さまから支持され、 17年~25年9月までで累計出荷本数1600万本を突破しました。こうして新たにヒット商品が加わった形となり、ブランド全体としても好調な売上を記録。ローカルのお客さま、またインバウンド需要も高まり大幅な成長につなげることができました。
ECについては、売上規模の母数はまだまだ小さいながらも+20%後半で推移しました。「丁寧にお肌の状態を診ていただきたい時はリアルで、リピート購入や仕事・家事・育児に忙しく、店頭に行くことが難しい時はECで」というように、お客さま自身がオフライン(実店舗)とオンライン(デジタル)を使い分けされています。生活者の価値観や購買行動が多様化する中、それぞれのタッチポイントで出会いを最大化・最適化できる仕組みを打ち出せたと確信しています。
――化粧品専門店チャネルについては。
中田 新たなお客さまとの接点拡大につなげるアイテムとして、コロナ禍以降、日本市場において大きな成長をみせているフレグランスを導入。ナルシソ ロドリゲスとイッセイ ミヤケ パルファム、そしてセルジュ・ルタンスを配置し、新たな価値提供のカテゴリーとなっています。すでに導入された専門店さまからは、「新しいお客さまとの出会いにつながった」といった嬉しい声も頂戴しているなど、専門店さまへの送客につながると同時に、お客さまに情緒的な価値をお届けできるアイテムになると確信しています。
ベネフィークは、赤い実がはじける「ベネフィーク セラム」を軸として、専門店さまは、香りのグラデーションで肌・からだ・心を満たす「香吸美容」を提唱し、美容提案を推進してくださいました。ベネフィークならではの香りや使用感、肌の明るさ・柔らかさに対する評価が高く、多くのお客さまにご愛用いただきました。そして昨年、スキンケアの基本となる「落とす・洗う」から、次のスキンケアステップがなじみやすい状態に整える「ブースター」という新たな切り口で「ホットクレンジングジェル」と「クレンジングフォーム」を発売。2月には、乾燥や紫外線から肌を守る日中用クリーム・化粧下地の「デイバリアクリーム」を投入し、落とすケアから守るケアまで、1品1品が高い特徴を兼ね備えた香りのグラデーションラインが整い、ライン愛用者育成に必要な基盤が整いました。
inouiは唯一無二の美しさ、「自分美」を引き出すメイクアップブランドとして、さらなる飛躍を目指すべく新商品を投下。4月に発売したアイカラーとリップの限定色は発売後すぐに売り切れとなるなど好評を博し、8月には新作の「プレストパウダー」と「ジェルリップ」を発売しました。肌や唇に透明感と立体感を与えるアイテムとして高い評価を得て、アクティブメンバー数は前年より伸長しています。
全体としては、スキンケアで長期愛用者を育成しつつ、メイクやフレグランス、美容機器などあらゆる角度からお客さまとの出会いを創出し、専門店さまの持続的な成長に貢献できたと考えています。
「ブランド戦略」と「タッチポイント戦略」を強化
――改めて資生堂ジャパン社長に就任しての思いをお聞かせください。そして特に化粧品専門店とともに成長していく上で注力した取り組みは何でしょうか。
中田 社長に就任してから約半年、10年ぶりに日本へ帰国してからは1年強となりますが、25年は日本事業がグローバルをリードする存在になるための取り組みをはじめ、「ミライシフトNIPPON 2025」の実行フェーズの年として、持続的な成長を遂げるための構造改革を完遂することを第一義に走り抜けました。
改革においては「持続的な成長」に向けて、その柱となる「ブランド戦略」と「タッチポイント戦略」を強化しました。まず「ブランド戦略」においては、圧倒的に愛されるブランドや商品づくりに集中。そしてそのブランド価値を明確に届けていくための手段として、店頭ならではの感動体験による価値提供と、お客さまのニーズや購買行動に合わせたデジタルでのブランド体験の融合により、生活者との最適な出会いを最大化する「タッチポイント戦略」に取り組んできました。
特に「お客さまがどこで商品を知り、どこで迷い、どこで購入を決断し、そして決済の場所や物品の受け取り先などをどのように決めているのか」という百人百様のコンシューマージャーニーがある中で、いかに明確に私たちのブランド価値を届けていくのか、いかにこのコンシューマージャーニーに入り込んでいくかが最も重要で、課題であると痛感しました。
「タッチポイント戦略」においては、「来店前」「店頭体験」「再来店」の3つのフェーズで、専門店さまのリアルの強みと当社のデジタルの強みを掛け合わせた、多様な接点によるお客さまの「ファン化」につなげる提案をさせていただきました。
1つめは、S-COREの顧客カルテに、お客さまが「どの商品をお買い求めになったか」「どのサンプルをお渡ししたか」など細やかに入力していただくと、お一人おひとりのお客さまに合わせてパーソナライズされたメッセージを自動で送信するシステムを構築。購入後のフォローメールが自動で届くという業務負担の軽減だけでなく、メールの開封率の高さや次回来店の動機づけにもなるなど、デジタルがオフラインの売上アップや店頭活動をサポートするツールになったと確信しています。今後も当社のデジタルマーケティングによって、専門店さまがこれまで以上に「人と人との絆づくり」に向けた活動に注力できるよう、より一層の強化を図っていきたいと思います。
2つめは、専門店さまで得られる化粧体験とベネフィットをフックに、生活者を店頭へ送客する「WOW体験プロモーション」を実施。デジタルによる情報発信で店頭送客を図り、店頭ではパーソナルカラー診断や骨格診断など、店頭でしか体験できない価値提案を創出。その結果、店頭送客数・体験人数・購入率ともに前年を大きく上回る成果を上げることができました。
その他にも、地域の生活者との接点を拡大するために、専門店さま自身がインスタなどを活用した情報発信を行い、店頭への来店につなげることや、自店のECやOmise+への導線を設定し、ECでの購入に結び付ける提案を弊社から行い、生活者の購買行動や価値観に合わせたビジネスモデルを構築し、実際に売り上げが拡大したお店さまもいらっしゃいます。今後も専門店の皆さまと一体になった取り組みを強化し、成長につなげていきたいと考えています。
「一瞬も 一生も 美しく」を再び掲げた理由
――「2030 中期経営戦略」における資生堂ジャパンの方向性や取り組みについて聞かせてください。
中田 大きな方向性としましては、30年に向けて「攻めの成長戦略」へと舵を切っていきます。その上で私たちが目指す30年に向けたビジョンでは、「日本から、資生堂から、新しい美の文化をつくり出す。」を掲げ、日本中を資生堂のファンで埋め尽くすことを目指します。
これから日本は、少子高齢化による人口減少が進むことは間違いありません。しかしながら化粧人口という観点で考えると、生活者ニーズが多様化する中、アクティブな高齢者の増加、メンズ美容の拡大、スキンケア及びメイクの若年齢化など、化粧人口はむしろ拡張していくと考えています。
要するに、高齢層・若年層・メンズも含め、資生堂が新市場を切り拓いていける可能性はまだまだ十分にあるということ。資生堂では、これまでも「ファンデ美容液」のような新価値を創り上げてきた実績があります。今こそ資生堂が最も強みとする、生活者のインサイトを捉え、新しい価値やカテゴリーをつくり、話題化させる市場創造マーケティングで、生活者の「使ってみたい」というワクワク感を生み出していくことへ果敢に挑戦していきたいと思っています。
――具体的な戦略を教えてください。
中田 まずは「コアブランド」を次の5年間の軸に据え、投資は絶対に緩めず、過去・現在へと続く研究開発から生まれてきた最新技術のシーズを、こうしたブランドに惜しみなく存分に搭載し、ひいてはよりブランドをシャープに尖らせ、資生堂だからこそ成しえる唯一無二のブランド価値の最大化を目指していきます。
そしてこれは30年で終わりではなく、30年以降に続く第2の柱がきちんと育っていなければなりません。ここは日本事業の責務だと思っていますので、次の柱となるブランドを、どの領域で、どの世代で勝負するのか、そこには勝ち目があるのかないのかをしっかり見極め、勝ちに行けると決めたならば徹底的に投資してまいります。このように、30年に向けた成長を加速するという点で、26年はその一歩を踏み出す非常に大事な1年と捉えています。
専門店さまとの協働取り組みも、30年に向けてますます強固にしていきたい。例えば、ベネフィークは専門店さまだからこそ輝けるブランドだと思っており、これからベネフィークがさらに成長していくためには、「肌・からだ・心」のウェルネスの価値を必要としていただけるターゲットを明確にし、その層に最適なコミュニケーションを行うことが重要だと考えています。結果としてターゲット層以外の方が買ってくださるのは良いのですが、まずはターゲットを「50代のウェルネス関心層」と明確化し、そのターゲットのインサイトに刺さる訴求を行うことが、本来のブランドとしての存在価値、あるいはブランドとしての使命をしっかりと立たせることにつながっていくと考えています。また、その「ベネフィークを使い続けたい」人を圧倒的に増やしていくための、媒体を活用したプロモーションへの投資は25年対比1.5倍ほどで計画を立てており、26年度上期から強化・スタートしてまいりますので、ぜひご期待いただければと思います。
――中長期のアクションプランは、専門店にとっても大きなビジネス機会になります。
中田 これはベネフィークに限らず、inoui、クレ・ド・ポー ボーテ、SHISEIDOも同じです。単に新商品を発売するというだけでは生活者から支持を得ることは叶わないでしょう。私たちは30年に向けたビジョンを「人との繋がりの中で新しい美を探求・創造・共有し、一人ひとりの人生を豊かにする」としました。これこそが私たちの独自の強みであり、私たちのミッション「Beauty Innovations For A Better World(ビューティーイノベーションでよりよい世界を)」の実現につながると信じています。
そこで資生堂ではこのビジョンを体現するスローガンとして「一瞬も 一生も 美しく」を再び掲げました。資生堂は、価値創造や価値伝達という点で、人を「一生」という時間軸で捉え、おもてなしの心とともにお客さまに美を提供することを強みとして、これまで歩んできました。
今こそお客さまの「一瞬も一生も美しくしたい」という本質的に変わらない願いを大事にしながら、最新の研究技術やデジタルなど、時代に合わせて新しいことにもしっかりと挑戦していくという変化を兼ね備えた「不易流行(いつまでも変わらないものの中に新しい変化を取り入れること)」の思いで成長を加速させていきたいと思っています。
これだけ多様化する社会であったり、分断や孤立感も高まっている世の中において「一瞬も 一生も 美しく」を体現するには、専門店の皆さまが最も強みとする「人と人とのつながり」なくしては成しえないと考えています。資生堂が専門店さまと共に目指すビジョン「どんなときも いつまでも 私らしく。」を実現していくために、共に考え、共に喜びあえるパートナーとしてしっかりと手を取り合い、お店さまの「ファン化」につながるよう誠心誠意取り組んでいきたいと考えています。ぜひ26年もご支援・ご協力を賜りますよう、お願い申し上げます。


























