資生堂とマサチューセッツ総合病院皮膚科学研究所(以下: CBRC)は、共同研究により新たな皮ふの免疫細胞の機能として、老化した線維芽細胞(老化細胞)を除去することと、そのメカニズムを発見した。CBRCは1989 年に資生堂のサポートにより、ハーバード医科大学とマサチューセッツ総合病院が設立した皮ふ科学領域の先進的な研究開発をする総合研究所。資生堂からも研究員を派遣し、世界的な研究者とともに共同研究を行っている 。

これまで老化細胞は、年齢とともに蓄積すると考えられていたが、老齢の皮ふにおいても必ずしも老化細胞が多いわけではなく、T細胞の一種で、理想的な健康長寿のモデルとされる超長寿者に多い免疫細胞であることも知られている免疫細胞の一種である「Cytotoxic CD4+ T細胞 」(以下: CD4 CTL)が老化細胞の蓄積抑制に強く関わっていることを明らかにした。また、CD4 CTLが老化細胞の蓄積を抑えるメカニズムとして、老化細胞内で活性化した、ヒトの多くが幼少時に感染し、ほとんどが無症状で、生涯にわたって潜伏感染しているウイルスである「ヒトサイトメガロウイルス」(以下: HCMV)の一部分(抗原)が老化細胞の表面に出現することで、それをCD4 CTLが認識し、老化細胞を選択的に除去していることを世界で初めて発見した。

資生堂は、「肌自らが持つ力で未来の肌悩みを未然に防ぐ」という考えのもと、30年以上前から肌の免疫機能に関する研究にCBRCと共に取り組み、常に進化を続けている。今後、本研究成果から皮ふに備わっている免疫を介して老化細胞の蓄積を抑えるような、革新的な価値開発を目指す。なお、本研究成果は2023年3月30日に生命科学分野において世界最高峰の学術雑誌、Cell誌に掲載された。

CD4 CTLがHCMV を目印にして老化細胞を除去するイメージ図

老化細胞は、加齢とともに体内で徐々に増加し、慢性炎症状態を誘発、継続することで、老化や老化関連疾患を促進していると考えられている。しかし、ヒトのさまざまな臓器における老化細胞の蓄積の状況やそれを抑制するメカニズムはいまだ解明されていないことが多くある。資生堂は、皮ふの健康を保つためには、ヒトの皮ふにおける老化細胞除去の生理的なメカニズムを探ることが重要であると考え、本研究を進めた。本研究での発見は大きく三つ。

最初に、ヒトの皮ふ組織において、加齢とともに老化細胞が蓄積されるかどうかを調査した結果、若齢の皮ふと老齢の皮ふを比べると、老化細胞が有意に増加していることがわかった。一方で、老齢の皮ふだけで見てみると、50代から70代にかけて、加齢に伴って老化細胞は有意には増加していないことが分かった。このことから、老齢における老化細胞の蓄積は、何らかの要因によって抑えられている可能性が示された。

老化細胞は、老齢の皮ふに多い

老齢の皮ふでは、老化細胞と年齢は相関しない

老齢の皮ふにおいて老化細胞の蓄積を抑える要因を探ったところ、老齢の皮ふでは、免疫細胞の一種であるCD4 CTLが多いほど老化細胞が少なく、CD4 CTLが老化細胞の蓄積を抑えている可能性が示唆された。そこで、実際にCD4 CTLが老化細胞を除去できるかどうかを調べるため、正常な線維芽細胞(正常細胞)と老化した線維芽細胞(老化細胞)をヒトの皮ふから分離した免疫細胞と共に培養したところ、CD4 CTLによって老化細胞が選択的に除去されることが確認された。

免疫細胞(CD4 CTL)が多い肌ほど、老化細胞は少ない

免疫細胞(CD4 CTL)が、老化細胞を選択的に除去する

次に、CD4 CTLがどのようなメカニズムで老化細胞だけを除去するのかを探った結果、老化細胞内に共生しているHCMVというウイルスの一部分(抗原)が老化細胞の表面に出現し、CD4 CTLがその抗原を目印として認識することで老化細胞を除去していることを発見した。

挿入

老化細胞上ではHCMVが提示されている

つまり、老齢の皮ふでは、年齢とともに老化細胞は増加していない、免疫細胞の一種であるCD4 CTLが老化細胞を選択的に除去する、ヒトサイトメガロウイルス(HCMV)がCD4 CTLの老化細胞除去を助けるという三つの発見があった。

本研究により資生堂は、皮ふの免疫細胞の新たな機能として、老化細胞の除去という働きを明らかにした。今後はこれらの知見をもとに、皮ふにおける老化細胞の蓄積を防ぐ免疫細胞に着目し、老化に根本からアプローチする革新的な価値を創出していくことが期待される。