ロシアとウクライナの戦争は、停戦に向けて大きな動きが近々あるのだろうか。

持ち回りのEUの議長国に、半年間の任期で7月からハンガリーがなった。すると同国のオルバン首相は、7月2日にウクライナを訪問、ゼレンスキー大統領に一時停戦を呼び掛けた。その足でロシアを訪問し、プーチン大統領と会談。8日には中国北京で習主席と会談した。

さらに、さすがに私も驚いたのだが、11日には、アメリカフロリダで、トランプ共和党大統領候補とも会談した。EUとしては、アメリカの大統領選挙まで、ウクライナに対する何らかの方向性を確立しなければいけないという認識を持っていた。「もしトラ」が実現してしまった場合、トランプ氏は、ウクライナを犠牲にしてかまわない、ロシアに有利な解決方法を取ろうとするだろう。となるとEUの面目がたたなくなるからだ。オルバン首相は、トランプ氏に何を求めたのだろうか。

EUにすれば、ハンガリーの首相が議長国就任早々停戦に向けてウクライナを訪問することは理解できる。プーチン大統領との会談も、戦争の当事者なのだから、仕方がないだろう。双方の言い分を聞いたということなのだろう。

ところが、そのあと、元々関係が良かったとはいえ、なぜ中国を訪問したのか当初EUは訝ったようだ。習主席が5月にハンガリーの首都ブタペストを訪問したばかりだったこともある。

私が得た情報では、ウクライナ危機の解決に向けて、かなり突っ込んだ意見交換をしたとのことだ。習主席は、オルバン首相に対し、停戦にもっていくために、当面やるべきことを提案している。

戦場を拡大しないこと。
戦争をエスカレートさせないこと。核を使うといったことは絶対にさせない。
関係各方面が煽らないこと。ウクライナにより高度な武器を提供することも煽ることに含み、アメリカに対するけん制になっている。

これらが休戦の機運を盛り上げていくことにつながるとして、オルバン首相も納得したようで、X(旧ツイッター)に「中国はウクライナ和平に向けた環境整備の鍵を握る大国だ」と投稿した。フィンランドの首相も「中国が対応すれば、一日でウクライナの戦争を止めることができる」と発言をしている。

ウクライナ、ロシアともに戦争に直接かかわっていると、双方にメンツがあり、休戦に向けて決定的な役割は果たせず、中国に期待する以外にないとの認識が広まりつつある。

しかしながら、日本での認識は、中国はロシアと蜜月状態にあり、停戦できたとしても、ロシアに有利なものになるのではとの疑念しかないだろう。NATOも中国に対し「戦争の重要な支援者」と、首脳会議で宣言している。それだけではない。中国は欧米から関税引き上げなどをされて、孤立しているということだ。そうなのだろうか。中国がとっている基本的な立場は、「対立双方に影響力を有し、微妙なバランスを保つ」なのだが。

実は開戦当時から、中国は内心、「プーチンに利用された」との思いがある。2年前、ロシアによるウクライナ侵攻が始まる20日前の2月4日に北京で冬季オリンピックが開幕し、プーチン大統領が訪中した。習主席との会談では、ウクライナの非を並べて「懲罰する」ために「ロシア単独で特別軍事行動をとる」と説明した。

その説明から中国側は、ロシアは、親ロシア派が多く住む南東部ドンバス地区のみに軍を派遣していくのだと理解していた。ところがいきなり首都キーウに侵攻したので、びっくりした。キーウと2番目に大きな都市ハルキウに5000人以上の中国人留学生が滞在していた。他にもキーウにはビジネスマンが多数いた。事前に分かっていれば、退避するよう仕向けたのに、侵攻が始まってからあわてて退避させた。中国は騙された思いだった。

一方、欧米や日本からは、ウクライナ侵攻はすべてプーチン大統領が習主席と打ち合わせ、合意の上でやったことだと見られてしまった。プーチン大統領の思うつぼだった。中国からの全面的支援をとりつけたのだから、西側諸国が反撃に出ようとすると、ロシアだけでなく、中国も相手にしなければならない。それこそ第3次世界大戦になってしまう。即反撃するべきか迷いが生じてしまった。迷っている間にウクライナを制覇しようというのがプーチン大統領の作戦だった。実際は目論見通りにはいかなかったのだが。

この作戦は、ロシア人に言わせると、中国に学んだという。1958年、中国による金門島砲撃が起きた。当時は台湾の蒋介石政権の支配下だったのだが、アメリカが画策する「二つの中国」「台湾独立」を打破し、金門島や台湾島はすべて中国の一部と主張するためだった。

しかし、蒋介石の軍隊に加え、アメリカ軍の第七艦隊は当時の中国軍より圧倒的な軍事力を持っていた。中国が金門島を砲撃しても、米軍に反撃されたら元も子もない形勢だった。

そこで毛沢東主席が考案したのは、「トラの威を借る狐」作戦だった。当時のソ連は世界最初の人工衛星「スプートニク」を打ち上げた直後で、アメリカからも一目置かれていた。その指導者フルシチョフ第一書記が訪中した。毛主席は、フルシチョフ氏に金門島砲撃については一切触れずに、共同声明を「中ソの友好は強固なもので、帝国主義の挑発に対して、我々は打ち砕く」と強気な内容にした。

フルシチョフ氏がモスクワに戻って2週間後の8月23日、人民解放軍による猛烈な金門島砲撃が始まった。アメリカとしては、ただちに反撃したくとも、ソ連がバックにいて支援してくれば、大戦争になってしまうと恐れ、しばらく様子をみようという判断になった。

後に明らかになったことだが、フルシチョフ氏は金門島への砲撃開始直後、毛沢東主席に「真意は何なのか」と緊急打電した。毛主席は、「金門島が中国の領土であることを示したいだけだ、ソ連を巻き込んでアメリカと戦うつもりはない。安心してほしい」という返信を出した。そこでアメリカとは平和共存路線を打ち出していたフルシチョフ氏は、「我々は中国を支持する」という声明を出した。

ソ連がバックにいるとなれば、アメリカも簡単に攻めていくことはできなかった。自分のうしろには強さを誇る国がいるとアピールすることで、攻めさせないようにして、自分たちの目的を達成する戦術だった。

外交は駆け引きでしかない。国益が最大限になるよう、そして大事に至らないための戦術を常にとっていくことだ。相手を騙すことになろうとも、それはそれでかまわない。ただし実態はどうなっているのかを常に把握しておかなくてはいけない。

たとえば南シナ海で中国とフィリピンが対立しているという。先月も、フィリピンの船と中国の船がやりあい、フィリピンでは8人負傷、うち一人は指を切断したというニュースが流れた。

ところが、この直後、フィリピンの大統領補佐官が「あれはただの誤解だった」と公式の場で発言している。アメリカの空母2隻がいたのに、このあと離れた。このことを日本の報道は触れず、今にも戦闘が起こりそうな一触即発的なムードと騒ぎ立てた。直後、日本政府はフィリピン軍との関係を「準同盟」級に引き上げる協定を結んだ。

これで中国国内からは、日本に対する不満が強まった。「処理水」問題に加え、南シナ海問題でも対立を煽っているとして、中国は欧州や東南アジア諸国など数10カ国にノービザの入国を許可したのに、日本にはしていない。ちなみに、今年1月から6月まで入国した外国人が延べ1500万人近く、昨年より290%増にもなり、19年のコロナ禍前の入国者数を超えた。

中国を悪にしてフィリピンとの対峙を描いているのはアジアでは日本だけだ。ASEAN10カ国のうち、フィリピンを除く9カ国は、このような中国批判は一切していない。フィリピン自身も最近、中国側とは南シナ海での緊張緩和策で合意したと発表した。

中国は一見ロシアとの友好を謳いながら、この一年余りの間、ロシアから「利権」を着々と勝ち取っている。特にロシアの裏庭とみられていた中央アジア地域への中国の影響力拡大は目を見張るものがある。

外交上、ロシアとの相違を公にすることも出てきた。6月19日、プーチン大統領が北朝鮮を訪問し、金党総書記と、それこそ「熱烈」な会談を行ったが、その前日の18日、中国は韓国との「2プラス2」(外交・防衛)次官級会議をソウルで開いた。ロシアや北朝鮮を第一の友好国とするならば、同時期に韓国との会談を設定しないだろう。中国は、ロシア、北朝鮮との関係と、韓国との関係を並行的に進めているということだ。

何より中国はロシアへの警戒心を解いていない。ロシアのエリート層は、自分たちはヨーロッパの国だと思っている。「ポストプーチン」の時代になったら、中国を裏切り、ヨーロッパにすり寄り、西側からの制裁を解除させる取引をするのではないか。そう疑っている。

EU自身は、ロシア・ウクライナ戦争の休戦には中国を巻き込むしかないとの動きが顕著になりつつある。5月の習主席のフランス訪問、7月のハンガリー・オルバン首相の中国など関係各国訪問は、いずれもその表れだ。

イギリスで新たに登場した労働党政権も、100日以内に中国との関係について、これまでの厳しい対中政策を見直すとの見解を出した。プロジェクトの責任者は、かつてオーストラリアの首相や外相を務めたケビン・ラッド氏に要請している。中国に理解がある人で、今年2月、著書『避けられる戦争』が日本で翻訳、出版された。ヨーロッパの中国戦略見直しが始まっている。

月刊『国際商業』2024年09月号掲載

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