ユニ・チャームは11月29日、10月3日に87歳で逝去した同社の創業者・取締役ファウンダーである高原慶一朗氏のお別れ会を帝国ホテル東京で行った。

当日は生前に故人とゆかりのあった業界・財界関係者、一般参加者など1700名超の参列者が参列し、在りし日の姿を偲び、冥福を祈った。いつもの満面の笑顔の遺影を前に献花をした参列者は、ユニ・チャームの高原豪久社長夫妻、実弟で同社と業界の発展に尽くした高原利雄氏にお悔やみの言葉を述べた。

別室には故人が勉強、教育のために書き留めた約800冊のノートが展示された。「会う人 皆師匠」を旨に、常にノートを手放さず、気づいたことや学んだことをメモしていた故人の姿勢に参列者は立ち止まり、熱心に見ていた。

故人が書き留めた800冊のノート

また故人が愛媛県川之江市(現・四国中央市)で育った幼少期から、業界をリードする企業人として歩んだ道のりもパネルで展示。同時にユニ・チャームの製品や企業の歩みも紹介された。

ユニ・チャームの製品や企業の歩みがパネルで展示

その中でも生理用製品製造の契機となった1962年の米国視察について詳しく説明。米国で「生理用品がスーパーマーケットに山積みされている」様子を目の当たりにし、これに触発されて生理用ナプキン市場への参入を決意。81年には初の国産紙おむつ「ムーニー」を発売し、日本での紙おむつの普及・浸透に努めた。

米国視察に向け川之江駅を出発した様子

会場では、どんな時・場所でも明るく、真面目な故人への思い出を語り合う人々が溢れ、温かい雰囲気に包まれた。