ブロロロロ――。

カンボジアの首都プノンペンの街中は車とバイクの洪水だ。中央線や信号もろくにない道を入り乱れるようにして駆け抜けていく。車両台数はここ数年で急増。2010年時点で約26万台だった車両台数が16年には倍の約53万台になった。国民の購買力の伸びとともに、バイクから自家用車への乗り換えも増えている。

交通事情でいえば、他にも面白い変化がある。それは配車アプリの普及だ。昔ながらのトゥクトゥク(三輪タクシー)がスマートフォンで簡単に呼び出せる。プノンペン市内であれば大抵1分以内にピックが済み、距離に応じて適切な料金が請求される。道行く人に声をかけるだけの旧来のドライバーはお客を捕まえあぐね、暇そうにしている光景をよく目にした。

配車アプリのマークがついたトゥクトゥク。スマホで簡単に呼び出せる

カンボジアの人々の生活は目まぐるしく移り変わっている。この10年間における経済成長率は平均7%。成長著しいASEAN諸国の中でもトップクラスの伸び率だ。プノンペンに限れば、市民の最低賃金も年率10%ほどで上昇し続けているという。個人所得も増加傾向にあることから、市民の消費意欲も高まっている。

本稿ではこうしたカンボジアにおける小売市場の現況についてレポートする。

 

買い物の場が近代的小売りへとシフト

カンボジア国民の買い物の場といえば、町内ごとにある公衆市場が一般的だ。特に生鮮品については、朝に購入したものをその日のうちに調理して食べ切るという習慣が未だ根強い。

公衆市場(プノンペン)

一方で、そうしたライススタイルにも変化の兆しが見られる。若い世代は一般企業で働き、結婚後も働き続ける共働きが増えている。所得の向上とともに忙しさも増し、毎朝市場に行くゆとりが無くなりつつあるのだ。

また、牛乳などの日配品、冷蔵品も市場では手に入らない。そのため、およそ3割の消費者は買い物の場を近代的小売りへとシフト。地場系のスーパーマーケットの店舗も徐々に増えつつある。

中でも現地の支持を集めるのが「ラッキー・スーパーマーケット」だ。プノンペンと、アンコールワットで有名なシェムリアップに10店舗ほどを展開している。近代的な店舗管理が行われており、鮮度の高い生鮮品が並ぶ。青果はカットフルーツやオーガニックなど付加価値品も充実。野菜や肉、魚がセットになった「調理キット」も販売されている。輸入品のチーズや生ハムといった欧米の食材、また日本食などのアジアの食材も取り揃えるため、店内にはカンボジアの人々の他に在住外国人も多く詰めかけていた。

ラッキー・スーパーマーケット

ラッキーの店内。オーガニック野菜が並ぶ

プノンペン市内に2店舗目をオープンした「バイヨン・マーケット」も完成度の高いスーパーの一つだ。欧米系の輸入品を中心に、グロッサリー系の品揃えが豊富。特に酒類は安価なビールから高級ワインまで幅広く揃う。新店は2層の構造で、上層階には住居関連品や調理道具などの雑貨が並んでいた。

数は少ないながら、複数のテナントからなるショッピングセンターも存在している。代表的な店舗が03年開業の「ソリヤ・ショッピングセンター」だ。昨年リニューアルを行い、店揃えが一新された。アパレルの売り場やフードコートの造りが洗練され、タイ発の人気カフェ「アマゾン・カフェ」や中国系の雑貨店「メイソウ」などのトレンドショップが新たに入居。訪店時には1階で化粧品のイベントを行っており、近代的な娯楽施設としての魅力を打ち出していた。

この他、「キウイマート」「パンダマート」といったコンビニエンスストアが都市部を中心にチェーン展開を始めているが、こちらはまだ初期段階であり、勢力図は固まっていないようだ。

キウイマート

パンダマート

ホワイトスペースにいち早く乗り出したイオン

カンボジアにおいて、知名度のある外資系スーパーの進出はあまり活発ではない。理由は市場規模を慎重に評価する動きがあるからだ。実はカンボジアで最も多く人が暮らすプノンペンでも人口はせいぜい180万人。比較的GDP規模の近いベトナムのホーチミンが800万人、インドネシアのジャカルタが1000万人なので、現時点でのカンボジアの市場規模はASEAN諸国の中でも特別大きいわけではない。

しかし裏を返せば、そこには大きなチャンスがあるといえる。今のうちにマーケットを押さえてしまえば、需要を根こそぎ囲い込むことができるからだ。いちはやくこのホワイトスペースに目を付けた企業がある。それが日本のイオンだ。

イオンモール センソックシティ

イオンは14年、プノンペン市の中心部にモール1号店となる「イオンモール プノンペン」を開業。今年5月には2号店の「イオンモール センソックシティ」を立ち上げた。最新店にはコト消費を凝縮。複数のスクリーンが入るシネマコンプレックスを始め、回転ブランコやバイキングを設置した室内遊園地、水族館、ボウリング場、イベントホールまでを完備。さらに屋外にはウォータースライダーや流れるプールを備えたウォーターパークも設けた。

イオンモールの店内。コト消費を集積

イオンカンボジアの大野恵司社長は「カンボジア国民の平均年齢は24歳。若くエネルギッシュな彼らは余暇を楽しむ場を求めている」と分析。1号店と差別化し、より広域からお客を取り込む狙いを語る。

同時に、イオンはモールに限らないマルチフォーマットでの出店も加速している。都心立地のコンビニ型、郊外立地のスーパー型、集合住宅の中に作るコンドミニアム型など、既にプノンペンに6店舗を展開。立地とニーズに合わせた出店でドミナントの深耕を図っている。

イオンのマックスバリュエクスプレス(コンビニ型)

ASEAN企業の進出も始まる

こうした展開に対し、近年はASEAN各国の企業も徐々に動きを見せ始めている。プノンペン市内を歩いていると、外資系が手がける新たな商業施設も目につくようになってきた。

中でも圧巻はシンガポール企業がオーナーの「バタナック・キャピタル・タワー」だ。39階建てで、188mの高さはプノンペンでNo.1。地上1、2階には高級ブランドの専門店が並び、上層階はホテルやオフィスが入居。屋上には日本をコンセプトにしたバーラウンジも展開する。しかし現地民には敷居が高すぎるようで、売り場は閑散としていた。

イオンのモール2号店の至近には、タイの大手財閥CPグループが手がけるホールセール「マクロ」がある。店内は倉庫のような造り。業務用を主としているため、販売する品物のロットは大きく、飲料や消耗品はケース単位で販売する。日常使いの生鮮品も並ぶが、基本は量り売り形式で、野菜や果物は山積みにされたものからほしい分だけ詰める。鮮魚は丸物が氷漬けにされて大量に並び、肉もブロックをその場でスタッフが切り分けていた。価格は頻度品を中心に近隣のスーパーよりも安めに設定されていた。

ホールセールのマクロ

また、タイの国営石油会社PTTグループも出店を加速している。ガソリンスタンドに直営のコンビニ「ジフィー」をセットで展開。店内には菓子やドリンク、アイスなどが整然と並び、機能的な印象だ。これに加えて、敷地内にカフェや薬局なども誘致し、ワンストップの利便性を打ち出した一体型開発を進めている。こうした形態はニーズが多いのか、他のガソリンスタンドチェーンにおいても同じような店づくりの店舗を複数目にした。車両台数の増加に伴い、この先有力な業態となり得るかも知れない。

PTTグループが進めるスタンドとコンビニの一体型開発

 

物流を支えるインフラに課題

カンボジアが急激な速度で成長を遂げていることは間違いないが、その発展度はプノンペン市内においてもエリアによってまだ差がある。従って現状、カンボジアの小売業は伝統的形態から近代的形態への移行段階にあるといえる。今後、成長のペースがさらに早まり、経済的に余裕のある層が増えることで、スーパーマーケットのような機能的な買い場を求める声は高まっていくだろう。

外資系小売業の参入もより活発化すると考えられる。18年にはASEAN10カ国全てで域内関税が完全撤廃された。カンボジアには外資系小売業に対する特別な法規制もないため、参入障壁は低く、商売を始めやすいはずだ。

一方で、カンボジアの流通環境には課題もある。それは国内の基本的な物流が未発達なことだ。原因の一つには道が悪く、渋滞も頻発する交通事情がある。冷蔵・冷凍品を扱うコールドチェーンに至っては、電力供給の不安定さや電気料金の高さも手伝い、構築が困難なのが実情だ。

カンボジアでチェーンストアを展開するには、こうした状況に対処した供給網の構築が必要不可欠といえる。もちろん政府によるインフラ整備も喫緊の命題であることは間違いない。

 

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