コロナ禍をようやく乗り超え、明るい兆しが見え始めたとたん、ロシアがウクライナ侵攻。世界中で、物価急騰、エネルギー危機、食糧不足が起こっている。欧州は当事者としてその打撃は大きい。それにもめげず、持続可能性・気候中立を加速させるための規制改革は進む。欧州化粧品業界ではどんな展望を持っているのだろう。6月15.16日にオンライン開催された汎欧州業界団体Cosmetics Europeの年次講演会からひも解いてみよう。

欧州では、あらゆる産業はEU(欧州連合)が提示する方向性に沿わざるを得ない。その方向性とはEU27カ国が「議論」を積み重ね、5年間あらゆる分野に横断的に関わる基本戦略だ。EU行政府のトップであるU・フォン・デア・ライエン氏が就任時(2019年末)に提示した現行のそれは「欧州グリーン・ディール」と呼ばれ、50年までに温室効果ガス排出実質ゼロ、30年までに90年比55%減を掲げる。緻密に積み上げられたデータを元に、詳細なアクションプランとロードマップが提示されており、製造業ばかりでなく、農業や地域、教育、研究開発、金融・財政など全ての分野における政策が同じ方向で一斉に走る。

欧州の基幹産業の一つである化粧品・パーソナルケア製品業界にかかる責任は重い。コロナ禍、そして突然の戦禍は業界を直撃しているが、化粧品規制改革のためのさまざまなステークホルダーとの公聴会は進行中。このオンライン年次総会に、EUから参加した大臣・次官・局長クラスの講演者は、「次に起こることを予見して先駆的に行動してこそ、イノベーションを促し、国際競争力を培えるはず!」と強いエールを送った。

さて、現行のグリーン・ディールの重要な一角を担う「持続可能な化学物質戦略(Chemical Strategy for Sustainability=CSS)」は、化粧品とその成分に直接関連する三つの規制の見直しを求めている。つまり、「危険有害物質の分類、表示、包装に関する規則(=CLP、EC1272/2008)」、化学物質の登録、評価、認可、制限に関する規則(=REACH、EC1907/2006)、そして化粧品規制(=CPR、EC1223/2009)だ。すでに施行中のこれらの法律は、危機回避的アプローチ、また、EUの基本条約にも明記されている「予防原則(Precautionary principle)」といった基準――つまり被害や汚染が起こってからではなく、予見して回避努力を尽くしておくというアプローチへの抜本的転換が求められることになる。被害や事故が起こってから対処するのではなく、一旦起こってからでは取り返しがつかないような案件では、想定外かもしれないところまで予見して回避するというEU政策の基本理念だ。

より具体的には、有害物質の使用禁止、カクテル効果の入念な考慮、デジタル・ラベリングの導入、安全で持続可能な物質・製品への投資・イノベーション促進などが求められ、それぞれについて、完全禁止なのか、義務とするのか、どのような基準を設定するのかなどが、公聴会、企業や業界団体へのヒヤリング、ステークホルダー・ミーティングなどが繰り返して議論されている。その結果を踏まえて、年末までには法案ができ、欧州議会と理事会で審議され、改訂や補足が加えられ、23~24年に採択、25~26年には施行される見通しだ。一度採択されれば、数十年はそれがバイブルとなるわけで、今こそが業界にとっては重要なターニングポイントだ。

今日、「化粧品は『化学製品』と捉えるべき」と語るのは、Cosmetics Europeの技術・法制担当のG・レナー氏。厳しい危険物質制限を求める団体ChemSec(在スウェーデン)の所長代行F・フック氏はREACHやCLPの厳格化を歓迎し、EUや各国政府の役割は、産業界が危険な物質からより安全な物質を求めて研究開発に力を注ぎ、イノベーションや移行を支援すること、こうすることで消費者への安全性を高めることだと主張する。先陣を切る企業は、ブランド力、消費者からの信頼、投資、優秀な人材獲得など多くのメリットが得られるという。

化粧品はフランスを代表する基幹産業。業界団体FEBEAのE・ギシャール氏は、仏化粧品業界は欧州化粧品業界のバックボーンとしての使命があると語る。規制改革は「If(もし)」ではなく「When(いつ)」なのであり、「How(どのように)」伝えていくかが問われているという。

仏化粧品業界は総売り上げ240億ユーロ、国内3位の輸出額(162億ユーロ、2018年実績)を誇ると説明するFEBEAのE.ギシャール氏
©FEBEA-Cosmetics Europe

「80年代は肌への安全性だけ考えればすんだが、今では安全性と持続可能性の両輪を軸とした抜本的な製品デザイン変革が必須」と語ったのはスイス本拠の香料メーカー「ジボダン」のG・アドマン氏だ。企業も、業界も、「今まで通り」にしがみついていることはできない。科学と規制こそが、企業努力を強く促すエンジンだと同氏はいう。

小手先の「グリーンウォッシュ」で延命しようとしても、その場しのぎに過ぎない。変化や改革に抵抗するのではなく、共によりよい規制を作るように働きかけ、後ろ向きな事業は整理し、新しい方向に資源を集中投下する。規制や市民団体は「敵」ではなく、イノベーション・成長を希求する「仲間」になる。

ピンチをチャンスに――CEAC2022に通底するメッセージだ。

栗田路子
上智大学卒。米国およびベルギーにてMBA取得。EU(欧州連合)主要機関が集まるベルギー在住30年。欧州の政治・社会事情(環境、医療、教育、福祉など)を中心に発信。

月刊『国際商業』2022年09月号掲載

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